知らなかったからこそ、疑えた常識──株式会社リングス・橋本涼が挑む就労支援の新しいかたち
株式会社リングス 代表取締役 橋本 涼 氏
福祉の現場で「当たり前」とされてきた数々のルールに、未経験だからこそ疑問を抱いた──。株式会社リングス代表の橋本涼氏は、就労継続支援B型事業を通じて、企業・就労支援・教育を掛け合わせた独自のモデルづくりに取り組んでいます。支援を「今を助けるためのもの」で終わらせるのではなく、その先にある働く未来を見据え、利用者一人ひとりを人材として育てる。本記事では、その思想と実践、そして描く未来について、お話を伺いました。
目次
「知らなかったからこそ」見えた疑問から始まった、リングスの事業
――まず、御社の事業内容について教えてください。
私たちは現在、就労継続支援B型事業を行っています。実はこの事業を始めるまで、私自身は福祉も経営もどちらも未経験でした。いわゆるダブル未経験です。ただ、だからこそ福祉の現場に触れる中で、「これは本当に当たり前なのだろうか」と感じる場面が多くありました。
B型サービスを利用されている方の賃金や、A型や一般就労移行との併用ができないルールなど、未経験だからこそ強い違和感を覚えたんです。私たちに置き換えると、アルバイトをしながら就職活動ができないような不自由さだと感じました。その選択肢の少なさを、障害を持たれている方に押し付けてしまっている現状に疑問を持ったことが、この事業に取り組むきっかけです。
――事業には、グループ会社の取り組みも関係しているのでしょうか。
はい。グループ会社では畳表の製造業を行っており、仕事と場所がもともとありました。ただ、私たちは単なるものづくりではなく、人材を育てるためにものづくりをしているという考え方で会社を運営してきました。その中で、研修や教育、コンサルティングのノウハウも蓄積してきました。
だからB型事業も、作業の場を提供するためではなく、利用者さんの将来にフォーカスする手段として選びました。どうなりたいのか、その姿をどう実現するのかを一緒に考える場にしたいと思っています。
――御社ならではの強みはどこにありますか。
一番の強みは、自社で教育コンテンツを内製化している点です。それは知識を詰め込む「勉強」ではなく、「学び」を重視した内容です。伝える力と聞く力の違いなど、概念的な部分を日々の作業の中に落とし込んでいます。
企業向けに提供してきたオリジナルの教育ノウハウを、利用者さんの目線に合わせて活用することで、B型に通いながら一般就労を目指す考え方も同時に学べる環境をつくっています。簡単には真似できない点が、ここにあると考えています。
体験の中に学びを組み込む──橋本涼が大切にしている「気づきのつくり方」
――橋本さんご自身が、事業を通じて特に大切にしていることは何でしょうか。
私が一番大事にしているのは、「学びは机の上だけにあるものじゃない」という感覚です。ホームページの「選ばれる理由」に書いている内容も、飾りではなく、本当にその思いでやっています。
福祉の現場に限らず、支援される側が「やらされている」と感じる瞬間が増えるほど、その人の可能性は狭まってしまうと思っています。だからこそ、体験すること、多くを学ぶこと、仲間をつくること、その積み重ねが結果的に夢の実現につながる、そんな環境をつくりたいと考えています。
――ワークショップも、その考え方の延長線にあるのでしょうか。
そうですね。もともとは、ゲーム形式やレクリエーションに近い形で、コミュニケーション能力や言葉の伝達力を学ぶ場として始めました。ただ、利用者さんが増えるにつれて、特性や理解度が本当にさまざまで、同じ内容でも受け取り方が違ってくることを感じました。
そこで今は、近所のマルシェに出品する雑貨づくりなどを取り入れています。決められた時間の中で、作業ではなく創作活動として、みんなで一緒にものをつくり、「これが売れたらどうなるか」と完成の先までをイメージしてもらっています。
――遊びの要素も、あえて取り入れているのですね。
はい。伝達力を養うために、相手の立場に立って言葉を選ぶゲームなども、遊び感覚で続けています。大事なのは「学ばせる」ことではなく、「気づいてもらう」こと。遊んでいるようで、実はコミュニケーションの本質に触れている。そんな時間を積み重ねるきっかけをつくるのが、私の役割だと思っています。
「承認の土台」をつくる──社員一人ひとりと向き合う組織運営
――社員の方々との関係づくりで、特に意識されていることはありますか。
正直に言うと、そこしかないと思っています。私が経営者として一番注力しているのは、社員とのコミュニケーションです。自社の教育セミナーでも使っている言葉ですが、「承認の土台」をしっかりつくることを何より大切にしています。
承認の土台とは、その人の背景や生い立ち、なぜ今この仕事をしているのかを理解し、認めることです。ただ、多くの職場では仕事の話だけでコミュニケーションが完結してしまう。私らはそれを短期的で成果重視の「矢の時間」と呼んでいます。もちろん大切ですが、それだけでは人は動かないと感じています。
