「スポーツは、勝つためのものだけではない。体を動かす喜びを知り、自分の力で未来を切り拓くための“土台”でもある。」
そう語るのは、NPO法人アラドスポーツ代表理事の中島はるか氏。バレーボール日本代表のアナリストとして長年トップチームに携わった経験を経て、現在は「誰もが一生涯スポーツに親しめる環境」を広げる活動に取り組んでいます。
本記事では、チャンピオンシップスポーツと生涯スポーツ、その両方をつなぐ新しいアプローチについて伺いました。
目次
スポーツを“勝ち負け”から解き放ち、人生を豊かにする体験へ
まず、アラドスポーツの事業内容について教えてください。
私たちは「スポーツ振興」を目的としたNPO法人として活動しています。といっても、競技で勝つためのスポーツだけを支援しているわけではありません。目指しているのは、“一生涯を通して関われるスポーツ”を広めること。年齢や経験を問わず誰もが楽しく体を動かせる環境をつくり、「スポーツを楽しむ場所」「心と体を育てる場所」を提供しています。単に体を鍛えるだけではなく、スポーツを通して人が集い、互いを認め合える“居場所”を育てていくことも大切にしています。勝つことを目指すチャンピオンシップスポーツと、楽しむことを目的とした生涯スポーツ。アラドスポーツは、その両者を対立させず、補い合う関係としてとらえています。
活動を始められた背景を教えてください。
大学卒業後、私はVリーグのチームでアナリストとしてデータ分析を担当しました。試合や練習の記録を可視化し、戦略を立てる――その世界で約10年を過ごし、日本代表チームにも関わらせていただきました。
しかし、出産を機に現場を離れ、フォトグラファーとして独立。子育てを通して感じたのは、「子どもたちが心からスポーツを楽しめる環境が少ない」ということでした。
特に幼少期のスポーツは「勝ち負け」で評価されるものではなく、「楽しい」「もっとやりたい」という気持ちを育てることが大切です。ところが現実には、勝利至上主義的な指導や保護者の期待が子どもたちを縛り、自由に体を動かせる場が限られていました。
そこで、「ゴールデンエイジ」と呼ばれる小学生期に、のびのびと体を動かせる場所をつくりたいと思ったんです。アラドスポーツは、その想いから生まれました。アラドスポーツで育まれる基礎体力や身体感覚は、勝敗にこだわる舞台に進む子どもたちにとっても大きな財産になります。楽しむ中で培った体の軸や動きの感覚が、将来の「勝ちたい」という挑戦を支える土台となる。生涯スポーツとチャンピオンシップスポーツ、その両方が互いを高め合う関係にあることを大切にしています。
好奇心が導いた“分析”のキャリアと教育の視点
スポーツの専門知識や教育理論は、どのように学ばれたのでしょうか。
もともとスポーツが大好きで、学生時代から部活動に打ち込んでいました。ただ練習をこなすのではなく、「なぜこうなるのか」「どうすれば勝てるのか」と考えるのが好きで、その探求心がアナリストという仕事につながりました。
Vリーグ時代は、監督やコーチ、ドクター、トレーナーなど専門家と日々議論を重ねながら、データをもとに戦略を立てる日々。数字だけでは測れない“選手の感情”や“チームの流れ”をどう読み取るか――その難しさに向き合いながら、知識と感性の両方を磨きました。
日本代表チームでの経験も大きな財産です。トップアスリートたちは常に自分を見つめ、成長を止めない。その姿勢から「努力とは積み重ねの先にある信頼」だと学びました。こうした現場の学びが、今の教育観にもつながっています。
ご家庭の影響も大きかったそうですね。
はい。両親や祖父母が教育関係の仕事をしていたため、家の中でも「子どもの発達」や「心と体の健康」について話す機会が多かったんです。
そのため、子育てを通じてスポーツを見つめ直したときにも、「発達段階に応じた関わり方」や「心の成長に必要な体験」という視点が自然と出てきました。スポーツは単なる運動ではなく、人を育てる教育でもある。その考え方が今の事業の根幹になっています。
経営者として独立されたきっかけを教えてください。
もともと「いつか自分の会社を持ちたい」という想いはありましたが、きっかけは「誰かの方針に従うだけでは社会は変わらない」と感じたことです。地域のお祭りや講演会の企画運営に携わる中で、「自分が動けば人や地域が変わる」という実感を得ました。
単に参加する側ではなく、“仕掛ける側”としてアイデアを形にする面白さを知ったんです。
そして、もっと自分の発想で課題を解決したい。雇われる立場ではなく、仕組みをつくる側として地域に貢献したいと思ったのが始まりです。
ただ、経営を始めてわかったのは、自由であるほど責任が重いということ。誰も守ってくれない中で決断し続けるのは大変ですが、その分、自分の理念を形にできる喜びがあります。孤独でありながら自由。その両方を受け入れて前に進むことが、経営者としての醍醐味だと感じています。

立場を越えて「対話」を大切にする
スタッフや生徒さんとの関わりで大切にしていることは何ですか。
