東三河で築いた地域密着の信頼――居酒屋から始まった『株式会社ひとtoひと』の人材紹介
株式会社ひとtoひと 代表取締役 小田 章人氏
株式会社ひとtoひとは、愛知県東三河エリアを拠点に、人材紹介を軸とした事業を展開してきました。居酒屋経営を原点に「人と人の出会い」に可能性を見出した小田氏は、地域密着型のスタイルで経営者と求職者をつないできました。一方で現在は、属人性や地域特化の限界という課題にも直面しています。本記事では、小田氏に創業の背景や事業の強み、組織づくり、そして今後の挑戦について伺いました。
目次
居酒屋から始まった「人と人をつなぐ」起業の原点
――まずは、起業のきっかけから教えてください。
もともとは2015年3月に居酒屋を開業したことが、すべての始まりです。地元は愛知県蒲郡市という人口8万人ほどの町で、「大手企業に勤めるのが正解」という空気が強い環境でした。
ただ、私は昔から集団行動が得意ではなく、自分の強みが発揮できる場所で働く方が人は笑顔になれるのではないか、とずっと考えていたんです。
高校卒業後に自動車ディーラー関連の大学へ進み就職しましたが、1か月で退社しました。整備士の仕事にやりがいを見いだせず、人に寄り添う仕事がしたいと思ったからです。
その後、約10か月で居酒屋を開業しました。実はこの時点で「2年後に会社をつくる」と決めており、何をやるか分からないからこそ、多くの人と出会える場を選んだという経緯があります。酒も飲めず、料理も得意ではなかったのですが、人生の大学だと思い、借金をして挑戦しました。
――居酒屋から人材紹介事業へと発展した経緯は何だったのでしょうか?
居酒屋をやっていると、「人が足りない」「後継者がいない」といった経営者の声もあれば、「今の仕事に満足していない」「人生で仕事がつまらない」と悩む方も来店されます。ほかにも「家を建てたいけど、どこに頼めばいいか分からない」など、日常の不満や相談が自然と集まってきました。
そこで、話を聞く中で合いそうな相手を紹介していくと、結婚につながったり、家づくりが進んだりと、目に見える変化が生まれたんです。中でも、仕事を探す方と人手不足の企業をつないだときの喜びが大きく、「自分がやっているのはハローワークと同じ役割だ」と腑に落ちました。
国が担う仕組みと同じく、人の機会をつくることには意味がある。そう考え、民間でも紹介業として成り立つ可能性に目を向けました。ちょうど東三河で人材不足や後継者不足が話題になっていた時期でもあり、地域を分析した上で、まずは就労支援のような形から動き出しました。
人材紹介にとどまらない、経営者に寄り添う支援モデル
――御社の事業の特徴や強みはどこにありますか?
正直に言うと、他社にない特別な強みがあるとは思っていません。ただ、経営者に深く寄り添える点は当社の特徴だと感じています。
東三河の経営者は100%株主の方が多く、上場を目指すというよりも、自身の納得感や信頼関係を重視されています。表面的には「人が足りない」という相談でも、実際には組織運営や右腕育成など、より本質的な課題を抱えているケースが少なくありません。
入り口は人材紹介ですが、「なぜ足りないのか」「どこが回っていないのか」まで踏み込んで話を聞く。その姿勢を積み重ねることで信頼が生まれ、経営者の悩みが自然と集まる関係性を築いてきました。
――求職者に対する強みについても教えてください。
求職者にとっての強みは、約400社の決裁者と直接つながっている点です。
企業側の悩みや状況を把握しているため、単に紹介するだけでなく、入社後の成果づくりまで見据えた提案ができます。営業職であれば、企業とのネットワークを活かして仕事の機会を生み出すことも可能です。
また、すべての企業を実際に訪問しているため、社内の空気感や上司の人柄まで具体的に伝えられます。さらに、過去に紹介した方のリアルな声も共有できるので、「条件」だけでは見えない情報を提供できる点は、他のエージェントとの違いだと思います。
地域密着にこだわった理由と東三河市場への着目
――なぜ東三河という地域に特化されたのですか?
自分が知らない会社を「良い会社だ」と言うことはできません。本当に良いと思える企業だけを紹介したい、その思いが地域特化の理由です。現在は約400社と提携していますが、すべての企業に足を運び、上司の人柄や社内の雰囲気まで把握しています。
年収や職種だけでなく、「どんな環境で働くのか」を知りたい方も多い。自分が転職するなら欲しい情報を提供したいと考えました。
――地域密着型で取り組む中で感じた手応えと課題は何ですか?
