福岡県春日市に教室を構える「新・個別指導塾 アシスト春日」。塾長の大淵和範氏は、独立当初の試行錯誤を経て、13年にわたり地域の子どもたちを支えてきました。勉強に苦手意識を持つ子や、不登校・発達特性を抱える子どもたち等に広く門戸を開く「アシスト春日」。大手フランチャイズ塾が次々と撤退する中でも「教育弱者の居場所」として歩みを続けてきました。本記事では、大淵塾長のキャリアや学習塾としての取り組み、地域とのつながり、そして未来への展望について伺いました。
目次
地域に根差した“教育弱者”の居場所づくり
まずは、現在の事業内容について教えてください。
株式会社エネファスの代表として、学習塾「アシスト春日」を運営しています。14年前に独立した当初は、父の知人から持ち込まれた技術開発事業に挑戦しましたが、思うように実を結ばず、その経験を経て学習塾を立ち上げました。結果として、この塾は地域に欠かせない存在へと育っています。
学習塾としての特徴を挙げるとすれば、どんな点でしょうか。
創業から13年、「教育弱者」と呼ばれる子どもたちに寄り添ってきました。不登校や発達特性のある生徒、母子家庭や父子家庭、経済的に困難を抱える家庭の子どもたちなど、通常の塾ではなかなか対応しきれない子どもたちにも安心して学んでもらえる環境を整えています。「勉強したいけれど居場所がない」「安心して預けられる場が欲しい」という保護者の声に応えることが、「アシスト春日」の大きな使命です。
周囲の環境についてはいかがですか。
「アシスト春日」から半径100メートル以内に大手フランチャイズを含む8つの塾が進出しましたが、今も残っているのはわずか1件です。全国一律の料金体系では対応が難しい地域性に対し、「アシスト春日」柔軟に応じることができました。また「教育弱者の学びの場というコンセプト」が結果として、「地域に根差した」「面倒見の良い」学習塾となれたのではないかと考えています。
提供している教育サービスについても教えてください。
独自の学習システムを軸に、ロボット教室や理科実験教室、速読プログラムも展開しています。特に不登校の子どもたちにとっては「自宅近くの塾に通うこと自体が負担」になることもあり、インターネットで検索して遠方から通ってくれる生徒も増えています。また、自宅学習も可能なシステムですので、引きこもり気味の生徒も在籍しています。地域を超えて「安心できる学びの場」として認知されていることは、大きな励みになっています。
多彩なキャリアと「ご縁」が導いた独立への道
大学卒業後から独立されるまでのキャリアについて教えてください。
私は大阪出身で、大学卒業後はリクルートに就職しました。7年間営業に携わり、その後は生命保険会社に転職。ライフプランナーや営業所長として人の人生設計に寄り添う仕事を経験しました。その後、父の故郷である福岡へ戻ることになり、明太子メーカーのやまやコミュニケーションズに入社。ここでの経験が、今の独立や教育事業につながっています。
やまやでは、明太子の販売だけでなく、宅配寿司チェーン「銀のさら」の九州エリアの運営、焼酎メーカーの立て直し、さらに、たけのこ缶詰工場の事業再生など、多岐にわたる仕事を任されました。営業から製造、農業関連事業まで、全く異なる分野に挑戦する日々でした。時には予期せぬトラブルや大きな決断を迫られることもありましたが、どの経験も自分を成長させる貴重な糧になったと感じています。
そこから独立へとつながったきっかけは何だったのでしょうか。
農業や食品の現場で奮闘する中で、やがて「自分の力で事業を立ち上げたい」という思いが強くなりました。そんな折に父の知人から技術開発事業の相談を受けたことが、独立の直接的なきっかけです。結果的にそのプロジェクトは途中で頓挫しましたが、その過程で知り合った営業マンや農家とのご縁から、省エネ資材の販売につながり、事業の足掛かりを得ることができました。
振り返ると、リクルートで培った営業力、保険会社での人生設計への視点、やまやでの幅広い事業経験、そして農家とのつながり――すべてが「今」へとつながっています。独立は決して順風満帆ではありませんでしたが、挑戦の連続が結果的に「アシスト春日」の礎になったのだと思います。
一人経営だからこそ築ける「つながり」と学びの場
経営者として孤独を感じる場面も多いと伺いますが、実際はいかがでしょうか。
確かに、経営には孤独な側面があります。ただ、その一方で人とのつながりが支えになっているのも事実です。私は「起こることはすべて受け入れるしかない」と考えています。良いことも悪いことも「これでいい」と思い、前に進む。その姿勢でいると、不思議と新しい出会いや良い知らせが舞い込んでくるのです。だからこそ、常にポジティブマインドでいることを心がけています。
競合する学習塾が近隣に多く進出していると聞きました。
これまでに半径100メートル以内に8つの塾が出てきましたが、正直なところ競争意識はあまり持っていません。むしろ「出てきたんか、頑張りや」という気持ちで受け止めています。「アシスト春日」が対象とするのは、勉強が苦手だけれど学びたい子どもたちや居場所を求めている子どもたちです。大手塾とはターゲットが違うので住み分けができていると感じています。競合というより、地域が賑やかになればいい、というくらいの気持ちです。
具体的にどのような取り組みをされていますか。
10年前からロボット教室を開講しています。空間認識能力や論理的思考力、プログラミング能力を育てるプログラムで、続けて通う子どもたちは着実に力をつけています。小学生の頃から5~6年続けてきた生徒が、論理的に物事を説明できるようになる姿を見ると、こちらも驚かされます。
また、発達特性のある子どもたちに対応するため、私は「児童発達支援士」の資格を取得しました。医師のように診断を下すわけではありませんが、子どもの特性を理解し、保護者と共有することで安心感を持ってもらえます。走り回って落ち着かなかった子が、ふと集中してロボットを完成させる瞬間に立ち会えることは、この仕事の大きな喜びです。
地域の人とのつながりも大切にされているそうですね。
はい。年に一度、教室に泊まり込みで「お泊まり会」を開催しています。子どもたちと一緒にカレーや焼きそばを作り、寝食を共にすることで、普段の授業とは違う表情を見ることができます。この取り組みも、地域の方々の協力があってこそ実現できました。「こんなことをやりたい」と話したときに、すぐに手を貸してくれる人たちがいる。これも大きなつながりの力だと思っています。
夢としては、将来的にキャンピングカーを使った移動型のお泊まり会も実現したいと考えています。子どもたちと一緒に自然の中で過ごし、普段とは違う環境で学びや体験をしてもらえるような場をつくりたい。そうした夢を語れるのも、日々子どもたちから元気をもらっているからこそだと思います。

