地域のつながりを力に、次の世界へ――「人の役に立つ」を軸に進む地域新聞社の挑戦
株式会社地域新聞社 代表取締役社長 細谷 佳津年氏
千葉県に根ざし、フリーペーパー『ちいき新聞』を通じて地域の企業や行政とのつながりを築いてきた地域新聞社。これまで培ってきたネットワークや配布インフラを一つの資産として捉え、それらをさまざまな企業との協業に挑戦しながら、新たな事業の可能性を模索しています。上場企業として地域という枠を超えた世界にも目を向ける一方、社内では創業以来大切にしてきた「人の役に立つ」という経営理念を軸に、社員の可能性を生かす組織づくりを進めています。今回は、現在の事業や強み、組織づくり、今後の展望について伺いました。
地域とのつながりを生かした事業展開
――現在の事業内容や、これまで培ってきた強みについて教えてください。
当社は、地域密着型のフリーペーパー『ちいき新聞』毎週約174万部発行しています。約40の地域ごとに異なる紙面を毎週つくり、それぞれのご家庭まで届け続けてきました。 それを支えているのが、年間約7,000の取引事業者との関係、地域の情報を集めて紙面をつくる編集・制作体制、そして約2,500人の配布員や配送を担う方々のネットワークです。企業や行政、地域の皆さんとの間には、創業以来42年かけて築いてきた信頼もあります。
私が2024年2月に社外から当社の代表に就任し、一つひとつを見ていくと、これは簡単には再現できない、当社ならではのアセット(資産)だと分かりました。しかし、当時は、まだ十分にその価値を見いだせていなかったため、独自のアセットを可視化し、社員にも社外の方にも伝えることから始めました。
――今後は、そうした資産をどのように生かしていきたいですか。
まずは、これらの資産を支える人や仕組みを大切にし、きちんと維持・強化していくことが前提です。そのうえで、フリーペーパー事業だけに使うのではなく、さまざまな企業との協業により、新しい価値をつくっていきたいと考えています。
例えば、Webサービスの利用者を増やしたい企業なら、紙面を入り口にしてWebへつなぐ方法も考えられます。 また、各家庭に情報を届ける配布網そのものにも、活用の可能性があります。地域のスタートアップや中小企業などの強みと組み合わせることで、今までにはなかった事業やサービスを生み出すことができると思っています。
「人の役に立つ」を経営の軸に
――経営をする上で、大切にしている考え方を教えてください。
当社の経営理念である「人の役に立つ」という考え方は、創業者が非常に大切にしてきたものです。この考えに共感する人たちが集まっていることが、当社の強みだと思っています。
当社では、全社員が半年に一度、自分の目標や行動計画を掲げる「指針書」というものを作成しているのですが、かつてはその中に自分にとって「人の役に立つ」とはどういうことなのかを、自分の言葉で書いていました。現在は、その仕組みにかける時間を減らしていますが、振り返ると、とても大切な時間だったと思います。
ただ、仕組みが変わっても、理念について自分なりに考える習慣を薄れさせてはいけないと感じています。当社の文化として、これからも受け継いでいきたいですね。
――経営者として、社員との関係で意識していることはありますか。
社員には、仕事を「やらされている」と感じるのではなく、「域新聞社で働いている自分が好きだ」と思ってもらうことを目指しています。
また、仕事上の役割や裁量の大きさの違いは、けして「上下関係」ではないということをずっと伝えてきています。当社では、評価制度の一つとして、コンピテンシー評価を取り入れています。その区分を「A、B、C」と表すと、アルファベット順に偉いかのように受け取りかねません。そこで当社では、コンピテンシーの区分を6つの「色」で表現し、それぞれの色に期待されることの違いを設定しています。
新たな舞台で、社員の可能性を開く
――採用や人材育成について、以前と変わった部分はありますか。
