「介護はしてあげるではなく、させていただくもの」――かいご職人が挑む、介護離職と向き合う経営のかたち
株式会社かいご職人 代表取締役 今仲 学氏
株式会社かいご職人は、老人ホーム紹介と介護離職防止対策を軸に、家族と仕事の両立を支えるサービスを展開しています。代表の今仲学氏は、介護の現場経験を原点に、「介護はしてあげるものではなく、させていただくもの」という理念を掲げてきました。企業における介護離職対策が義務化される中、同社は実務に基づいた支援で新たな領域を切り拓いています。本記事では今仲氏に、事業の背景や強み、経営者としての価値観、そして介護業界の未来についてお話を伺いました。
目次
介護離職という社会課題に向き合う事業モデル
――現在の事業内容と、注力している分野を教えてください。
当社の事業は大きく2つあります。ひとつは「老人ホーム紹介事業」で、もうひとつが現在最も力を入れている「介護離職対策」です。
介護離職と聞くと、介護職の方が職場を変えるケースを思い浮かべる方もいますが、当社が向き合っているのは、一般企業の従業員が親の介護を理由に退職してしまうケースです。
2025年4月の法改正により、企業には介護に関する相談窓口の設置や研修の実施が義務化されました。しかし、実際には十分に対応できていない企業が多く、そこを支援するのが当社の役割です。
認知がまだ広がり切っていない分野であり、今は事業として大きな伸びを感じています。
――企業向けの介護離職対策は、どのような支援を行っているのですか?
まずは介護顧問として企業に登録いただき、従業員向けの研修を行います。研修では、日本の介護保険制度を正しく理解してもらうことを重視しています。
例えば、制度を活用すれば、ヘルパーサービスを1時間400円程度で利用できる場合もあります。この知識がないまま親の介護が始まると、「自分がすべてやらなければならない」「仕事を辞めるしかない」と考えてしまう方が多いのが現実です。
事前に知識を持っていれば、働きながら介護を続ける選択肢が見えてきます。
もうひとつ大切なのが、相談窓口の整備です。企業内に介護の専門家がいる環境をつくることで、従業員が安心して相談できる体制を整えています。
現場経験を強みにした、実務起点の差別化
――同業他社と比べた際の強みはどこにありますか?
最大の強みは、スタッフ全員が介護現場を経験している点です。私自身も介護福祉士やケアマネージャーの資格を持ち、長年現場に立ってきました。
他社ではコンサルティングの一環として介護離職対策を扱うケースもありますが、実体験がないと、リアルな相談には対応しきれません。
当社は老人ホーム紹介を主軸にしてきた背景もあり、相談件数や対応経験の蓄積が大きく異なります。
――「介護のプロ」で構成された体制が生む価値とは何でしょうか?
実際の介護は、制度や理論だけでは語れません。ご家族の感情や現場の判断が絡み合います。現場を知っているからこそ、「今、何が一番困っているのか」を具体的に捉えられます。
その積み重ねが、企業からの信頼や継続的な相談につながっていると感じています。
原点は祖父母への思い――介護の道を選んだ理由
――介護業界を志したきっかけを教えてください。
高校時代はアメリカンフットボールに打ち込み、オールジャパンやオール大阪といった選抜チームにも選んでいただきました。大学についても、いわゆる強豪校と呼ばれる6校から声を掛けていただくなど、競技を続ける道は十分に用意されていたと思います。
ただ、自分の中では、このままアメリカンフットボールを軸にした人生を歩んでいくことに、どこか違和感がありました。やりきったという感覚もありましたし、もっと別の形で人の役に立てる道があるのではないかと考えるようになったんです。
幼少期、祖父母が遠方に住んでおり、年に数回しか会えなかった寂しさが心に残っていました。将来、祖父母に介護が必要になったとき、知識と経験があれば一緒に過ごせるのではないか。そう考え、大学進学の話をすべて断り、介護の専門学校に進む決断をしました。
――独立し、「かいご職人」を立ち上げた背景には何がありましたか?
