「特許に頼らない」という選択――“実用新案”で築く中小企業支援の新常識
弁理士法人Cita-Cita特許事務所 代表社員/弁理士 林 崇朗氏
弁理士法人Cita-Cita特許事務所は、特許や商標の出願代理にとどまらず、知財とマーケティングを掛け合わせた支援を行う特許事務所です。林氏は、『実用新案』を戦略的に活用する独自のポジションを築き、“待ち”が常識だった業界で自ら集客の仕組みを構築してきました。本記事では、事業の特徴や実用新案に着目した背景、経営判断の軸、そして今後の展望について伺います。
目次
実用新案を軸にした知財支援のビジネスモデル
――現在の事業内容と、特に注力している分野を教えてください。
特許事務所として、特許・商標・意匠・実用新案などの権利を特許庁に申請し、登録するための代理業務を行っています。弁理士という国家資格が必要な仕事で、全国に約11,800人いるうちの一人という立場です。
ここ2年ほどは、特に実用新案に力を入れています。実用新案は“特許の簡易版”といわれる制度で、特許が年間30万件ほど利用されているのに対し、実用新案は年間5000件ほどしか使われていません。大企業も中小企業もほとんど活用していないのが現状です。
ただ、中小企業のケースでは実用新案で十分なことが多い。実情に合った提案をすることが、当事務所の方針です。
――なぜ今、実用新案を積極的に提案しているのでしょうか?
以前は私自身も「実用新案は使えない」という認識でした。お客様から相談を受けても、どうせなら特許にした方がいいと勧めていた時期もあります。
しかし、費用面を考えると特許は1件で80万円から100万円ほどかかります。一方、当事務所では実用新案を19万8000円で承っております。商品の単価が低い場合や、そこまで強い権利行使を想定していないケースでは、特許を取っても宝の持ち腐れになることも少なくありません。
無理に高額な特許を勧めるのではなく、事業規模や目的に合った選択肢を提示する。その結果、実用新案のニーズは確実にあると感じています。
弁理士という仕事の魅力とキャリアの原点
――弁理士を目指したきっかけを教えてください。
大学では理工学部の機械工学科で、研究開発に携わっていました。ただ、大学の研究室で何年もかけて、形になるかどうか分からないテーマに取り組む中で、「何か違うな」という感覚があったんです。
就職活動の時期になっても、研究開発の道にそのまま進むことに迷いがありました。一方で、自分には理系の思考が性に合っているという自覚があったので、理系に関わる仕事がいいとは考えていました。
いろいろ悩みながら本屋で立ち読みをしていたとき、たまたま資格の本を手に取りました。そこで初めて「弁理士」という資格の存在を知ったんです。理系の知識を活かせる職業だと分かり、「これを目指してみようかな」と思ったのが始まりです。
――弁理士という仕事の魅力はどこにあると感じていますか?
一番の魅力は、完成した発明が依頼として届くことです。こちらから何かを生み出すというよりも、すでに形になったアイデアが次々に持ち込まれます。そのたびに新しい技術や発想に触れられるので、知的好奇心が自然と満たされていきます。
日々異なる分野の相談を受けるため、同じ内容の繰り返しになることがありません。毎回が新鮮で、刺激を受けながら取り組める点は、この仕事ならではだと感じています。
――弁護士との違いや、仕事を通じて感じるやりがいについて教えてください。
弁護士の資格を持っていれば弁理士の業務も行えますが、仕事の性質は大きく異なります。弁護士のもとには、離婚や交通事故、破産など、すでに問題が起きた状態で相談に来られる方が多いと聞きます。いわば「夢が破れた後」の局面に立ち会う仕事です。
一方で弁理士のもとには、「これから新しいことを始めたい」「このアイデアを世に出したい」という挑戦の段階にいる方々が集まります。未来に向かうエネルギーに触れながら、その一歩目を制度面から支える役割を担える。
前向きな方々と日々関われる点が、大きなやりがいだと感じています。
大手事務所から独立へ――中小企業に向き合う理由
――勤務時代に感じていた違和感とは何だったのでしょうか?
