「建具」の価値を、正しく届けるために。無垢の木と職人技、そしてデジタル化で切り拓く次の一手

株式会社伊藤建具店 代表 伊藤 昌弘 氏

無垢の木を使い、ドアや扉など“建具”をつくる。弟子入りして技術を学び、職人として現場に向き合ってきた伊藤氏は、下請け中心の構造に課題を感じながらも、作品集づくりや発信を通じて、エンドユーザーからの直接依頼を増やしてきました。さらに、照明器具の商品開発、そして業界の業務フローを変えるためのツール開発にも踏み出しています。職人の仕事を「認知」してもらい、適正な価値として受け取ってもらうために――。現場発の挑戦の背景を伺いました。

言葉だけでは伝わらない仕事だから、「見せる」ことから始めた

——まず、どのような事業をされているのか教えてください。

無垢の木を使った建具や木工製品をメインに制作しています。いわゆる職人の世界で、弟子として入って技術を学び、お客様の住宅やさまざまな建物の開口部にはまるドアや扉を納品している形です。

ただ、「建具」という言葉自体が、若い世代にはあまり浸透していないと感じています。業界によって呼び方も変わりますし、認知の面ではそこがネックだと思っています。

——お客様は個人と法人、どちらが多いのでしょうか。

これまでは業界的に下請けが中心で、建築・建設会社さんや工務店さん、大工さんからの依頼で、建物に合わせて制作して納める流れが多かったです。

ただ、今はハウスメーカーさんを中心に、工場で大量生産した既製品が主流になっています。本物の木ではなく、シートに木目を印刷して貼った扉を現場で取り付けるのがメインです。そうなると、既製品と、私どものように特注でつくる仕事の立ち位置も変わってきます。

——下請け中心の構造の中で、どんな課題を感じていましたか。

言われたものをつくって納めるだけだと、ビジネスとしても、やりがいとしても厳しい面があります。見積を出して一生懸命つくって納めても、ユーザーが見えないまま請求の段階で金額をばっさり切られる、ということもありました。

そこで脱却したいと思い、ホームページやSNS、雑誌などで知っていただく取り組みを進めて、エンドユーザーからの直接依頼を増やしたいと考えるようになりました。

——エンドユーザーからの依頼は、新築とリフォームでどちらが多いですか。

エンドユーザーの仕事は、リフォーム案件が多いです。新築だと、工務店さんや設計士さんを中心に話が進むことが多く、特注品を扱える・扱おうとする体制がないと難しい面があります。既製品のカタログを渡して「ここから選んでください」という状態になりがちです。

一方で、ハウスメーカーさんではできないから、という理由でリフォームの相談が来ることもあります。そこでは私どもが制作から対応できることが強みになっています。

職人の価値は、最後に見えなくなる。だからこそ値付けと認知が課題になる

——代表になられてからの期間と、ターニングポイントを教えてください。

代表になってからは5年ほどです。振り返ると、作品集をつくり始めたことが大きなポイントだったと思います。

建具屋に何ができるのか、どんなことが可能なのかは、口頭で説明するより、見てもらうほうが早い。インターネットが広がり始めた頃から、写真を撮って整理し、作品集としてまとめてきました。

今では「あそこの建具屋が変わったことをやっている」と、作品集が一人歩きするような形で広まっている実感もあります。

——作品集は、元請様向けとエンドユーザー向け、どちらを意識していましたか。

元請様向けと、エンドユーザー向けの半々くらいです。リフォームで入った現場で、お話の中ですごく興味がありそうなお客様には直接見せることもありました。その場合も、元請様を飛ばすことはできないので、筋道は通して、依頼は元請様経由でいただく形にしてきました。

元請様にも「こういうことをやっています」と共有しておくことで、元請様がエンドユーザーから「こだわったものをつくりたい」という相談を受けたときに、私どもに声がかかる流れも地道に広がっていったと思います。

——現在、直面している課題は何でしょうか。

課題としては「認知」が挙げられます。会社としてもそうですし、業界としても認知されていない。手間がかかるならそれに見合った金額になるよね、という理解や、他にはない価値があるという理解が、まだ十分ではないと感じます。

特注品は、職人一人が1日にできる量もだいたい決まっていますし、時間もかかります。量を増やせば単純に売上が上がる、という構造にもなりにくい。だからこそ、ビジネスとして成り立たせるためには、単価を上げる方向が必要だと考えています。

材料についても、丸太を1本買えば全部が製品になるわけではありません。建具として使える部分を職人の目で選定し、使えない部分や癖のあるところは捨てることもあります。

木は生えている場所によって性質もくせも違うので、右から丸太を切っていけば全部同じ品質、というわけではない。そうした手間や目利きも含めて、価値として認めていただける状態をつくりたいです。

——3年後の目標イメージはありますか。

今の売上を1とすると、3年後は1.5倍を目指したいです。そのためにも、まずは認知を広げていく必要があります。

職人だけの6人組織。「三方よし」を本気で成立させるために

——組織体制について教えてください。

今は6人です。職人がメインで、営業担当はいません。その点は課題でもあります。会社を知っていただくために、SNSやホームページなど、少しずつ力を入れて取り組んでいるところです。

——“会社として理想の姿”は、どのようなものですか。

職人にとっても、お客様にとっても理想であることが大切だと思っています。いわゆる“三方よし”ですね。職人が仕事にやりがいを持てて、生活も大事なので、給料面でもきちんと安定できる状態が理想です。職人の雇用を安定させたいという思いもあります。