未来を見据えた挑戦 ― 不登校支援と新しい学びの形
今後の展望について教えてください。
正直に言えば、すぐに2号店3号店を出すのは現実的に難しい部分もあります。ただ、私が目指しているのは「この教室そのものをモデル化すること」です。自分がいなくても自然に生徒が集まり、保護者が安心して任せられるような仕組みをつくりたい。そうすれば「この形をやりたい」と思う人が現れたときに、惜しみなくノウハウを伝えられると考えています。
具体的にはどのような取り組みを進めているのでしょうか。
教室の奥には、本格的ゲーミングPCを備えたeスポーツ環境を整えています。最初は「塾にゲーム?」と驚かれることもありましたが、実際には子どもたちにとって新しい学びのきっかけになっています。例えば、完全引きこもりだった中学生が毎日通ってきて、YouTubeでeスポーツを学んでいたことをきっかけに、eスポーツ部のある高校へ進学しました。「わが子の将来が開けました」と保護者からは大変感謝されました。その姿を見たとき、「eスポーツと勉強の組み合わせができるかも。勉強だけが子どもの未来を支えるのではない」と実感しました。
この取り組みは地域の企業や経営者とのご縁によっても支えられています。通信会社との協力で最新のネットワーク環境を導入し、塾の中にeスポーツの場を実現できました。結果として、不登校で対人不安で教室に入れなかった子が教室の裏口から入室でき、少しずつ学びや仲間との関わりを取り戻す事例も出ています。また、eスポーツが勉強のモチベーション維持につながっているケースもあります。
今後のビジョンをどう描いていますか。
私は「居場所がない」と感じる子どもたちに、勉強と同じくらい大切な「希望」を持ってほしいと思っています。不登校や発達特性のある生徒はすでに珍しくなく、小・中学校1クラスの10%程度はそうした子どもたちです。だからこそ、彼らが安心して学べる環境を整えることが必要だと考えています。
「アシスト春日」をモデルケースとして広げていくこと。そして、自分が引退しても理念や考え方を受け継いでくれる人を育てること。2号店・3号店という形でなくても「学びの居場所」が各地に根づいていくことを願っています。そのために、これからも挑戦を続けていきたいです。
趣味は釣りとアウトドア ― 子どもたちと同じ目線で
お仕事以外での趣味やリフレッシュ方法について教えてください。
趣味は魚釣りです。毎年数回海へ出かけ、自然の中で竿を垂れる時間を楽しんでいます。自然と触れ合う時間は心を整え、仕事への活力を生み出してくれます。
また、アウトドアも好きで、特にバーベキューは「自分が食べるよりも人に振る舞うこと」に喜びを感じます。炭火でじっくり焼き上げて「美味しい」と言ってもらえることが嬉しく、人に楽しんでもらうこと自体が自分にとっての癒しです。
子どもたちとも同じ目線に立って遊ぶようにしているので、年齢を重ねても若々しい気持ちでいられます。還暦を過ぎましたが、実際よりもかなり若く見られるのもそれが原因かもです(笑)。そうした日々の積み重ねが、自分のエネルギー源となり、教室の運営や新しい挑戦につながっているのだと思います。
これからも自然や人との関わりを楽しみながら、子どもたちに「安心できる学びの場」を広げていきたい。釣りやアウトドアのように、自分が楽しみながら誰かの笑顔につながる活動を通して、未来の教室づくりに挑戦していきます。


 
             
     
     
     
          