足でこぐ「新しい選択肢」を社会の当たり前に。奄美から広げる“こげる車椅子”の未来
一般社団法人シンクロプラス 代表理事 友野 秀樹 氏
歩行が難しくなったときの移動手段は、「押してもらう車椅子」「手でこぐ車椅子」「電動」という三択になりがちです。しかし、その常識の外側に、“自分の足でこげる”モビリティがあります。友野氏が普及に取り組むのは、仙台のメーカーが開発した足こぎ式の車椅子「COGY」。医療・介護の制度や慣習が壁になり、10年経っても「知る人ぞ知る」にとどまってきたこの選択肢を、観光や地域連携、ユーザーコミュニティづくりと掛け合わせながら全国へ届けようとしています。奄美を拠点に、いま何が起きているのか。なぜこの道を選んだのか。そして、どんな未来を目指すのかを伺いました。
目次
「福祉機器を売る」のではなく、「高齢社会の課題を解く」ために
——まず、今取り組まれている事業について教えてください。
目的は、足でこげるモビリティを世の中に普及させることです。カテゴリーで言うと車椅子になりますが、福祉機器を販売するつもりで始めたわけではありません。高齢社会の課題解決ビジネスとして、歩行困難になる方が増えていく現実に対して、健康寿命につながる選択肢を広げたいという思いがあります。
日本では、亡くなる10年前くらいから介護が必要な状態になる方が多いと言われますが、その期間をどう減らせるか、どう自分らしい生活を保てるかが大きなテーマだと思っています。
足でこげる車椅子は、15年前に仙台市の株式会社TESSさんが世に出した製品です。12年前にNHKで紹介され、3年前にはカンブリア宮殿でも取り上げられました。ですが、番組で取り上げられても「奇跡の車椅子」のような扱いで、知ると皆さん「すごい」と言ってくださる一方、10年経ってもまだ知られていないのが現状です。
私はメーカーさんと資本関係はありませんが、うちの理事の中にメーカーの社長にも入ってもらう形で、一緒に普及を進めています。
メーカーの役割は製品開発と、医療・介護ルート、海外への普及などです。一方で私は、普及と企画を担っています。
医療や介護のルートだけではなく、もっと大きな視点で「高齢社会の課題を解決しよう」と考える方々と連携し、ソーシャルビジネスのルートで広げることに力を入れています。奄美を拠点にしながらも、全国23県に39の普及パートナーができています。
——医療・介護のルートでは普及が難しい、とお話されていました。その理由はどこにありますか。
医療・介護の現場には常識があって、歩行困難になったら「足を使わない移動手段」を選ぶのが基本です。押してもらう車椅子、自分で手でこぐ車椅子、電動化。この三択が前提になっています。
車椅子ユーザーの多くは、医療・介護現場から「これを使いなさい」「これがいいですよ」と言われて初めて使うことが多いです。現場の意識が変わらない限り、その三択から外れた選択肢は、ユーザーまで届きません。
私も最初は医療ルート、介護ルートで普及を試みました。意識の高い現場、歩行困難な方に「自分で移動できる喜び」を提供したいと考える方々には響きます。
ただ、制度に乗って運営している現場が多い中で、なかなか普及が進まない実感がありました。だから、必要な人に早く届けるために、観光事業と組み合わせる発想に至りました。
——具体的には、どのように普及の仕組みを作っているのでしょうか。
大きく二つあります。ひとつは、先ほどもお話したパートナーづくりです。そして、もうひとつは、Facebookの中にユーザーグループを作り、事例が集まるプラットフォームを作ったことです。今は参加者が1600名を超えていて、日々いろんな情報が上がるグループに育っています。
メンテナンス部会を設けたり、使い方や事例が見える状態を作ったりしています。私は単なるメーカーの代理店という位置づけではありません。代理店の役割もありますが、メーカーではできない普及のやり方を、私の側でやっています。
メーカーさんは「 卸す 」立場なので、エンドユーザーと直接つながる機会が意外と少ないんです。例えば、テレビ番組の取材で「番組に適した利用者さんを探したい」となったとき、私のところで候補の利用者さんを手配し、この方が良いと思いますよと提案することがあります。
日本財団が運営している多言語型サイトで紹介されたり、24時間テレビの寄贈品として認定されて施設への提供につながったりした場面でも、必要な施設をピックアップして紹介するなどの動きをしてきました。
「変化するのが当たり前」の世界から、変わりにくい業界へ。10年かけて見えた突破口
——友野さんご自身のキャリアについて教えてください。
私は今65歳です。サラリーマン時代はパソコン周辺機器メーカーの株式会社バッファローにいました。会社が創業して間もない頃で、社長を含めて30人くらいの時に入社し、13年間在籍する中で一部上場まで急成長しました。40歳で社長と意見相違が、私が引かない性格だった(笑)こともあり、社長と衝突し辞めてしまったのですが、そこで学んだのは、誰も知らない会社が上場企業になり、新しい市場を作っていく過程です。ベンチャー精神を社長から学ばせていただきました。OAからITそして今ではAIへと、変化していくことが当たり前の業界にいました。
——なぜこの取り組みに入ったのでしょうか。
退職してからは、個人でビジネスコーディネート、つまりベンチャー企業の販路を作るような支援をしていました。10年前、たまたま出会った方が私の名刺を見て、「未来の車椅子が開発された」と話してくれたんです。
