片付けなくても片付く家を、動線からつくる――アトリエサラが貫く“生活者目線”の設計哲学
一級建築士事務所アトリエサラ株式会社 代表取締役社長 水越美枝子氏
戸建住宅の新築からリフォーム、マンションの大規模リフォームまで、「住まいに関わる全般」を手がける一級建築士事務所アトリエサラ株式会社。暮らしの中で“自然に片付く”住まい、そして家事がスムーズに流れる住まいを、収納と動線の設計で形にしてきました。清水建設株式会社での経験、海外生活で得た気づき、そして女性チームならではの実体験を強みに、これからは断熱改修を含むリフォーム提案にも注力していくといいます。
今回は水越美枝子さんに、事業の特徴から今後の展望まで伺いました。
目次
住まいの設計は「収納」ではなく、暮らしの流れから整える
――事業内容を教えてください。
設計事務所として、主に住宅の設計をしています。幼稚園や商業ビル、新築やリフォーム、ショールームの設計などもありますが、割合としては5%くらいで、ほとんどが戸建住宅です。戸建住宅の新築やリフォームのほか、マンションの大規模リフォームも手がけています。住まいに関わる全般ですね。
――設計の特徴や、特に大切にしていることは何でしょうか。
特徴は大きく2つあります。まず「いつまでも美しく暮らすこと」についてですが、暮らしやすい住まいの中での美しさを大切にしています。暮らしの中で、片付けなくても片付く、自然に片付く住まいを目標にしています。もう一つは、クライアントの時間がない中での暮らしを整える、家事がスムーズに流れる設計です。今の言葉で言うと“時短”ですね。収納とセットになったプランニング、つまり動線です。間取りと収納をセットにした設計提案をしています。
――戸建住宅が中心とのことですが、リフォームではどのような案件が多いですか。
家全体の間取りを変えるリフォームが多いです。これからは特にリフォームの時代が来ると思っています。今ある住まいを改善して生まれ変わらせるには、かなりテクニックが必要で、床下に潜ったり屋根裏を見たりしながら、一つ一つカスタマイズした改善策を考えていきます。
全員女性のチーム編成。実体験が“設計の説得力”になる
――設計事務所は数多くありますが、御社の強みはどこにありますか。
スタッフが全員女性です。特に結婚して子育てをしているスタッフを積極的に採用しています。設計の仕事で一番大事なのは、生活の実体験だと思うんです。家の中では、子育てや親の介護など、さまざまなことが起きますよね。そうした経験としての実体験を持っていることは大きな強みです。
例えば、若いお客様が赤ちゃんを連れて来られるとき、経験をもとに「今最適なプランが将来は最適ではなくなる」ことも説明できます。私たちは“今の住まい”ではなく、10年後、20年後にも対応できる住まいを考える方針なので、実体験があると説得力が増しますし、お客様もついてきてくださいます。
――社内のメンバー以外にも、女性チームで連携していると伺いました。
はい。外で組んでいるホームページを作成してくれるデザイナーさんや、植栽、ガーデニングの方も、全て女性で家庭を持っている方たちです。そうしたチームで、お客様の課題解決に取り組んでいます。
清水建設から海外へ。バンコクで得た“日本の住まいの改善点”
――経営の道に進まれたきっかけや背景を教えてください。
新卒で清水建設株式会社の設計部に入りました。男性社会でしたが、最初に入った女性第1期生の設計部の専門職です。そこで10年ほど、仕事だけでなく社会の成り立ちや建設業の男性社会というものも含めて学びました。
独立は考えていなかったのですが、娘を出産した後、主人が突然タイのバンコクに赴任になりまして。両親の助けを借りながら仕事を続けていましたが、出張も残業も多く、自分の手でしっかり子育てをしたい、また家族で住むのが自然ではないかと思い、思い切って辞めて主人のいるバンコクへ行きました。
――バンコクでの生活は、その後の仕事にどうつながったのでしょうか。
当時の日本はアジアの建築に関するニュースソースが、なかなか入ってこない時代でした。でも実際に行ってみると、ホテル建築や東南アジアならではの建築スタイルなど、面白い建物がたくさんあったんですね。
私はタイスタイルの建物を博物館にしたジムトンプソンハウスのボランティアガイドをして、シルクロード、中国や中東などの文化の流れを勉強しました。焼き物や布、宗教、言語など、いろんな学びが結局自分のいた建築の世界につながっていく。そうした勉強をした上で、もう一度建築に戻りたいと思うようになりました。
一番大きかったのは、小さな子どもを抱えながら、生活がとてもスムーズに流れる家に暮らしたことです。欧米スタイルのコンドミニアムで、それぞれの寝室の中にトイレ・洗面・浴槽があるバスルームがあってクローゼットもある、個人完結型のプランでした。
