合同会社KOKESHI Arts 代表 村田 光史氏
国内外で「海と森のセレモニー」として“散骨”を支援する合同会社KOKESHI Arts。代表の村田光史氏は、伝統的な弔いの形式にとらわれず、「ひとり一人の想いに寄り添う新しいエンディング」を提案しています。日本国内のみならず、世界各地での散骨サポートを展開しながら、人生の最期を自由に選べる社会を目指す村田氏に、事業への想いと今後の展望を伺いました。
新しい供養のかたちを世界へ
――現在の事業内容と、その特徴について教えてください。
当社は「海と森のセレモニー」という散骨サービスを中心に展開しています。日本では、火葬後の遺骨をお墓に納めるのが一般的ですが、近年はお墓を持たない“自然に還る”供養として散骨を選ぶ方が増えています。私たちは、その中でも海外で散骨を希望される方を支援するという、国内ではほとんど例のないサービスを行っています。
海外で散骨を行うには、国ごとに法律や文化の違いがあり、許可を得るための手続きも複雑です。そうした壁を越えて、「故人が愛した場所で眠りたい」という願いを叶えるため、法的な確認から現地対応までを一貫してサポートしています。現在はフィリピンやオーストラリアを中心に、フランス、スウェーデン、ハワイなど多様な地域で実績を積み重ねています。国ごとに条件が異なるため、基本的にはすべてオーダーメイド対応です。
――理念やビジョンについてもお聞かせください。
理念として掲げているのは「伝統的な境界を越えて、新しいエンディングの形を提案する」という考え方です。戦前には土葬が一般的だったように、弔いの形は時代とともに変化してきました。だからこそ、“こうあるべき”という常識にとらわれず、もっと自由に、本人や家族の想いに沿った方法を選べる社会をつくりたいと思っています。
近い将来は、対応エリアをさらに拡大していくことに加え、海外の方が日本で散骨を行える仕組みも整えたいと考えています。これまでとは逆の“インバウンド型のセレモニー”を実現できれば、国を越えて人の想いをつなぐことができると感じています。
枠を超える発想が新しい挑戦を生む
――この事業を始められたきっかけを教えてください。
もともとは楽器の製造からスタートした会社なんです。国内で流通の少ない楽器をもっと手の届く価格で提供できないかと考えたのが最初でした。そのときに、「当たり前」とされていることを疑い、別の道を探す面白さを知りました。
散骨事業に関心を持ったきっかけは、数年前に祖母が亡くなったときの経験です。葬儀のあり方や慣習に違和感を覚え、「もっと本人の意思を尊重できる形はないか」と強く感じました。そこから調べ始めたのが、海外での散骨という新しい発想です。
私にとっては、伝統を壊すというよりも、選択肢を増やすことに意味があります。常識にとらわれず、自分の死生観を自由に表現できるような社会をつくりたい――その思いが今の仕事につながっています。
小さな組織だからこそ生まれる信頼
――組織運営や、社員・パートナーとの関わりで意識していることはありますか。
現在は3名の少数精鋭で運営しています。海外での実務や現地サポートは業務委託も多いですが、基本的に「任せる」ことを大切にしています。最終的な品質は担保しつつ、途中のプロセスはできる限り個人の裁量に委ねる。失敗しても責めるのではなく、経験として学びに変える姿勢を意識しています。
また、誰かの指示を待つのではなく、自分で考えて動ける人と一緒に仕事をしたいと思っています。特別なスキルよりも、「普通のことをきちんとできる人」が結局一番信頼できる。そういう意味では、レスポンスの丁寧さや相手への気配りといった基本的な部分をとても大切にしています。
世界中どこでも“想いを届ける”会社へ
――今後の展望を教えてください。
これからは、海外展開の拡大と同時に、外国人の方々が日本で散骨を行える仕組みを構築していきたいです。世界にはまだまだ散骨を文化として受け入れていない国も多く、私たちの活動がその理解を広げる一助になればと考えています。
また、会社としての課題は「営業力」です。サイト運営やシステム構築は得意ですが、認知拡大や宣伝面ではまだ改善の余地があります。今後はパートナー企業との協業を視野に入れながら、より多くの方にサービスを知っていただくための仕組みを整えていきたいですね。
仕事も芸術も、すべては“表現”
――最後に、プライベートやリフレッシュについて教えてください。
私は音楽大学出身で、クラリネットを専攻していました。今でも演奏活動を続けていて、仕事の合間に楽器を吹く時間が一番のリフレッシュになっています。また、フィンランドの作家トーベ・ヤンソンの生き方には大きな影響を受けました。寝ても覚めても創作に没頭する姿勢に、「好きなことを突き詰める尊さ」を感じます。
仕事も芸術も本質は同じで、どちらも“想いを形にする表現”。これからもその原点を忘れずに、世界中の人が自分らしい最期を迎えられるような仕組みづくりに挑戦していきたいと思います。

