有限会社 日伸貴金属 取締役 上川 善嗣氏
400年続く江戸銀器の技を受け継ぎながら、作り手が「使い方」まで伝えることで、暮らしの中に伝統を取り戻していく。家族で工房を守り、次世代とともに新しい発信にも挑む有限会社日伸貴金属の取締役・上川善嗣氏に、事業の特徴から経営観、これからの展望までを伺いました。
目次
伝統を支える「江戸銀器」の仕事
――まず、御社の事業内容について教えていただけますでしょうか。
当社は、江戸銀器の流れをくむものづくりに携わってきました。直系として「始まり」を語れる部分ばかりではありませんが、親方筋が400年前から続けてきた技があり、私たちはその流れの中で仕事を組ませていただいています。
地域の中でも職人が少なくなっている今、この技術は「地域の財産」でもあります。父は90歳で現役の社長として仕事を続けており、私も手伝いながら、次の世代へつなぐ役割を担っています。
誠実に伝える、使い方と“よみがえる”価値
――御社の強みはどこにあるとお考えですか。
銀器は、記念品として手元にあっても「使い方」が伝わりづらい面がありました。昔は分業制で、作り手から使い手へメンテナンスの情報まで届きにくかった。だからこそ、変色してしまい処分される方もいて、もったいないと感じてきました。
でも銀は、手入れをして磨けば新品のように戻ります。記憶や気持ちまで「蘇る」素材でもある。その良さを、言葉と体験で届けたいと思い、実演や工房での見学、ワークショップなどを通じて「触れて理解できる場」を設けています。
本質を描く「不易流行」と、DXとの融合
――経営判断の軸になっている価値観を教えてください。
私の軸は「不易流行」です。本質は変えない。生成AIやDX、自動化が進む中でも、自動化でできることはある一方で、人の手でつくる価値まで追いかけてはいけないと思っています。
全面的にAIに委ねるのでもなく、全面的に手仕事だけに閉じるのでもなく、どう融合させれば「人がつくる意味」を強くできるのか。時代が変わっても、ぶれてはいけない芯だと考えています。
家族経営の強みと、人を育てる新しい継承
――組織体制について教えてください。
当社は家内工業の小規模な体制で、父を中心に、弟・妹、親族で支えています。父は「腕一本でやっていく」という職人気質で、背中を見て学ぶ文化が根付いています。
一方で、取材対応やオンライン発信、将来の体制づくりなど、ものづくり以外の課題も増えました。
そこで、次世代との関係性が大きな鍵になります。学生の長男(次の世代)が経営の観点で学び、海外の職人の発信や技術を調べて父に提案する。すると父も「やってみればいい」と背中を押す。世代をまたいだ対話が、これからの事業継承の形になっている実感があります。
挑戦は「メイドインジャパン」を世界へ
――これから実現していきたい夢や目標はありますか。
夢は、日本のものづくりを「チーム」として世界へ発信できるブランドづくりです。ネットの時代だからこそ、海外の技術も学べるし、原点回帰でルーツをたどることもできる。江戸の技と現代の視点を掛け合わせれば、地域と日本のブランドとして、まだできることがあると思っています。
ただ、体制が小さいからこそオペレーションの課題もあります。注文や催事、ワークショップ対応とのバランスを取りながら、丁寧に前へ進めていきたい。材料価格の変動がある中でも、身近に手に取れるアイテム提案など、柔軟に形を変えながら挑戦を続けています。
伝統の美を暮らしへ
――お休みの日のリフレッシュ方法はありますか。
週末は、長男と区民プールで泳ぎ方を見直したり、早朝に神社へ手を合わせに行ったりします。生活の中に仕事があるからこそ、24時間をどう整えて、楽しく長く続けるかを大切にしています。
伝統工芸は本当に素晴らしいのに、知ってもらう術が少なかった。だからこそ、見て、触れて、使っていただきたいと思います。
飾るだけではなく、暮らしの中で使い、分からないことがあれば職人に相談する。そうやってご縁がつながり、伝統の美が日常に根づいていく――その輪を少しずつ広げていきたいです。