現場で働く中で強く感じたのが、介護する側とされる側の立場が逆転している場面の多さでした。本来は高齢者の方のお手伝いを「させていただく」仕事であるはずが、「介護をしてあげている」という意識が前に出てしまっている現場を多く目にし、大きな違和感を覚えました。
介護は命に関わる究極のサービス業です。申し送り一つのミスが命に直結する可能性もある仕事だからこそ、弊社では「介護はしてあげるではなく、させていただくもの」という理念を大切にしています。
さらに言えば、介護の仕事は、焼け野原になってしまったこの日本を立て直してきた大先輩方に対して、私たちが唯一恩返しできる仕事だとも思っています。その方々に上から目線で接する業界のままでは、介護は発展しない。そう感じたことが、独立を決意した大きな理由です。
この考え方を体現し、介護のプロを育てていきたいという思いから、「かいご職人」という社名で事業を立ち上げました。
忘れられない現場の記憶と、仕事のやりがい
――これまでのキャリアで最も印象に残っている出来事を教えてください。
老人ホーム紹介の中で、長年音信不通だった息子さんが、最期の段階でお母様の入居を決断されたケースがあります。状態は重く、入居後1か月で亡くなられましたが、その間、息子さんはほぼ毎日面会に来られていました。
葬儀の場で、「相談していなければ、母に会えなかった」と言われたとき、この仕事の意義を改めて実感しました。
介護は、人生の最終章に寄り添う仕事です。単なる紹介や手続きではなく、その人の後悔を減らす役割があると考えています。その意識が、サービスの質を高める原動力になっています。
2歩先のサービスが、組織と信頼をつくる
――組織運営で大切にしている考え方は何でしょうか?
現在は少人数体制ですが、組織運営で一貫して意識しているのが「2歩先のサービス」です。目の前の要望に応えるだけで終わるのではなく、「そんなところまで考えてくれるのか」と感じてもらえる対応を積み重ねることを大切にしています。
その結果、オープン当初から現在まで、約2000名の入居支援を行ってきましたが、クレームは一度もありません。良い点だけを伝えるのではなく、デメリットになり得る部分も事前にしっかり伝えることを大切にしているからだと考えています。
入居後に不満が出そうな点を先に共有することで、お客様との信頼関係が築かれ、結果として満足度の高いサービスにつながっています。この姿勢こそが、当社の組織づくりの根幹だと思っています。
介護を誇れる仕事に――業界の未来と次の挑戦
――業界の課題を踏まえ、今後どのような展望を描いていますか?
介護業界全体の課題として強く感じているのは、介護職の給与水準がなかなか上がらない点です。これは個々の努力だけではどうにもならず、国の制度と深く結びついています。ただ、現場の質が高まらなければ、制度も変わらないとも思っています。
その中で、3年後には介護離職対策が企業のスタンダードとなり、全体の半数ほどに浸透している状態を目指しています。5年後には、当社が介入し続けなくても、企業内で自走できる体制が整うことが理想です。
介護が「特別な問題」ではなく、当たり前に向き合える社会をつくっていきたいと考えています。
――介護の仕事を、次の世代にどう伝えていきたいと考えていますか?
介護の仕事が、子どもたちの「将来なりたい職業」として選ばれていない現実には、正直なところ寂しさと悔しさを感じています。私自身は、生まれ変わってもこの仕事を選ぶと言い切れるほど、介護に誇りと魅力を感じています。
なぜ子どもたちに届いていないのかを考えたとき、ひとつはメディアで伝えられるネガティブな側面ばかりが強調されていること、もうひとつは、介護の本当の姿を「知らない」ことだと思っています。
だからこそ、私の大きな目標は、義務教育の中に介護を体験する時間を取り入れることです。給食を食べさせ合ったり、車椅子を押したりする経験を通じて、介護を身近なものとして知ってもらう。
その小さなきっかけが、将来この仕事を選ぶ子どもを一人でも増やすことにつながると信じています。
人を育て、想いをつなぐ時間
――仕事以外で、情熱を注いでいることは何ですか?
今一番楽しいのは、子どもの野球チームのコーチです。
下の子が小学4年生で、民間の町の野球チームに所属しており、土日を中心に関わっています。時間は取られますが、それ以上にやりがいを感じています。
私自身、小中学校では野球をしていて、高校からアメリカンフットボールに転向しました。その経験もあり、子どもたちには、ただ勝ち負けで終わるのではなく、努力の先にある「嬉し泣き」を経験してほしいと伝えています。
本気で練習し、チームで一つの目標を乗り越えたときにしか得られない感情を、早いうちに味わってほしいですね。
――最後に、読者の方にメッセージをお願いします。
私が大切にしている「2歩先のサービス」を意識していれば、どんな業界でも人に感動を届けられると思っています。感動を与えられて嫌な気持ちになる人はいません。
目の前の役割をこなすだけでなく、もう一歩、もう二歩先を考える。その積み重ねが、仕事の価値を高め、社会全体をより良くしていくのではないでしょうか。どの産業においても、この姿勢が広がっていけば、日本はもっと温かい場所になると信じています。