最初は、半導体製造装置の機械設計、自動車の研究開発関連、遊技機メーカーの知財部と企業勤務を経た後、名古屋の中堅特許事務所に勤め、さまざまな分野に関わりました。それ自体は弁理士として成長するための修行だと捉えていました。
ただ、一般的に知られている大きな特許事務所では、顧客の多くが大企業です。「月に何件」という形で案件が降ってきて、依頼が来たら2週間以内に仕上げて納品する。そうしたサイクルを回し続ける働き方でした。
同じ技術分野の、似たテーマを少し変えながら書類を量産していく日々は、町工場の孫請けや工場のライン作業のようにも感じられました。そこには“その案件だけの出会い”という感覚が薄く、一期一会の仕事をしている実感が持ちにくかったのです。
現在は中小企業や個人の方が中心で、製造業だけでなくIT、スタートアップ、ソフトウェア、アプリ、食品など幅広い分野から相談があります。案件ごとに内容が異なり、同じパターンは一つもありません。そうした一期一会の環境に身を置いている今は、毎回が新しい挑戦だと感じています。
――独立を決意した背景を教えてください。
弁理士を目指した当初から、理系の知識を活かしたいという思いと同時に、自分で会社をやりたいという気持ちがありました。いわば独立は前提でしたので、勤務時代も「いずれは独立します」と伝えたうえで働いていました。
ただ、結婚して娘が3人生まれ、育児に追われる時期が続いたんです。独立のタイミングは少し遅れましたが、下の子が保育園に通い始めた頃に、ようやく踏み切る決断をしました。
“待ち”の業界で切り拓いた転機
――独立当初、集客でどのような課題に直面しましたか?
弁理士業界は昔から“待ち”の文化が強く、「事務所を開けば依頼が来る」という空気がありました。しかし実際には仕事は簡単には入りません。しかも個人事務所には大企業が依頼しにくい現実もあります。
さらに、業界内にはマーケティングの知見がほとんどありませんでした。何をどう発信すればよいのか分からず、経営者の集まりに参加しながら試行錯誤を重ね、集客の方法を学んでいきました。
――これまでのキャリアの中で、ターニングポイントとなった出来事を教えてください。
やはり実用新案との出会いです。
あるお客様が「デメリットは承知のうえで実用新案がいい」と強く希望されました。実用新案は審査がなく、書類が整っていれば登録される簡易制度です。権利行使には制限がありますが、「新案登録第〇〇〇〇号」と表示できるだけで、カタログやWeb、展示会での信頼性が高まります。
その使い方に気づき、実用新案に特化したサイトを立ち上げて試験的に集客しました。違いと弱点を丁寧に説明しても選ばれるケースが続き、需要を確信。Google広告を全国に展開すると、定期的に依頼が入るようになりました。
実用新案がフロント商品となり、特許や商標、海外出願へと広がる好循環が生まれています。
組織を持たない経営という選択
――現在の体制と、外注中心の運営にしている理由を教えてください。
現在は私一人で運営しています。事務や電話対応、書類作成などはアウトソーシングを活用しています。
弁理士は個性の強い人が多く、組織運営は簡単ではありません。過去に共同で取り組んだこともありますが、まとめる難しさを感じました。
事務職も同様で、雇用すると教育や退職対応に労力がかかります。外注であれば必要な時に依頼でき、お互いに独立した立場でリスペクトし合える関係が築けます。
――今後の採用や規模拡大について、どのように考えていますか?
採用するのであれば、意欲的で素直な方に入っていただき、将来的には後継者として育ってもらえたら理想です。小さな事務所でも全国から集客できる仕組みはすでに整っていますし、広告費を上げれば仕事量は伸ばせる感覚があります。
ただ、規模を大きくすることが正解かどうかは迷うところです。人が増えれば組織運営の負荷も増しますし、一人で気楽に動ける今の形も心地よい。まずは「本当に大きくしたいのか」という問いから考えている段階です。
影響を受けた出会いと、仕事を楽しむ人生観
――尊敬している人物や影響を受けた出来事を教えてください。
仕事の面で大きな影響を受けたのは、マーケターの神田昌典さんです。出会いをきっかけにそのコミュニティに入り、マーケティングの考え方を学びました。さらに多くの経営者の方とつないでいただき、視野が広がったと感じています。
弁理士としての実務だけを続けていたら、今のように自ら集客の仕組みを構築する発想には至らなかったかもしれません。マーケティングを学んだことが、現在の事業モデルの土台になっています。
――お休みの日のリフレッシュ方法について教えてください。
事務所は特許庁の稼働日に合わせていますが、自分自身は「仕事の日」「休みの日」と明確に分けていません。時間があれば仕事をし、遊びたければ遊ぶという感覚です。
勤務時代からそのスタイルで、基本的に一日一度、職場に顔を出せばよい環境でした。仕事そのものが楽しく、経営者の話を聞く時間も刺激になります。半分以上、仕事が趣味のようなものかもしれません。
平日に美容院へ行くと「今日はお休みですか」と聞かれますが、「休みという概念がないんですよ」と答えることもあります。
また、弊所の事務所は、家族で経営するゴルフ練習場のクラブハウス内にあります。最近は事務所に来た際には、打ちっぱなしやパター練習をするのが習慣となっています。一般的な会社勤めとは少し違う、自由度の高い働き方をしていると思います。