採用基準そのものは大きく変わっていません。当社には以前から、理念である「人の役に立つ」に共感する人を迎えてきた歴史があります。そうして集まった社員の人柄や、互いに協力し合える関係は、私がこの会社に来たときに感じた強みの一つです。
私が意識しているのは、外部から経験者を採用するだけではなく、すでに社内にいる人の可能性を見つけ、活躍できる場を広げることです。例えば、私が就任してすぐ、コーポレートコミュニケーション部門を新設しました。IRやPR、社内への情報発信などを担う部署ですが、中心となったのは、長年広告の営業や制作、記事の編集に携わってきた社員です。最初からIRの経験があったわけではありません。それでも、地域の企業と向き合い、相手に伝わる言葉を考えてきた経験は、新しい仕事にも生きています。
同じ職種を長く続けていると、本人もまだ気づいていない力があるかもしれません。新しい役割に挑戦する中で、「この仕事も自分に向いているかもしれない」と発見できることもある。社員がこれまでの仕事に誇りを持ちながら、新しい可能性にも出会えるようにしたいと思っています。
挑戦を歓迎し、失敗を責めない組織へ
――社員が挑戦しやすい環境づくりについて教えてください。
私がこの会社に来た時から、 心理的安全性の高さ、社員同士が支え合う空気はありました。新しいことに挑戦した結果、思うようにいかなかったとしても、一人を責めるのではなく、次にどうするかを一緒に考えられる。そうした風土が、挑戦しやすさにつながっていると思います。
例えば昨年、会社の考えを伝えるために社員が株主のもとへ足を運ぶ機会がありました。お会いできても、すぐにご理解を得られるとは限りません。そのときに仮にうまくいかなかったとしても、誰かを責めるのではなく、「行ってくれてありがとう。次は自分が行ってみるよ」と言ってくれる仲間がいる。その安心感や信頼関係があるからこそ、難しい役割にも踏み出せるのだと思います。
会社として向き合う課題は数多くあります。ただ、当社の社員には、課題に直面したときも「どうすれば乗り越えられるか」を考える前向きさがあります。創業以来大切にしてきた「人の役に立つ」という思いが、地域の方々に対してだけでなく、社員同士の関係にも表れているのかもしれません。
上場企業として、まだ見ぬ大海原へ
――今後、会社としてどのような方向を目指していきたいですか。
私は社員に、自分のことを「キャップ」と呼んでほしいと言っています。会社を船に例えるなら、経営者はその船を目的地へ向かわせる船長。これまで地域で培ってきた力を携えて、みんなと一緒に湖や川から太平洋へ漕ぎ出したところです。
太平洋に出れば、これまで出会わなかった企業や投資家と出会えます。もちろん、知らない世界には難しさもあります。それでも、私たちが向かいたいのは、可能性が広がる世界です。
上場企業という立場を生かして、地域新聞社の価値をより多くの人に知ってもらい、新たな仲間と事業を育てていく。その航海に社員とともに挑戦していきたいと思っています。
地域で働き、地域で暮らせる環境を
――最後に、これから会社を成長させたい経営者や、地域で事業を営む方々へメッセージをお願いします。
私たちは今、「職住近接」の実現によって、東京への一極集中や地域の人口減少といった課題を解決しようとしています。地域に人が暮らし続けるためには、安心して働ける場所が地域に必要です。ただ、魅力ある企業が近くにあっても、その存在を知らなければ、働きたい人と企業は出会えません。一方で、地域の企業が後継者不足などによって事業を続けられなくなれば、働く場所そのものが失われてしまいます。
私たちが目指す「職住近接」には、二つの取り組みがあります。一つは、人材紹介を通じて、地域の企業と、そこで活躍できる人をつなぐこと。もう一つは、株式交換という手法を活用した新しいM&Aのスキームを通じて地域企業を持続可能にし、魅力的な働き先を増やしていく「地域共創プラットフォーム」という構想です。
ぜひ、経営者の方々には「職住近接」という考え方に目を向けていただきたいです。
人が自分らしく働き、暮らし続けられる地域をつくっていくことで、日本全体を元気にしていくためのヒントが生まれてくるのではないかと思っています。