地域とともに打ち立ての一杯を――「元気で帰ってもらう」ためのそばづくり
株式会社三たてそば長畑庵 代表取締役 柴田尚俊氏
栃木県の自然に囲まれた土地で、打ち立て・茹でたてのそばを提供し続けている株式会社三たてそば長畑庵。店の周囲にはそば畑が広がり、季節によっては白いそばの花や収穫の様子を目にすることもできます。
代表取締役の柴田尚俊氏が何よりも大切にしているのは、「美味しいそばを出すこと」そのものだけではありません。訪れた人が、食事を終えたときに少し元気になり、気持ちが軽くなって帰ってもらうこと。そばを通じて、そんな時間を届けたいという想いが、店づくりの根底にあります。
今回は、事業を引き継いだ背景や、地域との関わり、これまでの困難、そして日々大切にしている価値観についてお話を伺いました。
目次
地域おこしの流れの中で、自然と決まった進路
――事業を始められた背景について教えてください。
自分の場合は、「よし、経営者になろう」と思ってスタートしたわけではないんです。もともと地域おこしの取り組みがあって、その流れの中で家のことや地域の話が重なり、「前の会社を辞めて、こっちに帰ってやってみないか」という話が出てきました。
当時は、特別に大きな決断をした感覚というよりも、「そういうタイミングが来たんだな」という気持ちでしたね。自然な流れの中で戻ってきて、引き継いで今に至っています。
――創業者の想いについては、どのように受け止めているのでしょうか。
「代々続く老舗」というほどの歴史があるわけではなく、創業からはまだ30年ほどです。ただ、それでも創業者がどんな気持ちでこの店を始めたのか、その思いは大切にしたいと考えています。
一方で、時代や状況は変わっていきますし、自分なりの考えや「こうしてみたい」という気持ちもあります。その両方をうまく合わせながら、無理のない形で続けていけたらいいなと思っています。
「美味しい」は当たり前。その先にある価値
――お店づくりで一番大切にしていることは何でしょうか。
一番は、うちのお店に来てくれたお客様が、元気で、喜んで帰ってもらえることですね。
もちろん、「美味しかった」という感想はとても大事です。ただ、それは最低限のことだと思っています。美味しいものを出すのは当たり前で、その上で、気持ちの面でも少し軽くなったり、「来てよかったな」と思ってもらえたりする、そういう場所でありたいです。
――味以外の部分も含めた体験を大切にされているのですね。
そうですね。お客様を楽しませたい、という気持ちはあります。そばを食べるだけじゃなくて、その時間自体が楽しかったとか、ちょっとした会話や空気感も含めて、いい思い出として残ってくれたら嬉しいです。「また来たいな」と思ってもらえる場所であることが、一番だと思っています。
そば畑に囲まれた環境と、打ち立てへのこだわり
――三たてそば長畑庵ならではの強みはどんな点でしょうか。
やはり、打ち立て・茹でたてにこだわっているところですね。それに加えて、うちは立地環境も特徴的だと思います。店の周りはほとんどがそば畑なので、季節になるとそばの花が一面に咲きますし、タイミングが合えば収穫している様子を見ることもできます。
――原料との距離が近い環境ですね。
そうですね。「この地域で取れたものを使っている」ということを、目で見て、肌で感じてもらえる環境だと思います。地域の農家さんとも、かなり密に連携しています。県内のものを使うことには、多少なりともこだわってきました。その分、簡単ではないこともありますが、そこは強みと言える部分かもしれません。
作物不足に直面した一年
――これまでで特に大変だった出来事を教えてください。
去年は、作物不足が一番大きかったですね。そばの収穫量が、前年の3割くらいしか取れなかった年がありました。数字をどう確保するかという意味でも、かなり厳しい状況でした。原料が足りないので、テイクアウトは去年の秋頃まで、丸々中止せざるを得ませんでした。お客様から「テイクアウトはできないの?」と聞かれることも多くて、そのたびに申し訳ない気持ちでしたね。
他県から集めれば、数量的には何とかなったのかもしれません。ただ、うちは県内のものにこだわっていたので、農家さんに一軒一軒声をかけて、少しずつ粒を集める形でした。結果的に、かなり手間も時間もかかりましたが、その分、地域とのつながりを改めて感じる経験でもありました。
――逆に、印象的だった出来事はありますか。
コロナ禍のときですね。周りを見ると、休業しているお店が多かったんです。補助金もありましたし、その選択をしたお店も多かったと思います。うちは、最低限の対策はしながらも、正直「休むのが面倒だった」というのもあって、営業を続けていました。
結果的に、コロナ禍の10月頃だったと思いますが、過去最高の売り上げを記録しました。時期的にシーズンだったということもありますが、お客様の数は本当に多かったですね。
――お店のキャパシティ的にも大変だったのでは。
うちは席数が12席ほどしかないので、ピーク時には40〜50組並ぶこともありました。あまりに多いと、「今日は早めに締めようか」という話になることもあって、忙しさの中でも判断が必要でした。嬉しい悲鳴ではありましたね。
井戸端会議のような、自然体の職場
――社内の雰囲気について教えてください。
雰囲気は、本当に井戸端会議みたいな感じです。
仕事の手は動かしていますけど、特に業務的な会話が必要ないときは、くだらないことばかり喋っていますね。言いたいことは言える関係ですし、みんな仲はいいと思います。変にピリピリすることもなく、自然体でやれているのは、うちの良さかもしれません。
――お客様との印象的なエピソードはありますか。
常連さんは本当に多いですね。今日も、しばらく来られていなかったおじいちゃんが来てくれて、「実は入院してたんだよ」と話してくれました。がんの治療をしていたそうで、「退院したから、そばを食べに来たんだ」と。
そばを食べて、笑顔で帰っていく姿を見ると、「これが自分たちの役割なんだな」と感じます。ただ食事を提供するだけじゃなくて、日常の中の一つの支えになれているとしたら、それは本当にありがたいことですね。
食と健康、そしてストレスとの向き合い方
――食や健康について、意識されていることはありますか。
砂糖、油、乳製品、小麦は、できる限り避けた方がいいとは思っています。ただ、それ以上に良くないのはストレスだと思っています。「これは絶対ダメ」と思いすぎてストレスになるくらいなら、少量食べた方がいい。結局は、心と体のバランスですよね。
――ご家庭でも実践されているのでしょうか。
家では玄米を食べています。本当は酵素玄米にしたいんですけど、子どもが食べられないので、今は普通の玄米ですね。渋々ですが。それでも、家族みんな比較的丈夫なので、食の影響は大きいのかなと感じています。