大企業に売る営業を「パワーチャート」で読み、経営は「何をやらないか」から決める。

株式会社パスライト 代表取締役CEO 原 崇嗣氏

大企業に売る営業は、長らく一部のトップセールスの勘に頼る仕事だと言われてきました。株式会社パスライトは、顧客組織の力関係を「パワーチャート」として描くシステム「PathLight」と、その使い方まで伴走するハンズオン支援で、この領域に取り組んでいます。代表取締役CEOの原 崇嗣氏は、大学院でグラフ理論を研究したのち、大企業向け営業の現場とマネジメントを歩いてきた人物です。今回は、営業を点と線で見る発想がどこから来て、経営の判断にどう表れているのかを伺いました。

グラフ理論の点と線が、営業のバイヤー相関図と重なった

――創業に至る経緯をお聞かせください。

原点は、早稲田大学大学院で研究していたグラフ理論です。人や企業の関係性を、点と線の構造として捉える学問です。

新卒で入ったワークスアプリケーションズでは、入社してすぐにバイヤー相関図を徹底的に叩き込まれました。案件ごとに、誰が決裁して、どこに影響力が集まるかを描くんです。図にしてみると、これは大学院で扱っていた点と線そのものでした。だから最初から馴染んだんです。

やっていくうちに、これはワークスアプリケーションズだけの文化ではないと分かりました。強いエンタープライズ営業の組織なら、どこも当たり前にやっているんです。相関図をどう読み、アカウントプランにどう落とし、どの順で攻めるか。この考え方を、創業期から参画したビットキーで営業を統括しながら磨き、コンサルティングとしても提供してきました。

――そこから、なぜ会社を立ち上げることになったのでしょうか。

壁にぶつかったからです。良い方法論を持っていても、人に依存している限り広がらないんです。アカウントプランの作り方を教えても、その人が異動したら消えてしまいます。

同じ壁に何度もぶつかるなら、それは個人の問題ではなく構造の問題です。頭の中の暗黙知を、誰が見ても同じように扱える形にしようと考えたんです。起業を計画していたわけではなくて、この気づきがきっかけでした。

稟議書に名前が出ない人まで描く

――「パワーチャート」とは、どのようなものでしょうか。

一言でいうと、顧客の組織図の上に、誰が誰に影響を与えるかという力関係を描き足した、営業のための地図です。

当社では、こう定義しています。パワーチャートは、意思決定に関与しうる社内外の関係者が全員、役割とパワーバランスまで含めてひと目でわかる図です。

「関与しうる」は、今会っている人だけでなく、これから出てくる人を含みます。途中から現れる投資ファンドのコンサルタントや、元CTOの監査役は、「しうる」でしか拾えません。「社内外」と付けたのは、顧客企業の外にいる人も落とさないためです。

では、実際に全員を洗い出せている会社がどれだけあるか。ほとんど無いんです。当社が接点データ26万件を分析した範囲では、メールのCcに登場したユニーク人物のうち、CRMに登録されていたのは1.4%でした。営業のメールには出てくるのに、組織の記録には残っていない人が、それだけいるということです。

――なぜ、そこまで「全員」にこだわるのですか。

「全員」と言い切っているのは、稟議書に名前が出てこない人ほど、見ておく必要があるからです。役員が「やろう」と言っていても、システム部門や法務部門の課長が「それはリスクがある」と言えば、案件はそこで止まります。その方々は邪魔をしているのではなく、職責どおりにリスクを見ているだけなんです。この見えない拒否権まで含めて、初めて全員です。

全員を描いても、描いた瞬間から古くなり始めます。創業当初は「図なんて手で描けばいい」とよく言われました。でも、組織は動きます。古い図のまま判断すると、むしろ間違えるんです。自動で最新に保てるかが分かれ目だと、説明し続けました。

