株式会社ADLER 代表取締役 村山 拓也氏
1955年に創設し、現在はサッカーを中心とした純国産シューズの製造を続ける株式会社ADLER。代表取締役の村山拓也氏は、職人の技術とスポーツ科学的知見を掛け合わせながら「足と靴」に正面から向き合う姿勢を貫いています。プロサッカー選手として海外での経験を積み、その後に事業家としての道を歩み出した村山氏。現在はリブランディングの真っただ中にあり、日本製スパイクの未来を切り拓く信念を胸に活動を続けています。今回は、その想いや挑戦について詳しく伺いました。
日本製スパイクを守り抜く使命
――現在の会社の理念や事業の概要について教えてください。
当社は、純国産――つまり日本製にこだわったサッカーシューズの製造を軸に事業を展開しています。
国内のスパイク靴づくりは現在、職人の高齢化や製造拠点の減少などにより、いわば“絶滅危惧種”ともいえる産業となりつつあります。しかしその一方で、長年にわたり受け継がれてきた日本の技術やノウハウには、世界に誇れる確かな価値が残されています。私たちはそれを「守る」だけでなく、「どう活かすか」を問い直しています。職人の感性と精度の高い技術を、スポーツ科学やトップアスリートの現場知見と融合させることで、靴や足のあり方そのものを再定義し、人々に新しい選択肢を提示したい。
それが、ADLERというブランドが存在する意味であり、日本発のスパイクづくりに込めた私たちの使命です。
経営者としての歩みと原点
――経営者になられたきっかけや、印象に残っているエピソードはありますか。
私は早稲田大学スポーツ科学部でスポーツ医科学を学び、科学的な背景を知ることで、身体の不思議と面白さをより深く追求したいと思い、選手としての道を続けました。そのなかで強く感じたのが、身体の土台である「足」の重要性と、「靴」がパフォーマンスや健康寿命に及ぼす大きな影響です。足や靴は極めて複雑な構造を持ち、「これがベスト」と言い切れるものは存在しません。しかし、可能な限り“より良い(ベター)”ものを追求するためには、個々の身体特性に合わせた設計と、それを形にできる職人の技術力が欠かせません。産業構造的には効率化が求められる分野ですが、あえてその流れに逆らい、個別性と手仕事にこだわることに価値があると信じています。
その技術を次世代に継承し、靴や足の「本来あるべき姿」を提案していくこと――それが、今の事業における私の大きな動機であり、ADLERの存在意義でもあります。
組織運営と人材の課題
――組織運営や社員との関わり方で意識していることは何でしょうか。
アドラーでは、日本のものづくりの力をスポーツという分野で活かし、その魅力と価値観を世界へ発信していくことを目指しています。私は今、「靴づくりを通して人の身体と心を支える」という理念に共感し、ともに挑戦してくれる仲間を探しています。組織運営においては、適材適所で役割を分担し、それぞれの得意を最大限に活かすことを心がけています。靴づくりの現場では、デザイン、技術、販売、研究など多様な専門性が求められますが、まだまだ人材が十分とはいえません。それでも、互いの強みを尊重し合いながら、小さな組織だからこそできる柔軟で創造的なチームづくりを進めています。アドラーはスポーツシューズメーカーでありながら、その知見を健康産業や教育分野にも広げ、人々の身体づくりや生活の質の向上に貢献したいと考えています。そこに日本の文化的・精神的価値観――細部への美意識、自然との調和、ものを大切にする心――を重ねることで、世界に向けて強いメッセージを発信できると信じています。効率や規模だけを追うのではなく、「人の想い」と「技術」を大切にしながら、未来の価値を共に創り出していく。そんな共創の場を築くことが、私にとっての組織づくりであり、アドラーが歩む次のステージです。
足から健康を支える未来への挑戦
――今後の展望についてお聞かせください。
現在はリブランディングの最中にあり、量産モデルに加えてカスタマイズやオーダーメイドのスパイク開発を進めています。既製品では満足できない選手に向けて、テイラーメイドの仕組みを強化し、一人ひとりの足の個性に応じた最適な設計を追求しています。将来的には、アスリートが自分専用の足型(ラスト)を持つことが当たり前になるような価値観を創造したいと考えています。それは単なる製品の提案ではなく、靴や足のあり方を根本から見直すきっかけとなり、スポーツの枠を超えて健康や身体文化にまで広がる概念になるはずです。科学的エビデンスと現場で培われた知見を融合させ、「足から身体を変える」ブランドとして確立することが当面の目標です。その先には、関連アイテムや新素材の活用、さらには日本発ブランドとしての精神性や美意識を活かした仕組みづくりにも取り組んでいきたいと考えています。まずはスポーツ分野において確かな価値を示し、足と靴を見直す文化を育むこと。そして「歩く」という人間の基本動作をもう一度見つめ直し、アスリートだけでなく一般の人々の生活の質を高めることにも挑戦していきたいと考えています。