できるだけ多く会話をし、相手の立場に寄り添うことです。経営者という立場ではありますが、「上に立つ人」ではなく「共に走る仲間」でありたいと思っています。過剰に距離を取ると声が届かなくなり、近づきすぎるとけじめがなくなる。そのバランスを保つことが、今も私の課題でもあります。
特別に「面談の時間」を設けるより、日常の中で自然に話しかけるようにしています。練習の合間や帰り際の会話の中にこそ、信頼が生まれると感じています。形式よりも“何気ない対話”の積み重ねが大切です。スタッフ一人ひとりが、自分の意見を安心して言える空気をつくることを意識しています。たとえ小さな気づきでも、本人の中で芽生えた思いや違和感を言葉にしてもらうことで、組織は少しずつ成長していきます。
日本代表の現場でも多くの人と関わられてきましたが、今でも難しさを感じますか。
はい。私は人と仲良くなるのが得意な分、つい距離を詰めすぎてしまうことがあります。相手に寄り添いすぎて厳しく言えないこともありました。でも最近は、組織を健全に保つためには“優しさだけではいけない”と感じています。お互いを尊重しながらも、目的に向かってしっかりと引き締める――そのバランスが、リーダーとしての成長につながっています。
そしてもう一つ意識しているのは、「対話の中で感情を置き去りにしないこと」です。正しい答えよりも、まず相手の感じていることを受け止める。言葉の裏にある想いを丁寧に拾うことで、はじめて信頼が生まれると思っています。人を育てるということは、技術を教えることではなく、心を支えること。その積み重ねこそが、強く温かい組織をつくる原動力になっていると感じています。
スポーツで社会を支える。“健康寿命”のその先へ
今後のビジョンを教えてください。
アラドスポーツを立ち上げたとき、株式会社ではなくNPO法人という形を選んだのは「社会のために良いことをしたい」という想いが根底にあったからです。スポーツは、個人の健康を支えるだけでなく、地域や社会の絆を深める力を持っています。
日本ではいま、「健康寿命をどう伸ばすか」が社会の大きなテーマになっています。
けれど実際は、大人になるほど運動の機会が減り、「体を動かしたい」と思っても、ジムやランニングなど一人で続ける形に限られがちです。気持ちはあっても、仲間と楽しめる場所や時間が見つからず、運動そのものが遠い存在になってしまっている――そんな声をよく耳にします。
だからこそ、私たちは“人と人が自然に集まれる居場所”としてのスポーツの場を広げていきたいと考えています。
勝ち負けよりも「楽しいから続けられる」。仕事帰りにふらっと立ち寄れて、仲間と笑い合いながら体を動かせる。そんな時間が日常に増えるだけで、人の表情は明るくなり、地域にも活気が生まれます。スポーツは健康のためだけでなく、人の心をつなぐきっかけでもあるのです。
子どもたちへの支援も大切にしながら、これからは“大人も子どもも笑顔になれる場所”をもっと増やしていきたい。
誰かがきっかけをつくり、輪が広がっていく。その中心に私たちが立ち、地域のプレイリーダーとして人々に元気を届けたい――そんな想いで活動を続けています。
体を動かす喜びと、人と関わる温かさをもう一度取り戻す。その一歩を、私たちが全力で後押ししていきます。
スポーツは“プロを目指す人”だけのものではありません。体を動かすことは、誰にとっても人生を豊かにする行為です。転ばずに歩ける体を保つことも、笑顔で仲間と動けることも、すべてが“生涯スポーツ”の価値だと考えています。健康寿命の先にあるのは、“心の寿命”を延ばすこと。人と関わり、動き、笑い合う時間こそが、真の豊かさにつながるのだと思います。
「仕事」と「子どもたち」へのまっすぐな想い
経営以外で、情熱を持って取り組まれていることはありますか。
今はほとんど仕事一色の毎日ですが、同時に“子どもたちの成長”そのものが私の原動力です。NPOを立ち上げてから1年、スポーツクラブとしては約2年になりますが、開設当初から通ってくれている子どもたちの成長を見守るのが本当に嬉しいです。
「昨日できなかったことが今日できたね」と声をかける瞬間は、まるで親のような気持ちになります。自分の子どももまだ小学生以下なので、保護者の立場としての目線も重なりますね。
子どもや保護者と接していて感じることはありますか。
子どもや保護者と接していると、それぞれが抱える悩みや不安に気づくことがあります。子育てや仕事、人間関係など、日々の中で感じる葛藤は人それぞれですが、その声に耳を傾けるうちに「事業としての支援」と「社会貢献としての支援」は本来ひとつにつながっているのではないかと考えるようになりました。
現在は、女性が中心となって地域課題に取り組む市民団体を立ち上げ、子育てや働き方の変化に悩む人たちを支える活動にも力を入れています。困っている人にそっと手を差し伸べる小さな行動が、社会を少しずつ良い方向へ動かしていく。そんな信念を持って活動を続けています。
時代の流れとともに、子育ても働き方も大きく変化しています。それでも、苦しみながらも前に進もうとする人たちがいる限り、誰もが支え合える仕組みをつくっていきたい。アラドスポーツでの取り組みも、市民団体での活動も、その思いの延長線上にあります。人と人が寄り添い、笑顔で過ごせる社会を育てていくことが、私の情熱のすべてです。