名刺に「未来の常識をを必要とする人へ届ける!」というキャッチフレーズを付けていたのですが、その方は福祉の業界にいて、NHKで特集された足こぎ車椅子の映像を見せてくれました。
見た瞬間、これはすごいなと思いました。リハビリはつらいイメージがありましたが、映像の中では乗っている人たちが笑顔だったんです。難しい理屈より、困難に陥った人が笑顔になっていることが素晴らしいと感じました。
——一般社団法人という形を選んだのは、どんな理由からでしょうか。
COGYを普及していく中で、一般社団法人を作りました。株式会社にすると、競争意識が働いて情報共有が進まないことがあります。例えば、静岡の販売の方がユーザーさんの協力で素敵なデモ映像を作ったとしても、隣県の別会社が「その動画を販促に使わせてほしい」とはなりません。 COGY販売においては競合になるからです。
まず世の中に普及させなければいけない段階で事例を共有するには、一般社団法人の方が合っていると考えました。ユーザーさんにも協力いただきながら発信できているのは、そういう形にしたことが大きいです。
奄美で観光とつなげて「体験」にする。全国へ広げるための次の一手
——奄美に拠点を移された背景について教えてください
約7年前、令和元年に奄美に移りました。生まれ故郷である奄美から普及しようと思ったんです。理由は、制度で縛られている医療・介護の現場よりも、必要な人に早く届けたいからです。離島から最先端のものを発信する、離島でモデルを作って全国に普及する。そのために、観光事業と組み合わせることにしました。
——観光と組み合わせた狙いを教えてください。
歩行困難な方のためのもの、と思われがちですが、実は使える範囲はもっと広いんです。 元気な高齢者でも使えますし、障害のある方にも希望を提供できます。
さらに、健康な方が乗っても楽しい。
普通の車椅子だと健常者が乗って遊ぶのは罪悪感があるかもしれませんが、足でこぐ体験はアクティビティとして成立します。 観光にすることで、健常者も同じ目線で楽しい、高齢者も乗れて楽しい。そこに、普及の突破口があると考えています。
実際、奄美では観光協会にも入り、「COGYが広げる新しい旅の可能性」を体験として伝える動きをしています。 例えば、家族旅行が多いペンションでは、高齢化で足腰が弱った方が直前にキャンセルになることがあると聞きました。
そこで「COGY」をアクティビティとして使えば、弱みではなく強みになる。
そういう連携をセミナーでの出会いから始め、モデルを作ってきました。
——今後の展望として、どこにリーチしていこうと考えていますか。
直接売るというより、同じ目的を持つ方々と連携して広げることです。 今、介護旅行やユニバーサルツーリズムの動きが増えてきています。 歩行困難になっても旅を諦めない、というテーマでサポートする団体や事業者が出てきている。
そこに「COGY」という道具があると、もっと新しい楽しみ方ができる。 介護タクシーで観光をしているところ、シニアの外出サポートをしているところ、そういった方々に「こういう選択肢がある」と知ってもらうのが重要だと思っています。
また、自治体の「シニアに優しい街づくり」とも相性が良いと感じています。 電動カートを走らせる話はありますが、自分の足でこげる方が健康につながります。 電動は移動はできても、足を使わない選択になりがちで、結果として寝たきりにつながってしまう側面もあります。
一方で、足が動きにくい方でも自分の足でこげると、表情も変わります。 自分が「運ばれている」のではなく、自分で動いている実感が戻る。そこに大きな違いがあると思います。
川崎市では「自立につながる福祉器具」として10年も前から紹介されている例があります。行政は公平性の観点で特定メーカーのものを紹介しにくい面もありますが、川崎市は基準を作り、クリアしたものを紹介していくスタンスです。こうしたモデルが全国に広がれば、状況は大きく変わるはずです。
「知った人が、次の人へ」──選択肢を“当たり前”にするために
——最後に、この記事を読んだ方へ伝えたいことをお願いします。
初めて「COGY」を知った方は、周りに必ず歩行困難の方がいるはずです。 親御さん、ご家族、友人など、誰かが困っている場面に出会うことがあります。
ぜひ「COGYがあるよ」と伝えてほしいです。
私自身、10年前に知ったとき、ちょうど同い年の同級生が脳出血になってリハビリ中の写真をFacebookに上げていたのを見ました。 そのとき、もし私がこの存在を知らなかったら「大変だけど頑張ってね」くらいしか言えなかったと思います。
でも、映像を送って、実際に乗るようになり、活動範囲が広がりました。 奄美にも旅行に来て、海を見て泣いて感謝してくれたこともあります。 転倒リスクがある中で歩くのは必死です、COGYは転倒リスクが少なく、軽くこげる。そこから生活が変わっていく。
そういう場面を、私は何度も見てきました。
医療や介護の現場で本来広まるべきものが、常識や制度の壁で届かないなら、業界の外にいる人間が広めてやろう。そう思って続けてきて、いまようやく入り口に立った感覚があります。
行政で取り上げる人が出てきたり、観光の文脈で紹介されるようになったり、事業連携の記事として形になったり、少しずつ意味を持ち始めています。この選択肢が社会の当たり前になったとき、自分の足で移動できる人は格段に増えるはずです。奄美から始めたモデルを、次は全国へつないでいきたいと思っています。