歴史と未来へ繋ぐ 建築文化の継承がもたらす恩恵とは

株式会社北條建築事務所 / 一般社団法人環境文化史創造研究所

代表取締役・理事長 北條 豊和氏

建築設計事務所としてのデザイン実務をやりながら、一般社団法人環境文化史創造研究所(環創研)を立ち上げ、建築文化の継承と発展に心血を注ぐ北條豊和氏。私たちが何気なく暮らしている現代建築の中で、失われつつある「人間の五感」を養うことや、先人が築き上げた「知恵」への危機感を語る北條氏の視線は、100年後の未来を見据えています。なぜ今、歴史を学ぶ必要があるのか。建築が社会に果たすべき真の役割とは何か。単なる経営者の枠を超え、社会への提言を続ける北條氏の思想に迫ります。

建築を通して社会に何を提唱しているのか

――株式会社北條建築事務所と、一般社団法人環境文化史創造研究所(環創研)。二つの法人を運営されている現在の状況と、その理念についてお聞かせください。

私は現在、北條建築事務所の代表として11年目を迎え、同時に環境文化史創造研究所の理事長としても活動しています。この二つの法人は、私の中では切り離せない両輪のような存在です。

北條建築事務所のホームページの冒頭には「歴史をなぜ学ぶのか。それは未来を作るためだ」というコンセプトを掲げています。これは設計事務所としての単なる宣伝文句ではなく、私の活動のすべてを貫く核となる考え方です。今の時代、建築も効率や安さばかりが重視され、先人が積み上げてきた精神性や伝統技術が軽視されています。しかし、過去の文化や歴史を深く学び、それを現代、そして未来にどう繋げていくかを考えなければ、真に豊かな暮らしは実現できないと考えています。

株式会社という枠組みではどうしても「ビジネス」としての制約が生じますが、建築文化の継承や、より広範な社会貢献を目指すためには、研究活動をおこなう非営利法人としての枠組みが必要でした。そのため、2024年に環境文化史創造研究所を設立し、社会に対する提言や、生涯学習の場の提供、文化財の保存活用といった、より公的な使命を持った活動を本格化させています。

――業界内での強みはどのような点にありますか。

私たちの特徴は、設計事務所でありながら「研究」をベースにしている点です。クライアントの多くは法人で、事業投資としての建築案件を多く手がけていますが、私たちが提供するのは単なるハコモノではありません。その場所が持つ歴史的背景や、そこで営まれる文化、そして未来にどのような影響を与えるかまでを見据えた提案を行っています。

また、環境文化史という視点から、建築を「社会的な行為」として捉えています。芸術作品としての建築も素晴らしいですが、建築はお金を出す人がいて、作る人がいて、それを使う人々がいて初めて成立するものです。そのプロセス全体を文化として守り、発展させていく下地を整えること。これが、他にはない私たちの最大の役割であり責務だと自負しています。

経営者になるまでの道のりと原点

――独立を意識されたのはいつ頃だったのでしょうか。また、その背景にはどのような思いがあったのですか。

独立願望自体は、実は学生時代からずっと持っていました。設計事務所や大手不動産会社の営業兼設計職でサラリーマンとして働いていた時期もありましたが、20代後半の頃には「自分は独立せざるを得ないな」と確信していましたね。

というのも、当時の組織の中では、施主の思いや夢と、会社の上層部が示す指示との間で板挟みになることが多かったんです。1万人規模の大企業にいた際、私はよく上司、それこそ部長クラスの方とも徹底的にやり合っていました。施主がこう願っているのに、会社の都合や人員の能力不足でそれが叶わない。そういった不条理がどうしても許せなかったんです。

また、現場であらゆる情報をもとに総合的な感覚を持って判断している自分がいながら、現場を知らない人間に決済を仰ぐというプロセスも非効率で馬鹿らしいと感じていました。スピーディーに、そして自分が「これが正しい」と信じることを追求するためには、自分で責任を負う立場になるしかない。それが30歳での独立に繋がりました。

――仕事をする上で大切にしている価値観は何でしょうか。

今の私がもっとも関心を寄せているのは、「建築文化を継承することによる、将来の日本国民が受ける恩恵とはなにか」という点です。

今、世の中ではAIや自動化が進み、あらゆる苦労を省くことが正しいとされています。しかし、人間の生活の知恵や暮らしの鍛錬の結果として築かれた「人間の英知」が忘れ去られようとしていることに、強い危機感を抱いています。便利さと引き換えに、私たちは何を失っているのか。その問いを常に自分に投げかけています。

私の建築家としての師匠が独立初期に大変お世話をしてくださり、そのおかげでストレスなく仕事ができる環境を作ることができました。感謝しています。

組織運営で大切にしていること

――組織運営で意識していることを教えてください。

実は、一般的な意味での「コミュニケーション術」のようなものは、あまり考えていないんです。社員をコントロールしようという気もありませんし、工夫を凝らして何かを教え込もうということもしていません。

