株式会社サブトラクトデザインスタジオ 代表取締役 矢吹 拓也氏
幅広い支援体制でブランディングをサポート
――御社の事業について教えてください。
私たちは各種デザイン制作を主な事業として、印刷、Web、グラフィック、プロダクト、内装など、ブランド構築に必要な領域をすべてデザインしています。
一般的な制作会社では「印刷だけ」「Webだけ」といった特化型が近年多くなっています。ですが、私たちはあえてデザインのすべての領域をカバーしています。
その理由は、ブランドというものは一つのジャンルを磨くだけでは完成しないからです。
ブランドは複数の要素が関わり合って成り立っています。そのため、一つの領域に絞ってデザインを提供しても、なかなか良いブランドは育ちません。複数の会社にまたがってブランドを構築していく方法もありますが、それではある種の「伝言ゲーム」に陥り、本来伝えるべき部分が意図しない形で世に伝わってしまいます。
私たちはその課題を解消するため、すべてのデザイン領域を網羅し、クライアントのブランド全体を見渡して支援できる体制を整えています。
分業制のもどかしさを実感
――なぜ一気通貫の体制を築こうと思われたのでしょうか。
私自身、もともとメーカーでインハウスデザイナーをしており、ブランドをつくる側の立場にいました。そこで痛感したのが、分業制のもどかしさです。ウォーターフォールモデルを思い浮かべていただくと分かりやすいかと思いますが、各分野・各工程で関わる人が異なると、最初に思い描いていた構想がさまざまな人の手を経るうちに変わり、最終的にまったく違った形のアウトプットになってしまうことが頻繁にありました。
また、専門性のある会社に依頼すると、それぞれの会社ごとに色が異なるため、デジタル領域で表現したいことと印刷領域で表現したいことにずれが生じ、方向性がばらついてしまう。その結果、ブランドの本質が伝わりにくくなる――このやり方に私はずっと違和感を抱いていました。
そこで弊社では、「すべての領域をカバーする」という意味での一気通貫、そして「最初から最後まで同じメンバーがクライアントと並走する」という意味での一気通貫、この両方を実現できる体制を整え、事業を行っています。
専門性高いスタッフの在籍が強み
――一気通貫の支援体制について、もう少し詳しくお話を伺いたいです。
一気通貫と聞くと、人によっては「浅く広く支援する体制」だと誤解されがちです。ですが、実際には各領域に専門性を持つメンバーが在籍しており、一気通貫だからこそ可能なサポートを行っています。私は広く全体を見渡しますが、グラフィック・Web・内装など、それぞれの領域で経験豊富なプロフェッショナルがチームを組み、横の連携を密に取りながらプロジェクトを進めています。
さらに、プロジェクト開始から納品まで専任のディレクターが、あくまでチームメンバーの一員として並走するため、コミュニケーションのロスがありません。ディレクターがデザイナーとして動いたり、デザイナーがディレクションを担ったりと、経験豊富なメンバーが柔軟に役割を切り替えながら対応できるのも私たちの強みです。
現在、会社は3期目でコアメンバーはおよそ10名。小規模であるがゆえに小回りが利き、お客様と密に連携できる点も評価いただいています。特に中小企業では、デザイン部署がなかったり、デザイナー採用に課題を抱えていたりするケースも少なくありません。そうした企業に対しては、私たちがあたかも社内のデザイン部署のように立ち回り、スピード感を持って対応したり、場合によってはデザイン部署の立ち上げをサポートしたりすることも行ってきました。
デザインの価値を高めながら、事業を織りなす
――これからの展開についてお聞かせください。
事業としては、ご支援する企業様を増やしながら、企業様と共に世界を豊かにしていくことを目標としています。ただ、そのように社会を豊かにするデザインをつくるためには、まず企業様にデザインの価値を知っていただく必要があります。
そのため、私たちはデザインを提供するだけでなく、「デザインの価値を高める」活動を重視しています。
