壁画が街を変える――アートで人の流れと文化を生み出す挑戦
JAPAN AX PROJECT株式会社 代表取締役 山田 真史氏
壁画というアートを通じて、新しい街の魅力や人の流れを生み出そうとしている企業があります。JAPAN AX PROJECT株式会社です。同社は壁画アーティストと企業・自治体をつなぎ、企画から制作ディレクションまでを一貫して手掛ける事業を展開しています。近年はオフィスや商業施設への壁画制作だけでなく、地域活性化や観光資源づくりの一環として行政と協働する機会も増えているといいます。本記事では、代表の山田真史氏に、事業の特徴や経営に対する考え方、そして今後の展望について伺いました。
壁画アートを社会に広げる事業モデル
――御社の事業内容について教えてください。
当社は、壁画を描く事業を中心に展開しています。近年ではオフィスや商業施設などに壁画を制作する案件が増えてきており、我々は壁画アーティストのエージェントのような役割を担っています。企業や施設、行政などから依頼を受けて案件が生まれ、そこに最適なアーティストをアサインし、そのうえで制作のディレクションまで一貫して行うという形で事業を運営しています。
最近では、街づくりの文脈で壁画を活用する動きも増えており、行政と一緒にプロジェクトを進めるケースも多くなってきました。観光や地域活性化といったテーマの中で、壁画が新しい価値を生み出す存在として注目されていると感じています。
――事業の強みや特徴はどこにありますか。
まず、壁画を描くアーティスト自体が非常に少ないという点があります。そのため、アーティストのコミュニティを構築し、適切にプロジェクトへアサインできる仕組みは簡単には真似できない部分だと思っています。
また、同じ業態の会社自体が国内でも非常に少なく、数えるほどしか存在しません。その中で当社は、都市部だけでなく地方の案件にも積極的に取り組んでいます。
私自身が北海道に拠点を置いていることもあり、北海道や九州など地方の観光需要と壁画を組み合わせた取り組みを行っているのも特徴の一つです。地域の魅力を高めるコンテンツとして壁画を活用することで、新しい人の流れを生み出せるのではないかと考えています。
――会社としての理念やビジョンについて教えてください。
当社が扱っているのはアートです。日本は先進国の中でも、アートに対する文化や市場がまだ十分に成熟していないと言われています。とはいえ、近年では少しずつアートへの関心も高まってきており、その中で私たちが取り組んでいる壁画は単に鑑賞するだけのアートではなく、現地で誰もが体験できるアートです。
実際の空間の中で見て、感じて、共有できる。そのようにして人々が若い頃からアートに触れることで、日本のアートに対する感性を育んでいくことができると思っています。
また当社では、「アート思考」のワークショップも行っています。日本ではロジカルな思考が推奨される一方で、「自分がやりたいこと」を自由に発言する文化が弱いと感じます。人々がもっと自由に発想し、自分の意志を表現できるようになるような変化を、アートを通じて生み出すきっかけを提供できたらと思っています。
やりたいことを実現するために経営者へ
――経営の道に進まれたきっかけを教えてください。
もともと経営者になりたいと思っていたわけではありません。むしろ長い間、「会社のナンバー2でありたい」と思っていました。この会社の設立自体も、前職の経験から派生する形で生まれています。
以前勤めていたのは、システム開発会社でした。その会社の中で、リフォームやリノベーションのWebサービスを立ち上げたのですが、そこで急遽雇われですが代表を任されることになりました。
その後コロナ禍が訪れ、住宅需要が高まる中で、リノベーション業者の方々から「何かもっと面白いことはできないか」という相談が増えました。そのときに「壁に絵でも描いたらいいのでは」と提案したところ、業界内で少し話題になりました。
また、実際に自分の家に壁画を描いてもらったとき、これは本当に素晴らしいなと感じました。「壁画は広める価値がある」。そう思い、これを実現するためには自分が経営者になるしかないと考えました。
結果として前の会社を離れ、自分で会社を立ち上げることになりました。経営者を目指したというよりも、やりたいことを実現するために経営者になったという感覚に近いですね。
――経営や人生の中で大切にしている価値観を教えてください。
判断の軸として意識しているのは、「後からやらなければよかったと思うことはやらない」ということです。
もう少し言うと、自分自身が「かっこ悪い」と感じることはしないということですね。
もちろん外から見ると、合理的ではない判断に見えることもあるかもしれません。それでも自分の中で納得できないことはやらないようにしています。
あくまで自分の価値観ですが、それが最終的な判断基準になっています。
ビジネスとアートをつなぐ組織づくり
――社内のコミュニケーションで意識していることはありますか。
役員の中には現役のアーティストもおり、アーティストがビジネスの世界に入ってくることは珍しいと思いますが、そのメンバーはビジネスの話もできる特殊な存在で、当社の強みの一つです。
ただ、アーティストの感性とビジネスの考え方は必ずしも同じではありません。そのためコミュニケーションでは、単純なビジネスの会話というよりも、「どんな作品を残したいのか」といった感覚的な部分も含めて共有することを意識しています。
イメージとしては、エンジニアと話しているような感覚に近いかもしれません。専門性を理解しながら、一段階踏み込んだコミュニケーションを取ることが大切だと感じています。
――どのような人材と一緒に働きたいと考えていますか。
この業界はかなり特殊なので、「このスキルがあればできる」という単純なものではありません。
私たちの仕事は、アーティストとクライアントの橋渡しの役割です。つまり、両者の言葉や考え方を理解し、それを整理して伝えられる人が必要になります。
マーケティング経験があるとか、営業経験があるといった経歴以上に、組織の中で部署と部署をつないできたような人。表に出る役割ではなくても、そのような隠れた活躍をしてきた人が向いていると思っています。
壁画を観光資源に――未来に描くビジョン
――今後取り組んでいきたい挑戦について教えてください。
日本には壁画をテーマにした美術館がありません。将来的には壁画の美術館をつくり、観光や文化の成熟につなげたいと考えています。
特に私が拠点にしている北海道は土地が広く、地域ごとに魅力があります。ただ、観光資源はあるものの「観光名所」としてのランドマークが少ない場所もあります。
そこで壁画を制作し、その場所の象徴となるランドマークをつくることで、新しい人の流れを生み出せるのではないかと思っています。壁画をきっかけに人が集まり、地域同士が協力するような流れが生まれれば理想的です。
――その実現に向けての課題は何でしょうか。
大きな課題は、壁画という存在自体の認知がまだ十分ではないことです。
現在、壁画に興味を持つのはアートが好きな人や、新しいものに関心がある人が中心です。行政や企業の中でも、そうした感度の高い人たちが取り組んでいるケースが多い印象です。
しかし壁画が当たり前の文化になるためには、もっと広く社会に浸透する必要があります。
作品数が増え、アーティストが育ち、価値が広く理解される。そうした積み重ねが必要です。これは一気に進むものではなく、まさに「ホップ・ステップ・ジャンプ」のように、一歩ずつ進んでいく必要のある世界だと思っています。