心に残る香りを紡ぐ300年――老舗線香メーカー「奥野晴明堂」が描く文化継承と革新

株式会社奥野晴明堂 代表取締役/十代目沈香屋久次郎 奥野浩史氏

享保年間創業の奥野晴明堂は、300年以上にわたり線香づくりを続けてきた老舗企業です。「香りを通じて感謝と誇りを追求し、新しい感動を伝え続ける」というスローガンを掲げ、伝統の調香技術を受け継ぎながら、現代の暮らしに寄り添う香りの価値を追求しています。本記事では、代表の奥野氏に、これまでの歩みや経営に対する想い、次世代へ香文化を継承するための挑戦について伺いました。

300年続く香文化を守りながら、新しい価値を生み出す

――現在の事業内容や強みを教えてください。

線香やお香の製造・販売・卸を行っています。大きな会社ではありませんが、享保年間の創業当時から伝わる調香帳をもとに、独自の香りをつくり続けてきました。

歴史を守るだけでなく、新しい香りを創造することも大切にしています。ご先祖から受け継いだ技術と現代の感性を掛け合わせることで、時代に寄り添う香りを届けられるところが特徴です。

――長い歴史の中で培ってきた独自性はどこにありますか。

戦火で多くの記録は失われましたが、人々が求める香りを追求する姿勢は変わりません。香りは嗅覚を通じて脳に記憶され、「安心感」や「懐かしさ」を呼び起こします。その文化を絶やさず、生活に寄り添う存在として届けることに使命を感じています。

家業を継ぐ覚悟――試練と向き合いながら積み上げた経営

――継承の経緯や、経営者としての転機は何でしたか。

物心ついた頃から家業の手伝いをしていました。父は祖父の事故により19歳で事業を継いだため、家族全員で支えるのが当たり前の環境でした。その延長線上に「自分が継ぐものだ」という意識が自然と芽生えていったのだと思います。

一度は別の会社で働き、家庭用塗料会社の新規事業の担当営業に携わりましたが、27歳のときに父から呼び戻され、晴明堂に入りました。入社当初は給与7万円。当たり前のように「丁稚奉公だ」と言われ、家の商売に貢献するところからスタートしました。

――最も苦しかった時期をどう乗り越えてこられましたか。

帰ってきてから知ったのですが、会社には売上以上の借金がありました。パソコンもない中で、業務改善や取引先対応を一手に担い、精神的に追い込まれ半年ほどノイローゼになった時期もあります。

そんなとき友人から「考えても答えが出ないなら、一旦考えるのをやめろ」と言われ、肩の力が抜けた。そこから遊びも仕事も前向きに楽しむようになり、少しずつ状況が改善していきました。

さらに追い打ちをかけたのが、3年前に父と妹が同時期に亡くなったことです。妹は会社を支える存在で、実務をほぼ任せていました。銀行口座は凍結され、資金繰りにも危機が迫る中、取引先の支払いを自社口座に切り替えていたことが救いとなり、崩壊を免れました。

あのときが経営者として最大の試練でしたが、「ここで自分が踏ん張らなければ終わる」という覚悟が強まりました。

小さな会社だからできる挑戦で、次世代へ繋ぐ

――今後の展望や注力している取り組みについて教えてください。

この業界は市場縮小が続いており、線香メーカーは厳しい状況に置かれています。売上だけを追うのではなく、利益を確保し、未来へ事業を引き継ぐ基盤づくりが重要です。

今取り組んでいるのが、アウトドア領域への挑戦です。バーベキューで残った炭にお香を置くと驚くほど良い香りが広がる。そこに可能性を感じ、展示会を通じてパートナー探しも進めています。

若い人のアイデアや感性を取り入れながら、香りの楽しみ方を広げたいと考えています。

――従業員の主体性を引き出すために、どんな取り組みを行っていますか。

大きな仕組みを導入しているわけではありませんが、会社として大切にしている目的を共有する場づくりに力を入れています。月に一度、全員が参加する会議を開き、「何のために会社があるのか」「何のために働くのか」を改めて言語化する機会をつくっています。

また、社外のコーチ的立場の方にも伴走してもらい、自分で考えて動く意識を育てています。役割を押しつけるのではなく、一人ひとりが納得して判断できる組織にしたいと考えています。

――若い世代を巻き込みながら、どんな未来を描いていますか。

私は規模を無理に大きくするより、背伸びしすぎない成長を積み重ねたいと思っています。次の世代が継ぎやすい企業にすることが使命でもあります。

業界全体が縮小しているからこそ、若い人に未来を感じてもらえる環境をつくりたい。香文化を残すため、メーカー同士が協力して市場そのものを盛り上げる動きも重要です。

香りに込める想い

――最後に、中小企業の経営者やこれから起業を考えている方にメッセージをお願いします。

私は、「香りを通じて感謝と誇りを追求し、新しい感動を伝え続ける」という言葉をスローガンに日々仕事に取り組んでいます。

商売というのは、ただ物を売るのではなく「ありがとう」を届ける仕事だと考えています。自分たちの仕事に誇りを持ち、お客様に感動を与え続ける。その積み重ねが未来につながると信じています。

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