地域の農業を“支える側”に回る――農サイドがつくる、農業の周辺ニーズを仕事にする仕組み
一般社団法人農サイド 代表 大皿一寿氏
一般社団法人農サイドは、農業そのものの生産・販売に加えて、農業の周辺に生まれるさまざまなニーズを受け止め、仕事として形にしていく団体です。国営公園の田んぼ・畑の管理受託や、CSA(コミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャー)という“顔の見える関係”での野菜流通の考え方を軸に、農家や企業との連携も広げています。農業の担い手が減り続けるなかで、現場の危機感をどう行動につなげているのか。代表の大皿氏に、立ち上げの背景から今後の展望まで伺いました。
目次
農業の周辺ニーズを受け止める、三つの柱
――御社の事業内容について教えてください。
もともと私どもは農業、農家の仕事がメインでやってきました。ただ農業を続けていると、生産販売だけじゃなくて周辺のニーズがいろいろ起こってくるんです。農家が直接はやってこなかったことでも、グループで活動する中で必要になる。そういうニーズを受けるには法人としての受け皿が要るよね、というところから、この法人をスタートしました。
立ち上げてからは、国営公園の田んぼ畑がある公園で「管理をお願いできないか」という受託があったり、私たちがやってきたCSAという取り組みを、企業としてやりたいという話が出てきたりしました。企業さんと農家さんをつなぐサポートの意味で、支援事業も動いています。ホームページにある範囲で言うと、大きく三つの柱があって、ひとつがRCAの運営、ひとつが国営公園の農耕作受託(田畑のある公園の管理)、もうひとつが職場のCSAの支援事業です。売り上げとしては、国の農耕作受託が一番大きいですね。
――その受託は、一般的な「農作物を作って販売する」仕事とは違うのでしょうか。
やってることは生産なんですけど、農作物を作って販売するのではなくて、来られた方が収穫体験できるように整えるところまでが仕事なんです。収穫したものは僕たちは販売しないし持って帰ることもしない。来園者を楽しませるために野菜作りをして、年間いくらか、という契約のお金をいただいています。
公園を利用されている方が申し込んで体験するので、個人のお客さんが中心です。ただ国営公園なので、神戸市内の教育委員会などとも連携して、学校の稲作事業の一環として田植えや稲刈りに来るプログラムもあります。私たちはその指導をしていることもありますね。
――今後、注力していきたい事業はどれになりますか。
三つ目に言ったCSAの支援は、日本でそういう立ち位置で動いているところがないので、広げていく余地がすごくあると思っています。加えて、ホームページには載っていないのですが、企業さんの農業参入のお手伝いの話が入ってきています。いろんな多業種の方が農業に可能性を見つけて入ってくるとき、ノウハウがないからサポートしてほしいという相談がある。これは立ち上げ当初はあまり想定していなかったんですが、箱(法人)ができると相談が来るようになって、伸びしろがあるなと感じています。
サブカルの現場で見た“食”が、農業への入口になった
――経営の道に進まれたきっかけや背景を教えてください。
私は農家の7代目なんですが、大学卒業後はずっと農業はしていなくて、普通の勤め人でした。以前の仕事は、サブカルチャーを扱うリサイクルショップの運営です。アルバイトさんをかなり抱えていて、人材の教育をすごく考える機会がありました。
その職場は、大学の新卒みたいな“良い人材”が来るというより、趣味の延長でアルバイトに入ってくる人が多い。遅刻や無断欠勤も多く、精神的に不安定なスタッフも多い印象でした。観察していくと、休憩時間の食事が気になったんです。カップラーメン、菓子パン、スナック菓子ばかり。家でもそんな生活で、親と一緒に食事しない、という話も多かった。
それなら、正しい食事を与えると心の変化があるんじゃないか、と考えて、会社で農業の取り組みをやろうとしました。同級生がそのリサイクルショップを運営していて、私が農家出身だという背景も知っていたので、「実家の畑で作った野菜をこの子たちに食べさせましょう」から始まったんです。知ってる人が作った野菜だから、スナック菓子の前にサラダを食べたりするようになって、体や心の変化というより、職場がすごく明るくなった。これは良い取り組みだな、続けようという話になりました。
ただ生活の変化もあって、その会社を辞めたときに「自分ができるのは農業しかないよね」と思って農業を始めました。ちょうど16年前ぐらいですね。給料をしっかりもらっていた生活から、野菜を販売して生活を成り立たせるとなると、就農して数年は本当に大変でした。
ファーマーズマーケットを起点に、仕事とつながりが膨らんだ
――16年間を振り返って、ターニングポイントだった出来事は何でしょうか。
