技術を「楽しく」残していくために──五香刃物製作所・八間川義人が語る、鍛冶の現場と未来

株式会社五香刃物製作所 代表取締役 八間川 義人氏

価格競争が激化する刃物業界のなかで、「いいものは、いい」と胸を張り続けてきた株式会社五香刃物製作所。鍛冶屋との関係を大切にし、手作りの刃物と真正面から向き合い続けてきました。本記事では、代表取締役の八間川義人氏に、会社の成り立ちやものづくりへの思い、職人として大切にしている価値観、そしてこれからの展望について伺いました。

鍛冶屋の価値を守るために──五香刃物製作所の現在地

――まず、御社の事業内容や会社の成り立ちについて教えてください。

弊社は、刃物の卸と製造を行っている会社です。創業は平成二年になります。先代にあたる父が、都内の刃物問屋で約20年ほど修行を積んだのちに独立し、会社を立ち上げました。刃物屋としての基礎から現場の商売までを、時間をかけて学んできた人間です。

当時の刃物業界は、ちょうど大きな転換期にありました。商店街の専門店が主流だった時代から、ホームセンターやカタログ販売へと移り変わっていく中で、価格競争が激しくなっていったんです。「安かろう悪かろう」という考え方が当たり前のように広がり、いいものを正当に評価する文化が薄れていくのを、父は強く危惧していました。

――その流れに対して、どのような姿勢で向き合ってこられたのでしょうか。

もともと刃物業界は、鍛冶屋が作ったものを問屋が集め、産地を回って紹介するという、人と人との関係性の中で成り立ってきた世界です。いいものだからこそ、この価格になる。その理由をきちんと伝えるのが本来の商売のあり方だと、父は考えていました。

しかし、価格だけで比べられるようになると、品質の違いや作り手の背景が見えなくなってしまいます。そこで父は、流れに迎合するのではなく、「いいものはいい」と胸を張って伝える商売を貫こうとしました。鍛冶屋さんとの関係を何よりも大切にし、職人さんが作った商品を中心に取り扱う。その姿勢が、五香刃物製作所の原点です。

――現在の事業にも、その考え方は受け継がれているのでしょうか。

はい。今も、鍛冶屋さんとの信頼関係を大事にしながら商売をしています。新潟県三条などの刃物産地にも足を運び、手作りの商品を産地問屋さんに紹介していく。そうした地道な積み重ねによって、販売店さんからの信頼を得てきました。

販売先にはホームセンター関係などの大きな取引先もありますが、どこに卸す場合でも考え方は同じです。単に数を揃えるのではなく、「いいものを扱う」という姿勢を崩さない。その結果として、業界内でも信用を得ることができていると感じています。

父の背中を見て身につけた、刃物と向き合う姿勢

――八間川さんご自身のキャリアや、今につながる背景について教えてください。

もともと、最初からこの仕事をやるつもりで入ったわけではありませんでした。高校を卒業してから特にやりたいことも決まっておらず、なし崩し的に会社を手伝うようになった、というのが正直なところです。父のもとで働き始めてから、少しずつ刃物のことを覚えていきました。研ぎを覚えたり、刻印を打ったりと、刃物屋として最低限必要なことを一つずつ身につけていった形です。当時は「継ぐ」という意識よりも、目の前の仕事を覚えることで精一杯でしたが、父が職人一人ひとりの技量や得意分野を把握し、「この人にはこれを任せる」と判断している姿を間近で見てきたことは、今の自分に大きな影響を与えています。

――御社ならではの強みはどこにあると感じていますか。

一番の強みは、創業当初から父が足で稼いできた刃物の知識と、職人さんたちとの深いコネクションだと思います。全国の刃物問屋さんや刃物屋さんから、困ったことがあると相談の連絡をいただくこともありました。職人の技術や特性を理解したうえで材料を渡し、「この商品を作ってほしい」とお願いする。そうした積み重ねが信頼につながり、鍛冶工房の設置や自社製造へと踏み出すことができました。

――現在、大切にしている価値観を教えてください。

代表になった今も、修理の相談一つひとつに正直に向き合うことを大切にしています。直せるか、直す意味があるかをきちんと伝える。その姿勢が信頼につながっていると感じています。下請けさんに極力頼らず、自社で完結できる体制を整えてきたのも、これまで積み重ねてきた経験があってこそだと思っています。

楽しく作ることが、いいものを生む──現場で大切にしている価値観

――仕事や経営において、軸になっている価値観や思いはありますか。

正直なところ、経営について偉そうなことを言える立場ではないと思っています。ただ、ものづくりという意味で言えば、手を抜かないこと、一生懸命作ることは当たり前の前提です。そのうえで、私が一番大切にしているのは「楽しく作る」ということですね。どんなに大変な状況でも、作ること自体は楽しくありたいと思っています。