――では、橋本さんが大切にしている時間とはどのようなものなのでしょうか。
私が意識してつくっているのは「輪の時間」です。中長期的な視点で、その人自身の話をする時間ですね。面談でも数字や業務の話はほとんどせず、「5年後どうなっていたいか」「どんな自分でいたいか」といった問いを投げかけます。
そうすると、本音や目標が自然と出てきます。その背景までしっかり聞いた上で、初めて仕事の具体的な話をする。そうすることで、社員も「ちゃんと自分を見てくれている」と感じてくれるんです。
――その関係性が、組織にどんな影響を与えていますか。
承認の土台ができていない状態で叱ったり褒めたりしても、相手には届きません。土台が整っていれば、叱るときも褒めるときも素直に受け取ってもらえる。結果として、世代間ギャップやハラスメントと捉えられがちな問題も起きにくくなります。
「理解された上で話されている」と感じられる関係性が、社員が安心して挑戦できる組織につながっていると感じています。
就労支援を「街」にする──橋本涼が描く10年ビジョンと逆算の経営
――これから実現していきたい夢や目標について、教えてください。
かなり大きな話ですが、私の中では「10年ビジョン」として明確に描いています。今うちが取り組んでいるのは、企業×就労支援×教育を掛け合わせたモデルです。これを将来的には、一つの「施設」や「街」のような形にしていきたいと考えています。
現在は工場のそばにB型事業所があり、そこに教育コンテンツを組み込んでいますが、今後は使われなくなった建物や価値を失った施設を活用し、就労支援の拠点をつくりたい。製造業や物販、飲食などが集まり、そこで働く人材をB型の利用者さんが担う。リングスに来れば、働く場所があり、学ぶ環境があり、次のステップにつながる。そんな一貫した仕組みを形にしたいと思っています。
――その構想には、福祉全体への思いも込められているのでしょうか。
はい。将来的にはデイサービスやショートステイなど、他の福祉サービスも同じ場所に併設していきたいと考えています。就労支援を入り口に、支援を受ける側だった人が、次は誰かを支える側になる。その循環を、グループの中で実現したいんです。
福祉サービスは国の予算を使って成り立っています。だからこそ、企業として事業を行う以上、国にどう恩返しをするかを常に意識しています。働くことで収入を得て、税を納める立場になる人を一人でも増やすことが、就労支援の本質だと思っています。
――その夢に向かう中で、課題とどう向き合っていますか。
課題は常にありますが、私が大切にしているのは「目的からの逆算」です。厳しい状況の中でも、1年後にどうありたいかを起点に、今やるべきことを一つずつ決めて積み重ねてきました。10年ビジョンも同じで、大きな夢だからこそ、逆算して愚直に進めていく。それが私の経営スタンスです。
家族という一番大切なチーム──橋本涼のリフレッシュと原点
――お忙しい日々の中で、リフレッシュ方法や趣味はありますか。
よく「休みないんじゃないですか?」って聞かれるんですけど、全然そんなことなくて、私はめちゃくちゃ休んでます。家族で出かけたりする時間が、いちばんのリフレッシュですね。
趣味でいうと、釣りですかね。本当に普通だと思います。特別なことをしている感覚はなくて、自然の中で過ごす時間が、結果的に頭をリセットしてくれている気がします。
――ご家族と過ごす時間も、大切にされているのですね。
そうですね。最近、子どもが生まれて、まだ生後2か月くらいなんです。なので、遠出の旅行というよりは、近所に買い物に行くとか、家で一緒に過ごす時間が中心です。
正直、それだけで十分リフレッシュになります。いい旦那アピールをしたいわけでもなくて、ただ一緒に過ごすこと自体が、自分にとっては大事な時間なんです。
家族って、やっぱり一番大切なチームだと思っています。仕事でどんなに忙しくても、ここがあるから踏ん張れるし、自然と力が湧いてくる。そういう存在ですね。
――最後に、この記事で特に伝えてほしい思いがあれば教えてください。
正直、私自身はまだ素人ですし、どんな言葉が一番響くのかは分かっていません。ただ、あえて一つ挙げるとすれば、自社のコンセプトである「知らないがゆえに、業界の未常識を業界の常識にしていく」という考え方は、しっかり伝えてほしいと思っています。
福祉の世界に限らず、当たり前になっていることほど、疑う余地がある。知らなかったからこそ気づけた疑問を、そのままにせず、行動し、形にしていく。それが、今のリングスの原点です。
そしてこれからも、固定概念にとらわれることなく、本当に必要とされる支援のあり方を問い続けながら、就労支援の可能性を広げていく。その姿勢を変えることなく、リングスは一歩ずつ前に進み続けていきます。