神戸市が「食」に力を入れるタイミングがあって、「食と神戸(食の都・神戸)」という取り組みを市全体で始めたときです。中心部でファーマーズマーケットを開催する動きが出て、事務局の方と知り合いました。実際に神戸の中心地で開催したら、すごいお客さんが来たんです。
フリーマーケットの経験はありましたが、「農家さんに会いに来て話をする」マーケットって、当時はなかなかなかった。私は毎週そこで販売して、3〜4年ぐらい出続ける中で、飲食店のオーナーや行政職員など、いろんな人とのつながりができました。仕事もどんどん膨らんで、新規で農業をやりたい人のサポートをしたり、移住・定住コーディネーターの話を受けたり、農業以外の仕事も広がりました。それによって、作った野菜を欲しいと言ってくれるお客さんも増えていった。ファーマーズマーケットをきっかけに状況が変わった感覚は強いです。
――ファーマーズマーケットでは、どんな農作物を販売されていたのですか。
私たちは就農当初から有機栽培をコンセプトにしていて、農薬・化学肥料を使わない農法です。少量多品目で、少ない量でもいろんな野菜を作る。ファーマーズマーケットには、その方が向いているんです。年間で40〜50品目ぐらい作っているので、季節に応じて販売していました。
――農地の規模はどのように変化してきましたか。
地域の高齢化が進んで、農地をやめる人が増える中で「この農地を作ってくれへんか」と声がかかることが増えてきました。やり始めた頃は50アール(約5反)ぐらいでしたが、今は3ヘクタールまで広がり、面積比で6倍になっています。米もやっているので、野菜だけで言うと今50aぐらいですね。
土地は、年間の賃料を払って契約して借りています。無償でもいいから借りてほしい、という現状もありますが、法人としてやっているので賃料を払って進めています。
「増収」よりも「関係人口」――現場の危機感から、広げたいもの
――組織体制について教えてください。
農サイドは理事3人だけです。ただ仕事を回す上では、だいたい15人ぐらい動いています。全員が、それぞれ経営している農家さんです。私たちが受けている委託事業を、再委託のような形でお願いしているイメージですね。従業員はできるだけ抱えずにやってきました。
また、新規就農者の育成として有機農業スクールを開催していて、生徒さんだけでも今70人ぐらいいます。農業をやりながら、あるいは他の仕事をしながら農に携わりたい人が一定数いるので、その人たちに仕事を手伝ってもらいながら回しています。ただ、そろそろ採用・運用していかないと駄目かな、というフェーズには来ています。
――業界の流れを見て、今後どう変わっていくと感じますか。
農業は担い手がどんどんいなくなっているのが現状で、危機的な産業だと思います。基幹的農業従事者が今120万人ぐらいしかいない。私が就農した頃(約16年前)には250万人いたのに、もう半分以下です。みなさん生活していて気づかないかもしれないですが、日本の国民が飢えずに食を支えるには「最低これだけは必要」というラインに近づいてきていると、現場の肌感で感じています。
今までは輸入に頼れば何とかなる、という楽観的な空気もあったと思います。でもウクライナの問題などで世界情勢が不確かになると、自国で食べ物を生産できることは国として非常に大事です。国もいろんなビジョンを提示して政策を進めようとしているけれど、改善しようとアクションを起こすには遅い段階だとも感じます。だからこそ、本気でやらないと危機的な状況になる。そういう思いで動いています。
スマート農業などテクノロジーに頼ろうという流れもありますが、本当に機能するまでには年数が必要だと思います。それより先に担い手が減る方が早い。とはいえ、外国人の方や障害者の方の参画も含めて、連携の事例は増えてきていますね。
――3年後をイメージしたとき、目標はどの程度ですか。また課題は何でしょうか。
この産業は楽観的なイメージを持ちにくいので、売り上げで言えば3年後に1.2〜1.3ぐらいでも頑張っている方だと思います。むしろ数字より、関係人口を増やす、つながりを増やすという意味では、3年後に2倍、2.5倍を目指す方がイメージしやすいです。
課題は、アクションを起こすときの資金です。例えば学校給食の取り組みでお米の生産を広げたい、という話もあります。でも大型機械を入れる、選別の精度を上げる機械を入れるとなると、まとまった金額が必要です。どうやって資金を集めて投資していくかは、直近の課題だと思っています。
休めなかった日々に、息子の参画と“海・雪山”が加わった
――お休みの日のリフレッシュ方法を教えてください。
この仕事をやり出してから休みが取れていなくて、家内も一緒に働いているので休みがないのがずっと課題でした。でも今年から息子がサラリーマンを辞めて帰ってきて、一緒に仕事するようになったので、少し時間の余裕ができました。
2年ぐらい前から友達に勧められて始めたのがサーフィンです。56歳からですね。全然立てないですけど、たまにスクッと立てるときの爽快感はすごい。冬場は兵庫県なら2時間ほど走ればスキー場があるので、時間を見つけて行ったりもしています。