土砂災害による災害をゼロに──大学発のベンチャーが挑む新しい防災と森林づくりの在り方
株式会社OWL研究所 代表取締役 大平 尚輝氏
土砂崩れを予測する技術を開発する株式会社OWL研究所。2025年10月に設立された大学発のベンチャーとして、山に関わるデータを分析し、森林価値の把握や災害リスクの評価に取り組んでいます。本記事では、創業の背景や掲げるビジョン、組織づくりの考え方、そして今後の展望について、代表の大平尚輝氏に伺いました。
目次
衛星データから土砂災害を防ぐ──創業間もない挑戦の現在地
――現在の事業内容と特徴について教えてください。
弊社は、地図データの分析を通じて、土砂崩れの危険度や発生した場所を可視化し、それらの情報を自治体、企業、そして国民に伝える事業の構築を進めています。
その技術の基盤となっているのは、地形、地質、森林といった山に関する様々な地理空間データです。これらのデータを解析することで、山の状態や土砂崩れのリスクを把握し、社会に役立つ情報として提供することを目指しています。
当社は2025年10月に設立したばかりの創業間もない会社ですが、大学で研究してきた技術シーズをもとに、今後、技術開発と事業開発の両面を進めていく予定です。
弊社の特徴は、単に土砂崩れの危険度や被害状況を伝えるだけではなく、その背景にある「山の状態」や「森林づくり」にまで踏み込んでいく点にあります。
現在、日本では年間およそ1,500件の土砂災害が発生しています。土砂災害とは、土砂崩れなどによって人命や建物、道路などの社会インフラに被害が生じたものを指します。
しかし、土砂災害は必ずしも避けられないものではありません。
強い雨が降る危険な時には山から離れること、そして土砂崩れが発生しにくい森林づくりを進めることによって、被害を減らすことが可能だと考えています。
私たちは、山の情報をデータとして可視化し、リスクを社会に伝えるとともに、より安全な森林管理につなげていくことで、土砂災害の被害を減らしていきたいと考えています。
――御社のビジョンについても教えてください。
弊社が掲げているビジョンは、「土砂崩れによる被害をゼロにする」ことです。
先ほどもお伝えしましたが、日本では年間およそ1,500件の土砂災害が発生しています。2024年の能登半島地震でも多くの土砂崩れが発生し、道路の寸断や孤立集落の発生といった深刻な被害が生じました。また、世界各地でも同様の災害が多発しており、命が失われたり、家屋が倒壊したりする現実があります。
私自身、能登半島地震の発生当時、石川県で土砂崩れに関する研究を行っていました。被災地の状況を間近で目の当たりにしたことが、このビジョンを掲げる大きなきっかけとなり、事業を立ち上げる出発点にもなりました。
社名である「OWL研究所」の『OWL』には、「Observation and Warning for Landslide(=土砂崩れの観測と警報)」という意味を込めています。また、「研究所」という名前には、最先端の技術開発を行うだけでなく、世界中の土砂崩れに関する知見を集め、それらを社会の中で実装していく拠点にしたいという思いを込めています。
研究者から経営者へ──能登半島地震後の大きな決断
――経営者の道に進んだきっかけを教えてください。
経営者の道に進んだきっかけをお話しするにあたり、少し長いですが、私が災害に興味を持ったきっかけから話させてください。
私はもともと災害を専門とする研究者で、現在も博士課程に在籍しています。災害に関心を持ったきっかけは、小学5年生のときに経験した東日本大震災でした。それ以来、高専では土木や防災を学び、大学院でも研究を続けてきました。研究テーマは一貫して、地盤や土砂崩れに関するものです。
その後、2024年1月に能登半島地震が発生しました。所属研究室(北陸先端科学技術大学院大学 郷右近英臣 准教授)の活動の一環として、被災地での調査に関わり、個人的にもボランティア活動に参加しました。
現場では、深刻な被害の現実と向き合いながら生活している方々がいる一方で、自分たち研究者は、どうしても分析や理論の世界にとどまりがちです。そのギャップを強く感じました。研究成果が社会に届くまでには時間がかかり、その間にも災害は発生してしまう。さらに、日本では今後、巨大地震の発生も懸念されています。防災技術を社会に実装することは、急ぐべき課題だと強く感じました。
防災はこれまで自治体や公共が担う領域という印象が強い一方で、財政や制度の制約の中では限界があります。災害は待ってくれない以上、継続性とスピードを両立でき、全国に展開可能な仕組みが必要だと考えました。そこで、民間の力を取り込み事業として成立させることで、防災を持続可能にし、研究成果を現場の意思決定へつなぐ「技術と社会実装のブリッジ」になれると考えています。研究者として論文を書くことも重要ですが、それだけでは災害は減りません。実際に使われる形で社会に届ける仕組みをつくるために、私は経営という道を選びました。
――経営判断の軸になっている価値観は何でしょうか。
私が経営判断をするうえで大切にしているのは、最終的に「人間レベルの意思決定まで価値が届いているかどうか」です。
災害の分野では、地震や豪雨、土砂崩れといった自然現象に対して、人間がそれに耐え、被害を最小化し、仮に被害が発生した場合には迅速に回復することが重要です。これを実社会で実現するためには、個人の命に関わる判断だけでなく、家庭や職場など、さまざまな場面で人間レベルの意思決定が行われる必要があります。
一方で、研究の世界では、学術的な視点から新たな技術シーズを開発するところまでにとどまり、社会実装との間にギャップが生まれてしまうケースも少なくないと感じています。私は、そのような優れた技術シーズを社会の生活や実務の中に落とし込むプレイヤーが必要だと考えています。