私にできるのは、自分自身の背中を見せることだけです。私の生き方や仕事の仕方が彼らに響くかどうかは、本人の資質次第。ただ、社員がやりたいと思ったことに対しては、基本的には自由にやらせるようにしています。

――「自由にやらせる」というのは、具体的にどのようなスタンスなのでしょうか。

うちの事務所では「やってから報告しろ」と伝えています。よく世間では「報・連・相」を徹底しようと言われますが、私はそれを推奨していません。事前に許可を取らなければ動けないようでは、個人の思考力が停止してしまいます。

むしろ、自分で判断して行動し、その結果を共有してもらう。失敗したとしても、それを反省として次に活かせばいい。そのプロセスこそが重要です。そのため、連絡を密にするためのチャットツールなども導入していません。連絡が取りやすい環境は、逆に「誰かに確認すればいい」という甘えを生み、自分で考え抜く力を削いでしまう恐れがあるからです。

もちろん、業務上のコミュニケーションは必要ですが、基本は「対面」を大事にしています。メールやメッセージでは伝わらない温度感がありますから、顔を見て、あるいは画面越しでも直接話す。それが私の考える、自立したプロフェッショナル同士の信頼関係です。

建築文化の未来とこれからの挑戦

――今後の展望や挑戦したいことを教えてください。

非常に厳しい、暗い未来だと感じています。決して楽観視できる状況ではありません。世の中の便利さや効率化が進む一方で、人間の「感性」は著しく低下しています。

例えば、昔の日本建築は「夏を旨として」作られていました。冬は寒くて当たり前。だからこそ着重ね、火を焚き、自然の移ろいを感じながら暮らしていた。しかし今は、ボタン一つで温度も湿度も一定になり、自然界の音や匂いから隔絶された空間で過ごしています。これでは、小鳥のさえずりや風の匂い、光の変化を感じ取る「五感」が退化してしまうのは当然です。

五感が退化すれば、人生を謳歌するための豊かな感性も失われます。私は、これから100年以内の未来に、恐ろしいことが起きるのではないかと危惧しています。私の世代はまだいいと思いますが、子や孫の世代が受ける影響を考えると、今のままで良いはずがありません。

――その変化に対して、北條さんはどのような「挑戦」をしていこうとされているのでしょうか。

私たちができるのは、いわば「ブレーキをかけること」です。変化を遅らせ、古き良きもの、質の高いものが持つ価値を再認識する機会を作ること。その中で具体的なこととしては、文化財の保護活動などが挙げられます。

よく「古い建物を残してもお金がかかるだけだ」「何の役に立つのか」という声が上がりますが、それは今という瞬間しか見ていない考え方です。私たちは未来の日本人のために、それらを残していく責任があります。単に古いものを保存するだけでなく、今の私たちがクリエイティブに活用し、実際に触れる機会を作る。

設計実務を通じて新しい価値を作ることも大切ですが、研究機関としての活動を通じて、広く一般の方々に「建築文化の恩恵」を伝え続けていく。ラジオでの発信や大学での教育、地域活動の実践など、あらゆるメディアや機会を通じて「歴史から未来を創る」というメッセージを提言し続けたいと思っています。

個人として大切にしている価値観

――経営者として、これだけは譲れないという「軸」はありますか。

「自社の存続を目的としないこと」です。これは経営者として、もっとも大切にしている信念です。

会社を経営する、法人を運営するというのは、社会を良くするための「機能」に過ぎません。自分が生きていくため、会社を大きくするためだけに経営をするのは、単なる「なりわい」です。そうではなく、社会的な使命を果たすためにこの機能(会社)をどう使うか。もし社会に必要とされない機能になったのであれば、存続させる意味はありません。

自分の培ってきた技術や、研究の結果をいかに社会に還元するか。その一点において、私は歯を食いしばってでも責任を果たしたいと考えています。経営とは社会に対する責任そのものです。その重みを噛み締めながら、これからも一歩一歩、未来のために活動を続けていきます。

――仕事以外でのリフレッシュ方法を教えてください。

正直なところ、オンとオフの境目がほとんどありません。建築デザイナー、研究者としての活動以外にも、大学での教務や各自治体での公務、地域コミュニティのマネジメントや市民向けの講演など、常に何かを考えている状態です。世間一般で言う「休みの日のリフレッシュ」という感覚は、あまり持っていないかもしれません。

強いて挙げれば、写真を撮ることでしょうか。各地の文化財 ―とくに城郭や石垣― を撮影し、それを写真展などで発表することもあります。ただ、これも結局は仕事や研究に直結しているので、リフレッシュというよりは活動の一部ですね。

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