デザインは世間一般では「きれいにすること」「おしゃれにすること」といった認識がまだまだ強いように思います。しかし実際のデザインとは、雑多なものから不要なものを引き算し、本当に伝えるべき要素を抽出して相手に届けることです。ここまでを含めて、初めてデザインの仕事だと考えています。とはいえ、この本質的な価値はまだ十分に理解されていないのが現状です。
だからこそ、私たちはクライアントと対話を重ね、「デザインとは何か」を伝えることも仕事の一部だと捉えています。実際に、プロジェクトを完走した後にはクライアント様がデザインについて深く理解され、意欲的にデザインを考えるようになったという経験もありました。これはまさに、私たちが体現したいことが実現できた瞬間でした。
将来的には、スクール事業や一般の方がデザインに触れられる空間プロデュースにも取り組みたいと考えています。デザインに近しい方々だけでなく、これまでデザインから遠かった方々にも関心を持っていただき、デザインの本当の価値を伝えていきたいと思います。資格が不要な職種だからこそ、私は「誰でもデザイナーになれる」と思っています。だからこそ全員がデザインについて知り、考えることで、より多くの人と一緒に世界を豊かにしていけたら嬉しいですね。
人生すべてが学び
――お仕事以外で影響を受けたことはありますか。
私は「失敗はある種の成功」だと思うタイプで、成功であれ失敗であれ、すべての経験が学びになっていると常々感じています。もちろん人生は良いことばかりではなく、深く落ち込み、傷ついた経験も何度もしてきました。経営者になってからも華やかなことは一つもなく、常に葛藤と戦いながら過ごしています。ただ、どんな経験も今の自分を形づくる大切な要素であり、むしろその経験があったからこそ私にしかできないことが多くあります。だからこそ今後もさまざまなことに挑戦し、貪欲に経験を重ねていきたいと思っています。
そういう意味で言うと、私はあまり道筋を立てて行動するタイプではありませんでした。これまで熱を注いできたことも、建築からアート、グラフィック、Webアプリといったデジタル領域まで、一見するとバラバラに見えることばかりでした。ただ、今の事業にあるように、そうした経験が「やっていてよかった」と思える瞬間が必ず訪れます。それがまさに今であり、建築・グラフィック・Web・空間といった一見バラバラな経験が、今の「一気通貫」の強みに直結しているのです。
また、人との出会いにも恵まれてきました。インターン時代から約10年お世話になっている会社は、ソニー出身の方が立ち上げたブランディング会社で、当時グラフィックデザイン未経験だった私を受け入れてくださいました。当時の私は「何がやりたいのか」もわからず、いろいろなことに手を出しては自分に自信が持てず、少し迷子のような状態でした。そんな中、その方が初めて私のバラバラな活動を肯定してくださり、「これが私の人生なんだ」と思えるようになりました。その経験で初めて自信がつき、今のバイタリティにつながっていると感じています。本当に大げさではなく、私の人生を大きく変えてくれた方であり、今も深く感謝しています。
その方をはじめ、これまで素敵な出会いに恵まれてきたことで、改めて自分が人から大きな影響を受けやすい人間だと気づきました。だからこそ、関わる人たちがハッピーになれるように自分も努力し、その結果としてハッピーな人が周りに増え、自分自身もさらにハッピーになる。そんな好循環をつくっていけたら良いなと考えています。
引き算によって本質を問う、それがデザイン
――最後に、今後の展望や読者へのメッセージをお願いします。
私たちは「デザインで世界を豊かにする」ことを掲げて活動しています。デザインを認知していただき、価値を感じてもらい、実際に活用していただく。そしてデザイナーになる人が増え、世界がさらに豊かになる──そんな未来を展望しています。これは決して私たちだけで成し遂げられることではなく、世界を変えようと奮起する方々や企業様と共に歩んでいくものだと考えています。そのためにも、そうした方々とお会いできるのを楽しみにしていますし、ぜひ一緒に目標を達成していきたいと思います。
改めてになりますが、デザインとは「引き算」によって本質を浮かび上がらせる作業です。私たちはこの考えを、社名でもある「サブトラクト」に込めました。これからも一つひとつのデザインに真摯に向き合いながら、デザインの価値を高め、未来の社会に貢献していきたいと考えています。