最近では、衛星リモートセンシングなどの最先端の観測技術が登場し、AIも急速に普及しています。しかし、こうした技術も、防災の分野において人間レベルの意思決定に活用され、企業の行動や人々の安全につながってこそ意味があります。この点については、国内留学でお世話になった東北大学の越村俊一教授の取り組みを参考にさせていただいています。
こうした背景から、私は、地域や組織、社会システムの中で、その先にいる従業員や地域の方々の意思決定にまで価値が届く構造になっているのかを常に問いながら判断しています。また、単に情報を提示するだけで終わるのではなく、その情報がどのように活用されるのかまで想像するようにしています。
その本質を見失わないことが、防災や減災の価値を社会に届ける事業を考えるうえでの、私の経営判断の拠り所になっています。
被災地の一次情報を大切にする組織づくり
――組織運営で大切にしていることは何ですか。
私が組織運営で大切にしているのは、「被災地の一次情報を見る」という姿勢です。
防災には、過去の災害から学び、次の災害に備えるという考え方があります。一方で、災害は当事者にならない限り“自分ごと化”が難しい。だからこそ、被災地で人々がどのような状況に置かれ、どのような思いで行動しているのかを、自分の五感で理解することが重要だと考えています。AIが急速に普及する今、人間にしかできない価値は、まさにこの「現場の感覚」を磨くことにあると思っています。
私自身、その重要性を強く実感したのは、実際に被災地を訪れた経験でした。防災を学んでいたにもかかわらず、現場の一次情報に十分触れていなかったことに気づき、現地に立ったことで視点が大きく広がり、考えるべき問いが増えました。より良い防災のあり方を考えるうえで、過去の被災地から学ぶことは非常に多いと感じています。
そして、組織として災害に関する事業開発や技術開発を進めていくのであれば、現場の一次情報に根ざした感覚を、個人ではなく組織の文化として持つことが不可欠だと考えています。現在は、国内留学先の東北大学で出会った共同創業者(高橋隆造氏)と私の二人で活動していますが、今後仲間が増えていく中でも、この「一次情報を大切にする姿勢」は組織の文化として共有していきたいと思っています。ビジョンの共有は大前提として、それを表面的な理解にとどめず、心の奥で腹落ちさせるためにも、被災地の現場に触れる機会をつくりたいと考えています。
将来的には、こうした経験を組織の研修にも取り入れ、現場で得た気づきや学びを組織全体で共有しながら、より良い防災のあり方を考え続ける組織にしていきたいと思っています。
――一緒に働きたい人材像について教えてください。
やはり、ビジョンに共感してくれる人です。
同じ志を持つことは組織運営において大きな力になります。モチベーションの源泉が共有されていれば、困難な局面でも判断や行動の軸がぶれにくく、前を向きやすい。だからこそ、採用や仲間づくりではビジョンへの共感を最も重視しています。
そのうえで、仲間一人ひとりの強みが最大限に活きる役割や環境をつくっていきたいと考えています。
技術開発と社会実装の両立へ
――今後の展望についてお聞かせください。
今後は、技術開発と社会実装を同時並行で進め、できるだけ早く現場の反応を見たいと考えております。
現在は技術を開発している途中段階であり、事業として確実に展開するための座組づくりも進めている最中です。この二つは切り離さず、一定水準の技術と体制が整い次第、すぐに現場へプロダクトを投入し、現場の反応を見ながら改善を重ねていく方針です。
――今後取り組んでいきたいことは何でしょうか。
山に関わる社会課題全体の解決に、より広く貢献していきたいと考えています。近年、山への関心は確実に高まっており、論点も土砂災害に限らず、山火事、獣害、太陽光パネルの設置、脱炭素など多岐にわたります。
そうした全体像を見据えながらも、まずは自分たちが向き合うべき目の前の課題を着実に前へ進め、成果を積み上げていきたい。得られた知見や仕組みを土台に、取り組みの範囲を段階的に広げていく方針です。
被災地の声を忘れない──個人としての原動力
――影響を受けた出来事やモチベーションの源は何でしょうか。
私のモチベーションの源は、被災者の方の声です。
「故郷を守りたい」「家族を守りたい」「守れなかった」——支援や調査に関わる中で、そうした言葉に何度も触れてきました。だからこそ、今後同じ思いを抱く人を少しでも減らしたい、増やしたくないという気持ちが、活動の原動力になっています。その点、身近で発生した能登半島地震は、影響を受けた出来事です。
災害の現場では、一つひとつの出来事の背景に生活があり、人生があります。研究や事業として向き合う中でも、その現実から目をそらさないことを大切にしています。数字やデータだけでは見えない部分を意識し続けることが、自分にとっての原点です。被害の規模や件数だけでなく、その背後にある人の思いを忘れないことが、私の取り組みを支える軸になっています。
――リフレッシュ方法についても教えてください。
普段はパソコンに向かって作業したり、同じ業界の方々とお話ししたりする時間が多く、生活の大半が研究・事業に関わる活動です。だからこそ、その成果を大きくしていくためには、意識的に違った感覚や視点を取り入れることが大事だと感じています。
そのため、時間を見つけて美術館に行ったり、音楽や演劇を鑑賞したりと、普段の業務では触れないものに触れるようにしています。日常とは異なる環境に身を置くことで、気持ちを切り替えることができ、結果的にまた研究や事業に向き合うエネルギーにもつながっています。