料理の先にある「帰ってきたい場所」をつくる――松宮 剛氏が大切にする、人と心でつながる店づくり
松宮 代表 松宮 剛氏
懐石料理と豊富な日本酒を提供しながら、料理だけではなく、そこで過ごす時間や人とのつながりを大切にする「松宮」。接待から家族での食事まで幅広く迎え入れ、時間に追われず、会話を楽しめる空間づくりを続けています。その根底にあるのは、「料理がおいしいことは当たり前。その先に何を届けられるか」という松宮剛氏の考えです。料理人として歩んできた道のりや店づくりへの想い、今後挑戦したいことについて伺いました。
目次
料理よりも会話が主役。気楽に「帰ってきたい」と思える店へ
――現在のお店の特徴や、大切にしていることを教えてください。
うちはアラカルトではなく、懐石料理のコースを提供する店です。昼夜ともに基本は6席で、時間制を設けず、ゆっくり過ごしていただくことを大切にしています。日本酒も数多く用意していて、希少なお酒も取りそろえています。
一方で、堅苦しい店にはしたくないんです。赤ちゃんやお子さんも来ていただけますし、お子さんの料理については事前にしっかり打ち合わせをします。大人も子どもも、きちんと料理を食べてもらいたい。それは店として大切にしている考えですね。
――接待だけでなく、ご家族での利用も大切にされているんですね。
予約困難店を目指しているわけではありません。家族や大事な方とゆっくり過ごして、ご飯を食べ終わった後も「めっちゃ喋ったな」「家にいるみたいやったな」と感じてもらえるような店にしたいんです。
料理にずっと集中してもらわなくてもいいと思っています。料理の説明だけは聞いてもらって、あとは好きに喋ってもらう。僕も会話に入りますし、カウンターにいるお客様同士が自然と仲良くなることもあります。料理だけではなく、みんなの会話が主役になる店ですね。
料理人として積み重ねた経験と、コロナ禍で見つめ直した店のあり方
――現在のお店を開くまでの歩みを教えてください。
18歳で辻学園調理師専門学校を卒業し、有馬の「中の坊瑞苑」に就職しました。その後は大阪の料理店で経験を積み、東京・渋谷では野菜をテーマにした割烹の仕事も経験しています。
東日本大震災をきっかけに大阪へ戻り、日本酒と料理を合わせることを意識するようになりました。日本橋や宝塚、天王寺などで店を任せてもらいながら経験を重ね、一度独立もしています。その後、改めて自分の力でやろうと天王寺へ戻り、今の店を開きました。
――開業後、特に大変だった時期はいつでしょうか。
今の店は2月4日の立春の日にオープンしたんですが、その約1カ月後にはコロナ禍に入りました。開けてすぐキャンセルが相次ぎ、「このまま潰れるんちゃうかな」と思ったこともあります。
特に苦しかったのは、人が動き始めた時期です。その頃には店を開いて3年ほど経っていて、新店でもない。どこにも見てもらえないような宙ぶらりんな状態で、本当に苦しかったですね。ただ、その経験を経たからこそ、お金だけではない大切なものについて、より考えるようになったと思います。
「おいしい」は当たり前。その先にある心の距離を大切に
――経営や店づくりにおいて、軸になっている考えを教えてください。
僕は、まずいものを出そうと思って料理をしている店なんてないと思っています。合う、合わないはあっても、料理人はみんなおいしいものを出そうとしている。だからこそ、その先に何があるかが大切なんです。
疲れた時やリフレッシュしたい時に、「あいつに会いに行って喋ろう」と思ってもらえる。実家とは少し違うけれど、安心して帰ってこられる。そんな場所を目標にしています。
お金を払って料理を食べるだけではなく、言葉なのか、驚きなのか、何か別の価値を持って帰ってもらいたいんです。表に見える部分だけではなく、見えない裏側を磨くことが、サービス業では大事だと感じています。
――そうした考え方には、どのような原点があるのでしょうか。
父が8歳の時に亡くなっているんですが、子どもの頃、父に連れられていろいろな店へ行きました。家では話さないことでも、外に出ると話せる。そういう時間があったんですね。今思えば、自分が店でつくりたかったのも、そんな場所なのかもしれません。
父が残した言葉の中で、今もずっと頭にあるのが「結果は結果、結果を恐れず前向きに生きな」です。この言葉を意識するようになってから、自分自身も前向きになったと思います。今の自分の根底にある言葉ですね。
料理から旅館へ。歴史や技術、人の温かさを伝える挑戦
――これから挑戦したいことを教えてください。
大きな目標の一つが旅館業です。僕自身、旅館から料理人としてのキャリアをスタートしています。おいしい料理を食べて、温泉に入り、ゆっくり過ごす。旅館には、僕が店で大切にしているものをまとめて表現できる可能性があると思っています。
実際に旅館の買収を考えて動いたこともありましたが、その時は実現できませんでした。でも、負けると余計に「やっぱりやりたい」と思うタイプなんです。いつか、おもてなしをきちんと届けられる旅館を手がけたいですね。
ほかにも、日本酒バーや養生カフェなど、今の店とは少し違う柔らかい業態も考えています。仲間の料理人たちと一緒に、料理の「映え」だけではなく、歴史や技術を伝えられる場所もつくっていきたいです。
――これからも変えずに守っていきたいことは何でしょうか。
大きく言えば、「楽しく前向き」であることです。ただ、自分たちが楽しければいいわけではありません。店のルールを守ってくださる方が安心して過ごせる環境を、きちんと守ることも必要だと考えています。
料理をおいしく作ることは当たり前。そのうえで、「どこかいい店ない?」と聞かれた時に、「あの店の松宮、面白いねん」と人から人へ自然に言葉が広がっていくような店でありたいですね。
これからも、人との距離を大切にしながら、明るく楽しく前向きに、また「帰ってきたい」と思ってもらえる場所をつくり続けていきたいです。