案件の数を追わず、やらないことを先に決める

――経営方針として、特に意識されていることは何でしょうか。

「案件の数を追わない」ことです。経営者は、つい「単価×件数」という管理しやすい数字を追いかけたくなります。でも大企業向けの案件は、意思決定の通り方が中小企業向けとは大きく違います。そこを踏まえずに数を回そうとすると、お客様から「この人たちは大企業の営業を分かっていない」と見られてしまいます。短期の件数より、担当者が替わっても同じように攻められる型を残せるかを見ています。

ハンズオン支援を続けているのも、そのためです。道具だけ渡しても、現場では回りません。アカウントプランの設計やディールレビュー、研修まで、使い方ごと伴走しています。

大企業の購買は、信頼している人からの推薦で動くことがほとんどです。だからPathLightを売り込むより、エンタープライズ営業の知見を発信して、相談される状態をつくる方が先だと考えています。この順番は変えていません。

――「何をやらないかを決める」を経営の軸にされていると伺いました。具体的には、何をやらないと決めたのですか。

営業の設計を、地図作り、人材育成、コンテンツ、情報基盤、AI活用の五つの領域で捉えています。当社が張るのは、このうち商材がまだほとんど無い二つだけです。地図作り、つまりパワーチャート。そして情報基盤、CRMに正しく情報が貯まる仕組みです。やろうと思えば何でもできてしまうからこそ、残りは自分たちでは作らないと決めました。

AIについては、こう考えています。公開情報にAIを噛ませても、どの会社がやっても、ほぼ同じものが出てきます。差がつくのは、営業が足で稼いだ非公開の情報が、CRMにどれだけ貯まっているかです。

PathLightは、地図を描くこと自体が営業の武器になるように作っています。議事録やメール、カレンダーのように、営業がすでに持っているデータから育ち、次に誰に会うかを決めるのに使うんです。自分の案件を進めるために描くから、入力が続きます。入力が要らなくなる、という話ではありません。

そうやって貯まった非公開の情報が、競合との差になります。そこまで来て初めて、AIが使えるCRMになるんです。

密室で決めない。才能や気合いのせいにもしない

――組織運営や採用で、意識していることを教えてください。

情報をできる限りオープンにすることです。密室で決まったことは、なぜその結論に至ったのかが周囲に見えず、不信感の元になります。会議に出ていないメンバーでも背景が分かるように共有し、個別のDMでのやり取りも極力避けています。「社歴が長いあの人しか知らない情報」があると、組織は硬直しますから。

一緒に働きたいのは、「どうすればできるか」から考え始める人です。ポジティブ思考と問題解決思考、私が一番見ているのはこの二つです。

もう一つは、結果が出ない原因を、仕組みの側に探せることです。営業は本来すごく頭を使う仕事なのに、根性論で語られがちです。頑張っているのに成果が出ない人を、構造の力で支えたいと思っています。だから育成では、判断基準や手順を一つひとつ言葉にしますし、失敗したときも能力の問題にはせず、「どの構造が見えていなかったか」を一緒に振り返ります。

――今後の展望と、譲れない思いをお聞かせください。

「営業の前にまず地図を描く」という文化を、業界の標準にすることです。誰もこの領域の仕組み化に挑まなければ、成果はこの先も一部のトップセールスの力に頼ったままです。確証はありませんでした。それでも「自分がやらなければ日本の営業は変わらない」と思えたので、戻れないリスクを背負って踏み出しました。

サービス名のPathLightは、キャンプ場やグランピング施設で、夜の小道に沿って置かれる灯り「path lights」から取りました。大企業の攻略は長い道のりです。目的地そのものを照らすのではなく、次の一歩の足元を照らす。そういう存在でいたいと考えたんです。

正直、まだ途中です。ただ、人に頼っていた部分を仕組みに移していく方向は、間違っていないと思っています。うまくいかない理由を解きほぐし、打ち手を変えて確かめるサイクルは、何度回しても飽きがこないんです。

休日は家族と、あとは体を動かす

――仕事以外でのリフレッシュ方法を教えてください。

どうしても仕事に没頭してしまうので、家族との時間は必ず作るようにしています。もともと体を動かすことが好きなので、休日は適度な運動で気分を切り替えています。

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