地域の経営者と深く関われることは大きな手応えでした。一方で、平均所得が低いエリアであるため、紹介料も低くなりやすく、それが社員の給与にも直結します。理念としては正しいと感じていても、経営の視点では難しさもあります。
また、提案できる企業数が限られるため、求職者に十分な選択肢を提示できていたのかという葛藤もありました。自己満足の紹介になっていた部分もあったと振り返っています。
理念と経営判断のはざまで揺れる転換期
――地域特化の理念から全国展開へと舵を切った背景を教えてください。
地域に特化するという理念を大切にしてきましたが、その一方で属人性が強まり、売上の伸びにも限界を感じるようになりました。実際にはオンラインで東京や福岡の方とも面談をしており、掲げている理念と現実との間で迷いが生じていたのも事実です。社員を守る立場として、理念だけで経営を続けるのは無責任ではないかとも考えました。
さらに、求職者が本当に求めているのは「私が良いと思う会社」ではなく、「自分に合う会社」だと気づいたことも大きな転機です。これまで行ったことのない企業でも、プラットフォームを活用して提案するようになりました。紹介先が合わなかったと言われるのが怖かったのかもしれませんが、その感情を乗り越え、選択肢を広げる決断をしました。
――その課題意識は、飲食事業への挑戦にもつながっているのでしょうか?
実は飲食事業も、根底にあるのは同じ発想です。もともと私の周りには、将来に不安を抱えながらも踏み出せずにいる仲間が多くいました。30歳が近づく中で「何かやれることはないか」と考え、2019年12月に唐揚げ屋を始めました。
以前、居酒屋時代にお祭りで販売していた唐揚げが好評だったこと、そして蒲郡市の学校給食で人気だった「レモン煮」を愛知県教育委員会と連携して商品化できたことがきっかけです。メンバーは元ラッパーや、社会に出る機会を得られなかった方たちでしたが、「いらっしゃいませ」と笑顔で商品を渡すことを理念に掲げ、2年間で10店舗まで拡大しました。
1店舗につき1000万円を借り入れるスピード感で展開しましたが、コロナ禍の影響を受け、現在は事業としては撤退し、人材紹介に集中しています。
東京挑戦で見えた「やりたいこと」と「できること」
――これまでに取り組まれた、印象的なチャレンジについて教えてください。
人材紹介は転職市場の追い風もあり、ある程度は売上が立つ業界です。だからこそ、「自分の実力なのか」と疑問を持ちました。
感情論を捨てて不動産売買などに挑戦したらどれほど稼げるのかと考え、30歳を機に東京へ出て就職活動をしました。役員報酬を半分にして、M&Aや人材系企業で学ぼうと動いたのです。
しかし、「やりたいこと」と「できること」の違いに直面しました。他社で成果を出しても自分には何も残らないと気づき、最終的には自社を伸ばす覚悟を固めて戻ったという経緯があります。
長所を伸ばす組織づくりと仲間との関係性
――社員が主体的に動くために大切にしていることは何ですか?
社員は全員、もともと当社にキャリア相談に来た方たちです。鬱を経験していたり、引きこもりの時期があったり、それぞれに背景があります。だからこそ、「できないこと」ではなく「できること」に目を向けます。
パソコンが得意ならヘルプデスクを任せるなど、役割を明確にし、長所を伸ばすことを大切にしています。私一人では何もできませんし、互いの役割を尊重する姿勢が主体性につながると考えています。
また、「失敗は学びのチャンス」「教える側が教わっている」という言葉を繰り返し伝え、仕事を通じて人間力を高める場にしたいと思っています。
属人性という強みを、再現性へと変えるために
――現在向き合っている課題と、その解決に向けた取り組みについて教えてください。
最大の課題は属人性の強さです。地域密着で築いてきた信頼関係は強みでもありますが、再現性という面では弱さにもなっています。東三河からどう脱却するか、同業他社とどう戦っていくかを考えたとき、これまでのやり方を仕組みに落とし込む必要があると感じました。
これまでマニュアル化をほとんどしてこなかったため、今は業務の整理や仕組みづくりを進めています。属人性の良さを残しながら、誰がやっても一定の成果が出せる状態を目指しています。
――その課題に対してどのような取り組みを進めていますか?
個人的には「株式会社右腕」のような構想を描いています。右腕に特化した人材マッチングを行い、経営者や後継者不足に悩む企業と、本気で人生を変えたい人を結びつけたいと考えています。
ただ、自分がやりたいことを押し出すのではなく、お客様の悩みから事業を生み出す姿勢を大切にしたいと思っています。
「こんな悩みがあるなら、こう解決してはどうか」と提案できることこそが当社の営業だと考えているため、解決できる課題が見えたときに、それを事業として形にしていきたいです。