子どもたちが“社会で活躍でき、楽しく幸せに生きる力”を育む──ネイチャリングルームの挑戦
ネイチャリングルーム株式会社 代表取締役 棚橋 一也氏
自然との触れ合いを通じて、子どもたちの探究心や生きる力を育てるネイチャリングルーム株式会社。川崎市で民間学童保育を運営しながら、英語・ロボット・自然塾・アート・理科実験・プログラミングといった多彩な学びを提供しています。本記事では、創業のきっかけや経営の軸、組織づくり、そして未来への思いについて、代表の棚橋一也氏に伺いました。
地域に根ざし、放課後を“価値ある時間”へ
――現在の事業内容について教えてください。
私は川崎市で民間の学童保育を運営しています。川崎市は公営の学童が非常に充実しており、希望すれば全員が利用できます。しかも費用はほぼ無料です。そのため、「預ける場所がない」という理由で民間を選ぶご家庭はほとんどありません。
だからこそ、民間が存在する意味は何かを真剣に考えました。私が出した答えは、「放課後をどう使うか」という価値の部分でした。ただ安全に預かるだけでなく、その時間を子どもたちの未来につながる時間に変えられないか。共働き家庭では、習い事をさせたくても送り迎えが難しい現実があります。ならば、預かっている時間そのものを学びに変えればいい。そう考えて今の形になりました。
――その特徴について、もう少し詳しく教えてください。
曜日ごとにテーマを設け、月曜は英語、火曜はロボット、水曜は自然塾、木曜はアート、金曜は理科実験、そして高学年にはプログラミングを行っています。今でこそSTEAM教育という言葉がありますが、当時はまだ一般的ではありませんでした。流行を取り入れたのではなく、「これからの社会で活躍するために必要な力は何か」「自分が責任を持って伝えられる分野は何か」を突き詰めた結果が、この構成です。
特に自然塾は、私の原点です。自然の中で過ごす体験を通じて、命の尊さや社会の仕組みを肌で感じてほしい。夏休みにはキャンプを実施し、日常とは違う環境で子どもたちが自分で考え、仲間と協力し、失敗しながら成長する機会をつくっています。単なる預かりではなく、子どもたちが「生きる力」を育てる場でありたい。それがネイチャリングルームの特徴です。
また、私が大切にしているのは、「体験から学ぶ」という姿勢です。知識として理解するだけでなく、自分の目で見て、手で触れて、時には失敗しながら気づきを得ることが、本当の学びにつながると考えています。放課後という限られた時間だからこそ、子どもたちにとって記憶に残る経験を重ねてもらいたい。その積み重ねが、自分で考え、自分で選び取る力へと育っていくと信じています。
育児を優先した決断と、創業当初の葛藤
――独立のきっかけについて教えてください。
私はもともとコンピュータ関連の会社でシステムエンジニアを務め、その後銀行のシステム部門に転職しました。総合職として働く中で娘が生まれ、私の中で価値観が大きく変わりました。仕事で成果を出すことを目標に走ってきましたが、娘の存在ができたことで、「自分は何を優先したいのか」を真剣に考えるようになったのです。仕事ももちろん大切です。ただ、育児は今しかできない。そう思ったとき、時間を会社に預ける働き方に違和感を覚えました。
会社勤めでは、自分の意思だけでは時間を動かせません。転職しても根本は変わらないと感じ、自分で時間を決められる環境をつくるしかないと起業を決意しました。最初は自然やキャンプ、森林保全などに関わる仕事を模索しましたが、家族を養う現実もあります。そこで「育児そのものを仕事にしよう」と発想を転換しました。自分が大切にしたい育児と、自分が伝えたい自然への思い。その両方を重ねられる形として、小学生を対象とした学童保育に行き着いたのです。
――創業時にはどのような思いがありましたか。
創業当初の不安は大きく二つありました。ひとつは、自分がまだ小学生の親ではないのに信頼を得られるのかということです。子どもを預かる以上、覚悟と責任が必要です。そこで小学校教員免許、保育士資格、幼稚園教諭免許を取得し、学び直しました。自分の中の不安を消すためでもあり、保護者の方に誠実でありたいという思いからでした。
もうひとつは集客です。公営学童が充実している地域で、民間に価値を見出してもらえるのか。最初の2年間は厳しい状況が続きましたが、保護者の方の口コミで少しずつ広がっていきました。評価していただけたことが何よりの支えでした。あの時期に逃げずに向き合えたことが、今の土台になっています。
振り返れば、あの時期は決して順風満帆ではありませんでしたが、「自分が信じた価値を形にする」という一点だけはぶれませんでした。娘の存在が背中を押し、同時に預かる子どもたち一人ひとりの未来を思うことで、覚悟も強くなっていきました。経営としての苦労はありましたが、それ以上に「この場所が必要だ」と感じてくださる保護者の声が、私を支え続けてくれました。その積み重ねが、今のネイチャリングルームをつくっています。
主体性を育てる組織運営
――組織づくりで大切にしていることは何ですか。
私は職員に対して、「自分の人生で何が大切かを考え、主体的に行動する」ことを重視しています。そのために『七つの習慣』(スティーブン・R.コビー著)の考え方を共有し、価値観の土台を整えています。子どもたちに主体性を求めるのであれば、まず大人が主体的であるべきだと思うからです。自分の価値観を明確にし、その上で行動する。その姿勢そのものが、子どもたちへの教育になると考えています。