以前は「家の中に水回りが多いのは無駄では」と思っていたのに、実際に住むととても快適で。日本の住宅がなぜバタバタしたり、ちらかりやすかったりするのかが見えてきたんです。日本の住宅でも、水周りの考え方を変えたプランで解決できる。そう思って帰国し、38歳のときに設計事務所を開きました。
――独立直後は、どのように仕事が広がっていったのでしょう。
タイでのボランティア活動の中で、日本の子どものための図書館を作るプロジェクトがありました。半年のプロジェクトでしたが、学校の先生や図書館の司書や、お医者さんなど、いろいろな方たちと力を合わせて図書館を作ったんです。その中で私が設計を担当していたので、帰国後すぐにその仲間たちから住宅設計の依頼が舞い込みました。とてもラッキーでしたね。清水建設時代には大企業の社長や会長の大きな住宅やゲストハウスは手がけていましたが、いわゆる“普通の住宅”の設計は、そこで初めて本格的にスタートしました。
これからは「断熱改修」を軸に。新築より難しいからこそ価値が出る
――今後、取り組んでいきたい展望を教えてください。
私個人としては、設計業務、それから本を書くこと、大学やカルチャーセンターで教えることの3本柱でやってきました。著書は改定版も含めて10冊ぐらいになります。設計をしながら書いたり教えたりすることで考え方が整理され、それがまた設計に返ってくる。そんな風に回ってきました。
これからは、もっとリフォームの時代が進みます。壊して建てるのではなく、古い住宅をストックとして現代の仕様にしていく流れです。例えば、大体30年前に建てた家のリフォーム依頼も多いのですが、その頃は断熱のきまりがほとんどない状態で、寒くて暑い家が多い。そんな家の改修には補助金も出ていて、住宅の断熱化を促進しています。私たちも調べる中で、断熱化によって室温が上がり一定になるなど、住まいが住む人の健康を担保してくれる場所になるという考えを強くしました。環境としての住宅ということを踏まえた設計を、スタッフみんな同じ思いで進めています。
――断熱を含むリフォームは、具体的にどのような提案になりますか。
新築なら比較的やりやすいのですが、今の住宅を改善して生まれ変わらせるには、かなりテクニックが要ります。断熱材を足したり、入れ替えを伴ったりするようなリフォームでは、どんな断熱材を使用するか、また、空気の流れや換気システムも重要になります。
断熱材まで手を入れない場合でも、窓の二重化などは優先順位が高い。目に見えない部分なので皆さん半信半疑ですが、住んでみると「やってよかった」と満足度120%くらいの反応をいただきます。だからこそ、予算の範囲で優先順位をお伝えしながら提案しています。リフォームを依頼した方が「チャンスをつかんだ」と思えるような、断熱化の改善も合わせたリフォームを主軸にしていきたいですね。
3年後は売上1.5倍へ。課題は“申請業務の急増”と営業の強化
――3年後、売上の目標はどのくらいをイメージされていますか。
物価高もありますし、2倍まではいきませんけれども、1.5倍ぐらいを目標にしています。ただ建築業は厳しい状況で、土地も高いし建物もマンションも高い。皆さん住宅を建てることに踏み切れない状況もあると思います。その中で、これからも私たちの事務所を選んでいただけるようにしたいです。
――現在直面している課題は何でしょうか。
人件費の問題、経費もそうですが、役所への届出や業務の増大化への対応ですね。法律が改正になり、補助金のハードルが高く、申請業務が数年前から4〜5倍に増えています。全員が設計のプレイヤーではありますが、業務を少しずつ分けていく必要があると考えています。例えばインテリアが得意なスタッフはそこも担い、補助金はプレイヤーの設計者と組んで進めるなど、体制を整えているところです。人件費についても社会のニーズに合わせて、できるだけ上げていかなければいけないと思っています。
――採用面や営業面はいかがですか。
採用はおかげさまで、コンスタントにコンタクトを取ってくださる若い方がいます。欠員が出たときには、これまで連絡をくれていた方に声をかけたり、求人を出したりして対応できていて、大きな問題はありません。
営業面はこれからの課題だと思っています。集客は、書籍とホームページが中心です。書籍からホームページなのか、ホームページから書籍なのか、相互の流れもありますが、書籍を読んだ方からの問い合わせが多いですね。
仕事が趣味になる。歴史と建物を辿る“街歩き”がリフレッシュ
――お休みの日の過ごし方や、リフレッシュ方法を教えてください。
仕事をしているか、本を読んでいるかです。本も建築の本や建築雑誌が多いですね。最近、人に言われて気づいたのですが、「設計が趣味なんじゃないですか」と。どっぷり沼にはまっている状態だなと思っています。
あとは歴史も好きです。歴史と建物の関連を知るのも好きなので、街歩きをしたりします。地方に出張に行っても、賞を取っている建物を見たり、お城を見に行ったり。そういう時間がリフレッシュですね。