限界集落の文化を未来へつなぐ――「一村貸し」で地域の価値を再発見する伝燈の挑戦
株式会社伝燈 代表取締役 永田 伊吹氏
株式会社伝燈は、限界集落そのものを宿に見立て、一棟貸しを超えて村の暮らしや文化を体感してもらう「一村貸し」宿泊事業を展開する企業です。建物をつくるだけで終わらず、運営まで含めて地域の価値を未来へつなぐことを重視しています。本記事では、代表の永田伊吹氏に、事業の特徴や創業の背景、今後の展望などについて伺いました。
限界集落そのものを味わう「一村貸し」
――現在の事業内容について教えてください。
現在は、限界集落を舞台に、集落そのものを宿に見立てた宿泊事業に力を入れています。一棟の建物だけを利用していただくのではなく、村の暮らしや文化まで含めて体感してもらう「一村貸し」という考え方です。
例えば、湧き水をみんなで汲みに行き、その水を使って料理を楽しんだり、夏には竹やぶで竹を切るところから流しそうめんを始めたりします。近くの池でスイカを冷やすことや、川へ遊びに行くことも体験の一部です。秋から春先には、集落で越冬のための食材として受け継がれてきたそば打ちを行うほか、雪の季節には「かんじき」を履いて森の中を歩くこともあります。
単なるアクティビティではなく、もともと地域の日常にあった文化や暮らしを体験してもらうことを大切にしています。
建築設計から運営へ――自ら事業を動かす道を選ぶ
――もともとはデザインのお仕事をされていたとお聞きしました。
家具の設計を含め、幅広いデザイン業務に携わってきました。建築やリノベーションに特化していたわけではなく、さまざまな領域でデザインの経験を積んできました。
現在は、自社で宿を運営していることもあり、宿に関する依頼が増えてきました。そのため、宿泊事業を主軸に据え、デザイン事業については比重を抑えながら取り組んでいます。
――経営の道に進まれた背景をお聞かせください。
大学院を卒業後、すぐに個人事業主としてデザインの仕事を始めました。自らプロジェクトを動かすことが、最も成長につながると考えたからです。一方、当時は大規模な建築を一人で担えるほどの経験がなかったため、複数の設計事務所に自ら声をかけ、業務委託として実務に携わりながら知識や経験を蓄積していきました。
その過程で課題として感じたのが、建物を「つくって終わり」にしてしまっているケースがあることです。どれだけよい建物でも、継続的に利用される仕組みがなければ、その価値を十分に活かせません。そこで、設計だけでなく運営まで自ら担い、事業として成立させながら地域に残していける仕組みをつくりたいと考えるようになりました。
――現在の集落と出会ったことも転機だったのでしょうか。
はい、現在の集落との出会いが、法人設立につながる大きな転機になりました。もともとソーシャルデザインやソーシャルビジネスに関心があり、社会的な課題に事業として向き合える場所を探すなかで、この集落と出会ったんです。そこで、集落に残る伝統や文化を未来につなぐための手立てを考えたいと思い、法人を設立しました。
限界集落には、まだ十分に知られていない価値や魅力があります。一方で、そうした地域にビジネスを持ち込み、事業として継続させようとする人は多くありません。だからこそ、自分たちが事業として取り組み、地域の価値を未来へつなぐ仕組みをつくることに社会的な意義があると考えています。
需要を捉え、他地域への展開を目指す
――今後、特に力を入れていきたいことは何でしょうか。
まずは現在の集落で、2棟目、3棟目を整備していきたいと考えています。現状の定員は8名ですが、「20名、30名で利用したい」「修学旅行で利用できないか」といった問い合わせもあり、需要に対して受け入れられる人数が足りていないのが現状です。3棟ほどあって初めて、十分な受け入れ体制が整うと感じています。
また、ほかの地域から「こちらでも取り組んでほしい」と声をかけていただく機会もあります。地域を限定するというより、住民の方々が外から人を呼び込むことを望み、地域として受け入れる体制があることを重視したい考えです。そうした場所であれば、県を問わず挑戦してみたいと思っています。
――事業拡大に向けた課題はありますか。
最大の課題は、宿泊棟を増やすための資金調達です。今後は集落に残る萱葺屋根の古民家の改修も検討しており、一棟で4千万円から5千万円ほど、3棟を整備する場合には合計で7千万円から8千万円ほどの資金が必要になります。この初期投資をどう乗り越えるかが、事業拡大に向けた直近の課題です。
一方、現在の宿を運営するなかで、需要の手応えはつかめてきました。当初は「限界集落の古民家宿」という打ち出し方だけでは十分に集客できず、約半年をかけて市場に届く見せ方を検証しました。その結果、「一村貸し」という独自性を打ち出し、付加価値を明確にしたことで、メディアやアワードを通じた認知も広がっています。
価格競争には入らず、利益を確保しながら販売量を抑える「厚利小売」を意識し、持続的に収益を生み出せる事業モデルを目指しています。
社会的な価値を事業として未来へ渡す
――最後に経営において譲れない考え方を教えてください。
常に「何のためのビジネスなのか」を意識しています。おもしろそう、儲かりそうといった理由だけではなく、それを一生続けていきたいと思えるかどうかが大切です。自分がやらなくても誰かがやりそうなことより、見過ごされている価値に向き合いたいと考えています。
「伝燈」という社名には、「伝える」と「灯す」という意味があります。人口減少が進むなかでは、資本主義的に成立しにくいものから失われていく可能性があります。それらを完全に守り切ることはできなくても、未来へ少しだけ受け渡すための時間をつくることはできるはずです。
限界集落にも、そこに暮らしてきた人の文化や愛着、まだ知られていない魅力があります。それらを再発見し、都市部や海外の人にも届けながら、新たなマーケットをつくることには可能性があると感じています。地域に残る価値を事業として成立させ、少しでも未来へ「伝え燈す」ために、これからも一村貸しの可能性を広げていきたいです。