基本的に私は細かな指示や注意はほとんどしません。子どもに対しても大人に対しても同じで、それぞれが「子どもにとって何が最善か」を考えて動くことが大切だと思っています。もし私が細かく決めてしまえば、職員は指示待ちになります。それでは子どもたちに主体性を教えることはできません。どうしても考え方が違うと感じたときは個別に話しますが、まずは信頼が前提です。
――具体的なコミュニケーションの工夫はありますか。
会議は、12年の中で一度だけ行いました。創業から1年目か2年目の頃、スタッフから「思いを共有する場をつくりたい」という声があり、そのときに実施しました。ただ、それ以降は一度も行っていません。
私は、形として会議を設けなくても、必要なことは日常の中で十分に伝え合えると感じています。何かあればその場で立ち話をしますし、必要なら1対1で話します。時間を区切って形式的に集まるよりも、普段の関わりの中で自然に交わされる言葉の方が、本音に近いと感じるからです。
飲み会も同様に行っていません。働いてくれている方の多くは、自身の子育てがひと段落したお母さんの方で、それぞれに生活があります。参加できる人とできない人が生まれる場はつくりたくない。仕事の話は仕事の時間の中で完結させる。それが公平であり、誠実な形だと考えています。
最近では、卒業生が高校生になり、アルバイトとして戻ってきてくれるようになりました。自分が育った場所に、今度は支える側として立つ。その姿を見ると、この場所で共有してきた価値観が確かに受け継がれていると実感します。それは、私にとって何よりの喜びです。
子どもたちに対して「主体的に生きてほしい」と願う以上、大人がその姿勢を体現していなければ説得力がありません。職員が自分の人生を大切にしながら働けること、その姿が自然と子どもたちの目に映ることが、何よりの教育だと考えています。組織づくりもまた、子どもたちへの教育の一部なのです。
規模拡大よりも“質”を磨く
――今後の展望について教えてください。
一時期は規模拡大を考え、2店舗目を出したこともあります。しかし、私自身の目が行き届かなくなり、サービスの質に影響が出ました。子どもたち一人ひとりと向き合う時間が薄くなり、思いが十分に伝わらない感覚がありました。それでは本末転倒だと感じ、拡大路線はやめ、「質を高める」方向に舵を切りました。規模を広げることよりも、目の前の子どもたちにどれだけ深く関われるかを大切にしたいと思ったのです。
今は教材の充実や卒業後のフォローに力を入れています。卒業生には、私が厳選した本を定期的に送っています。普段であれば手に取らないかもしれない本でも、将来どこかで支えになるかもしれない。社会で生きる上で大切な考え方を届けたいという思いから続けています。
また、教育にAIを取り入れる試みも始めています。私は大学時代に人工知能を研究しており、その知見を生かしながら生成AIを活用してカリキュラムづくりを効率化しています。これまで時間の制約で深めきれなかった部分にも踏み込み、より質の高い内容を届けられるよう工夫しています。
目指しているのは、「社会で活躍でき、かつ楽しく幸せな人生を歩める人材」を育てることです。子どもたちが将来どんな道を選んでも、自分で考え、自分で決め、前向きに歩んでいける力を身につけてほしい。そのためにできることを、派手さではなく確実さを大切にしながら、地道に積み重ねていきます。
能力は“正しく使う”ためにある
――尊敬する人物や、大切にしている考え方を教えてください。
特定の一人というより、私は先人の思想や生き方に強い敬意を持っています。例えば、徳川家康公の「およそ主君を諫める者の志、戦いで先駆けするよりも大いに勝る」という言葉です。部下が上司に対して進言することの重みや、その声に耳を傾ける姿勢の大切さを説いた言葉には、今でも学ぶことが多いです。立場が上になればなるほど、自分の考えが正しいと思い込みやすくなります。しかし本当に大切なのは、勇気を持って意見を伝えてくれる人の声を受け止める姿勢だと感じています。
また、『生き方』(稲盛和夫著)に述べられている「能力は正しい方向に使ってこそ価値がある」という考え方も、私の中では大きな軸です。能力が高いこと自体が素晴らしいのではなく、その力をどこに使うのかが問われる。高い能力を間違った方向に使えば、むしろ社会にとっては大きなマイナスになります。だからこそ、力を持つ人ほど責任があるのだという考えを大切にしています。
――その考え方は、子どもたちへの教育にもつながっていますか。
はい、強くつながっています。子どもたちにも、「能力は世の中のために使うものだ」と伝えています。勉強ができることは一つの力にすぎません。それを誇るのではなく、その力で誰かを助けられるかどうかが大事だと話します。学力や才能は目的ではなく、手段にすぎない。その視点を持ってほしいと思っています。
私自身のリフレッシュは、実は仕事そのものです。カリキュラムを考えたり、新しいキャンプ地の下見に行ったりする時間は、私にとって最高の学びであり、楽しみでもあります。好きなことと仕事が重なっているからこそ、続けてこられました。
子どもたちが未来を前向きに生きられるように。そのための土台をつくる場であり続けたい。それが、私の変わらない願いです。