琵琶湖のヨシから生まれた完全植物性歯ブラシ――歯科医師・井田氏が目指す口腔ケアと環境配慮の両立
株式会社N&S 代表 井田 冴香氏
株式会社N&Sが手がけるのは、琵琶湖に生える植物「ヨシ」を活用した「美WAKO」歯ブラシです。歯科医師として診療に携わる井田氏が、「1本でできることをもっと増やせないか」という思いから開発を始めました。使いやすさを追求しながら、完全植物性にもこだわった1本には、歯科医師としての知見と、滋賀県で育った自身のルーツが込められています。商品開発の背景や経営で大切にしていること、家族との会社運営、今後の展望について伺いました。
目次
歯の健康と環境への配慮を、1本の歯ブラシで実現する
――現在の事業内容について教えてください。
当社では主に「美WAKO」の製造・販売を行っています。滋賀県の琵琶湖に生えているヨシを粉末にし、トウモロコシ樹脂と混ぜてペレット状にしたものを柄の部分に配合。毛の部分にはヒマシ樹脂を使用しており、完全植物性の歯ブラシです。
私は歯科医師なので、環境に配慮するだけでなく、きちんと磨けることも大切にしています。日本人は欧米人と比べて口がそれほど大きくないため、1本ずつ磨きやすいようにヘッドを小さくし、厚さも薄くしました。
――商品を開発したきっかけは何だったのでしょうか。
Instagramライブなどで一番多かった質問が、「先生はどの歯ブラシを使っていますか」というものです。当時の私は、一般的な歯ブラシ、奥歯などを磨くタフトブラシ、フロス、舌磨きの4つを使っていました。
その話をすると、「毎回4つも使うのは難しい」という声が多く、「1本でできることをもっと増やせないか」と考えるようになったのです。
「監修」ではなく、自らゼロからつくる道を選ぶ
――経営の道に進まれたきっかけを教えてください。
私は歯科医師としてSNSやYouTubeなどで発信していたこともあり、「商品を監修してほしい」というお話をいただくことがありました。ただ、思っていたのは「いつか商品をつくるのであれば、自分でやりたい」ということです。
歯科医師は診療が中心です。そのなかで、自ら商品をゼロからつくっている方は少ないと感じていました。だからこそ、唯一無二のものをつくるためには、自分で0から1を経験してみたいという気持ちが強くなったのです。
――経営判断で大切にしていることはありますか。
滋賀県で生まれ育ったことや、これまで生きてきたなかで培ってきた価値観が、そのまま経営につながっていると思います。私は、自分のなかで「これは違う」と感じたことはしないと決めています。仕事やメディアへの出演についても同じです。自分が違うと感じるものは選びません。
言葉にするのは難しいのですが、これまでの人生のなかで培ってきた「美学」のようなものが、判断の軸になっているのだと思います。一方で、経営者としてはまだまだ勉強不足です。さまざまな経営者の方の話を聞き、アドバイスをいただきながら学んでいきたいと考えています。
母と2人で歩む、家族の支えを土台にした会社運営
――現在の組織体制について教えてください。
当社には従業員がおらず、母と2人で運営しています。発送やホームページなどについては、外部の会社に委託しています。
母も歯科医師で、私は母の歯科医院で働いていたこともあります。祖父母も含めて家族全員が歯科医師という環境で育ったため、家族で経営することは小さい頃から身近なものでした。
――お母さまとの関係について教えてください。
母は、昔から私を支えてくれている存在です。クラシックバレエのコンクールの頃から、大学卒業後にフィットネスモデルを目指した時期まで、ずっとマネージャーのようにサポートしてくれました。
YouTubeやフィットネス大会なども含め、何かに挑戦するときはいつも支えてくれていました。会社を立ち上げたときも、その延長線上にあったように感じています。
これまでずっと母が支えてくれていた流れのなかで、一緒に歯ブラシの事業を始めました。私自身、家族を大切にしたいという思いを持っています。
歯科医院からホテルへ、サステナブルな選択肢を全国に広げたい
――今後、どのように事業を広げていきたいと考えていますか。
まずは、歯科医院で美WAKO歯ブラシを扱っていただく機会を全国的に増やしていきたいです。私は「SDGsつながりクリニック」を増やしたいと考えています。歯科のなかにも、もっとサステナィナブルな考え方を広げていきたいのです。
歯ブラシは毎日使うものですし、患者さんに月に1回は交換してくださいとお伝えしています。その日常的に使うものがプラスチックではなく植物性になり、なおかつ歯の健康も保てることが私の理想です。
また、ホテル業界にも広げていきたいと考えています。現在の美WAKO歯ブラシは1本1,650円なので、一般的な歯ブラシやホテルのアメニティと比べると高価格帯です。そのため簡単ではありません。
ただ、宿泊先で使って捨てるのではなく、「少し良い歯ブラシだから持ち帰って1か月使おう」と思っていただけるような形になれば理想的だと思っています。
――現在、課題に感じていることはありますか。
1つは、さらに研究を重ねていくことです。植物性の歯ブラシなので、当初は品質保持期限を2年と設定していました。その後の研究で、当初考えていたよりも長く保てる可能性が見えてきました。
今後は、何年使えるのか、何年で本当に土に還るのかといった点についても研究を重ね、結果を出していきたいと思います。
また、販売促進と認知も課題です。美WAKO歯ブラシは大阪・関西万博の滋賀県のブースで紹介していただいたほか、市役所にも置いていただいています。
滋賀県では、琵琶湖のヨシを今後どのように再利用していくかが問題です。地元を大切にしながら、滋賀県に限らず全国へ広げていきたいと考えています。
クラシックバレエで培った感覚と、体を動かす時間が日々の原点
――時間ができたときは、どのようにリフレッシュしていますか。
今は3歳と生後2か月の娘がいるので、休みらしい休みはほとんどありません。それでも少し自分の時間ができたときは、柔軟をしたり、筋トレをしたりしています。
長年クラシックバレエを続けてきたことも関係していると思いますが、私にとっては、休みだからこそ体を動かすことが一番のリフレッシュです。
――クラシックバレエで特に印象に残っている経験はありますか。
高校生の頃には、歯科医師ではなくバレエの道へ進もうかと考え、ロシアのバレエ学校に留学したこともありました。
高校3年生でバレエを辞めることになりましたが、最後に恩師から「冴香ちゃんの『白鳥の湖』が見たい」と言っていただき、舞台で『白鳥の湖』を踊りました。そのときの光景や、恩師が涙を流してくれた姿は、今でも忘れられません。
その舞台を終えたときには、自分のなかでやり切ったという気持ちがありました。そして、自分で決めた歯科の道へ進みました。今は歯科医師として、そして美WAKO歯ブラシの事業を通じて、新しい挑戦を続けていきたいと思っています。