先代から最初に言われた言葉が、今でも強く残っています。世の中には刃物が星の数ほどあるけれど、その中からお客さんが時間とお金を使って選んでくれた一本だということを忘れるな、と。その他大勢の中の一本かもしれないけれど、その人にとっては唯一の一本なんだから、手を抜くことはできない。そう言われて、確かにその通りだなと思いました。

――その考え方は、実際のものづくりにも反映されているのでしょうか。

はい。嫌な気持ちや義務感だけで作ったものは、やっぱりどこかに出てしまうと思っています。料理と同じで、美味しく食べてもらいたいと思って作るからこそ、作る時間も楽しいし、それが使う人にも伝わるんじゃないかと。包丁や刃物も人の手に渡るものなので、楽しく使ってもらいたい。その気持ちを込めて作らないと、買ってくれた方に失礼だと思っています。

――社員や一緒に働く方々との関係で、意識していることはありますか。

今は、パートさんが数名いて、先代と母も一緒に手伝ってくれています。人数は多くありませんが、だからこそ「楽しく働いてもらう」ことを一番に考えています。楽しくやれることは長く続きますし、楽しく作れば、自然といいものができると思っています。

責任がないから適当でいい、という空気にはしたくありません。とにかく楽しく、一生懸命やれる環境であること。それが結果的に、ものづくりにも、会社にもいい影響を与えていると感じています。

技術を「どう残すか」──次の世代につなぐための模索

――これからの仕事において、実現していきたい目標や思いはありますか。

一番は、やっぱり「残したい」という気持ちですね。技術を残したい。ただ、それが簡単じゃないというのは、身をもって感じています。今までも何人か、技術を覚えたいという人が来てくれました。でも、2年、3年やって、結局みんな辞めていくんですよね。

若い頃は、正直そこまで深く考えていませんでした。「やりたいならやってみればいい」と思って、来た人には教えていました。でも、教える側って、実はすごくエネルギーを使うんです。教えている間は自分の仕事量も落ちますし、やり直しも増える。2年ほど経って、やっと仕事を任せられるようになってきたタイミングで辞められると、その反動が全部自分に返ってくるんです。

――後継者育成の難しさを、強く感じてこられたのですね。

そうですね。2年間でやっと仕事の流れができて、「これで少し楽になるな」と思ったところで辞められると、そこからまた元のペースに戻すのに1年くらいかかる。その繰り返しで、正直、心も体も疲れてしまいました。育てたい気持ちはありますが、また同じことになるかもしれないと思うと、簡単には踏み出せないのが本音です。

だから今は、これまでのように一人にすべてを教えて背負わせるやり方は難しいと感じています。それなら、仲間内で少しずつ仕事を分散したり、工程ごとに技術を伝えていくなど、違う形がないかと考えているところです。まだ答えは出ていませんが、「どうすれば残せるか」はずっと考え続けています。

――技術を取り巻く環境そのものにも、課題を感じていらっしゃいますか。

はい。技術だけ残しても、使う道具や材料がなくなってしまったら意味がありません。鍛冶屋の機械設備は古いものが多く、修理できる会社や部品を作ってくれる町工場が、どんどんなくなっています。材料を作る人、鞘を作る人、機械を直す人。そういった存在がいなければ、伝統的な作り方自体が成り立たなくなってしまいます。

表に出る職人や工房は注目されても、その下で支えている人たちは、取材もされず、知られないまま消えてしまう。そこが一番の危機だと感じています。このままいくと、機械化してスイッチを押せば作れる形しか残らなくなる。それが悪いとは言いませんが、今までのやり方を次の世代が続けられるのかというと、正直かなり厳しい状況だと思っています。

それでも、こうして取材していただいたり、目に触れる機会が増えることで、新しい可能性が生まれることもあります。すぐに答えが出る問題ではありませんが、だからこそ諦めずに、できる形を探し続けたいと思っています。

刃物に込める思いと、日常のリフレッシュ

――仕事以外でのリフレッシュ方法や趣味はありますか。

趣味らしい趣味と言えるかは分かりませんが、音楽を聴いたり、映画を観たり、カメラで写真を撮ったりしています。あとは、バイクに乗るのも好きですね。音楽は特定のジャンルにこだわっているわけではありませんが、比較的洋楽をよく聴いています。仕事から少し離れて、頭を切り替える時間になっています。

――最後に、読者に向けて伝えておきたい思いはありますか。

刃物というと、どうしても犯罪に使われるイメージが先行することがあります。でも、刃物がなければ料理もできませんし、人は生きていけません。私たちは、料理を作るため、生きるための道具として刃物を作っています。命を支えるための道具が、人を傷つけるために使われるのを見るのは、正直とても悔しいです。

だからこそ、楽しく料理をするための道具として、正しく使ってもらいたい。その思いを込めて、一本一本向き合っています。

これからも、刃物と誠実に向き合いながら、できる形で技術を未来につないでいきたいと考えています。

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