それと、若い人たちに、ものづくりの楽しさや「やってみたい」と思える職人像を伝えていきたいです。今は女性の職人もいて、千葉県から移住して働いてくれています。業界では珍しいと言われますが、土日休みや月休制など、福利厚生も整えていかなければいけないと考えて、実際に取り組んでいます。

一番若い職人は30代前半です。業界全体では高齢化が進み、近隣の建具屋が高齢化で廃業するという話もあります。仕事量が減っていることや、認知が少ないことが背景にあると思います。

——人材育成について、特に大事にしていることは何ですか。

私どもの業態は、入って半年で一人前、というのは難しいです。3年、5年というスパンで一人前に育てる必要があります。会社側にとっては投資です。

私は職人としてやってきたので、道具をきちんと直せる職人は、仕事も早くてきれいだと考えています。ただ、道具を直せるようになるまでには時間がかかる。そこを飛ばして、すぐ利益になることだけを優先すると、基本が抜けてしまいます。

実際に、経験者として入ってきた方でも、道具を見るとだいたい分かることがあるんです。こちらとしては、道具を整え、基本から教えていく方針ですが、それを乗り越えられずに辞めてしまうケースもありました。

今いる女性の職人は、ものづくりが好きで、道具の直し方もゼロから学びながら続けてくれています。そういう姿勢を大切にしたいです。

建具の技術を広めるために。照明開発と、業界向けツールという新しい柱

——今後、伸ばしていきたいことや挑戦したいことを教えてください。

今の本業でやっている「カンナ仕上げ」の技術を生かせる仕事を、より知っていただき、広めていきたいです。仕事量の分母が減ってきていることや、職人の数が少なくなってきていることもあり、遠方からの依頼も増えています。

ホームページを見て声をかけていただくこともあり、直近では「世界の○○○のレーシングチームの寮」や、「千葉の某有名テーマパーク」の仕事などにも入らせてもらいました。知っていただければ、職人の仕事にもまだ希望があると思っています。

先輩たちが培ってきた技術がなくなってしまうのはもったいないので、今の形で生かしていきたいです。

——新しい取り組みとして、照明器具の開発もされていると伺いました。

ホームページの最初に載っている光の玉のような照明を商品開発しています。木を削る鉋(かんな)で出たとても薄木を閉じ込めて、照明にしています。1年くらいかけて取り組んでいます。

商品開発は試行錯誤で、部材や工具等をを買っては「これは使えない」となることもあります。従業員から「こんなに機械を買ったら、経理担当の人に怒られませんか」という声が出たこともありました。

ただ、お客様に届けることを思うと、自分が納得できないものを届けるくらいなら、やめた方がいいと考えています。

建具も同じで、完成すると中の構造などは見えなくなります。ビジネス的には「そこまで手間をかけなくても」と言いたくなる場面もありますが、職人のこだわりや思いがなくなるのは避けたい。実際に、納めたときに泣いて喜んでくださるお客様もいました。目には見えない職人のこだわりの何かがお客様の心に訴えかけ、伝わる瞬間があると感じています。

照明も、東京ビッグサイトで初お披露目したときに「何これ」という反応があり、20個以上売れたことがありました。旅館さんやホテルさんのベッドサイドの間接照明に良いと言ってくださる方もいて、相性の良い領域は大事にしていきたいです。

——さらに、業界向けのツール開発も進めているそうですね。

デジタル化、業務フローの整備に取り組んでいます。建築業界は紙が多く、打ち合わせの予定なども紙で管理していました。写真、見積、図面、電話対応、予定管理などがバラバラで、一元化できたらいいと思って、4〜5年かけてツールをつくりました。

いまは社内に導入して、実際に動いています。クラウドで共有できるので、自分が出張などで遠くにいても現場の話ができ、レスポンスが良くなります。

このツールは、元請様向けのソフトとは違い、私どものような下請け・職人側が、複数の元請様からの案件や予定を管理できる発想でつくっています。そういう「下から上を見た」管理ソフトがなかったので、ないならつくろうと考えました。近隣の同業の知り合いからも「こういうのが欲しかった」と言われるようになっています。

今は、隣の市にあるプログラム開発の会社さんとも話が進み始め、「これは絶対売れる」と言ってもらっています。建具、照明、そしてこのツールの3本柱で、会社としても安定し、人材育成にもつなげていきたいです。

限られた休みの日に、ふらっと移動して頭を空ける

——お休みの日のリフレッシュ方法はありますか。

休みも仕事ができてしまうこともあり、家族のことも含めて、なかなか時間が取れないのが正直なところです。人数が少ないので、昼も打ち合わせが入り、土日や夜も事務作業をすることがあります。

それでも、限られた日に、自転車でふらっと出かけて一人で走ることがあります。本格的にやるというより、気分転換としての時間です。

——最後に、経営者の方や起業を考える方へ、伝えたいことはありますか。

会社の規模はいろいろですが、代表の思いや理念のようなものは大事だと感じています。以前は利益や数値を重視してきた面もありますが、お客様と向き合う中で、思いがあることの大切さを、少しずつ実感するようになりました。

利益を追うのは大切ですが、お金だけではなく、そこではないところの思いがあればいいと思います。

思いがないと、何かの出来事が起きたときにぶれてしまう。だからこそ、納得できるものをつくり、価値として届ける。その姿勢を軸に、建具の技術を広め、次の挑戦も形にしていきたいです。

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