創業80年の伝統を「次の100年」へ。ロールナッセンの技術で紡ぐ、地場産業と福祉の新たな形
竹野染工株式会社 代表取締役 寺田尚志氏
大阪府堺市。手拭いの産地として知られるこの地で、創業80年近い歴史を持つ竹野染工は、全国でも数名しか担い手がいない希少な技法「ロールナッセン」を守り続けています。
3代目として急遽家業を継ぐことになった寺田尚志氏は、職人としての修行を経て、伝統工芸に自社ブランドという新たな命を吹き込みました。さらに、伝統産業の現場をB型就労支援事業所と結びつけることで、障害を持つ方々の「生きる意欲」を醸成する社会的な取り組みも展開しています。伝統を守ることは、変化し続けること――。寺田氏の誠実な経営哲学と、産地ブランディングに懸ける想いを聞きました。
目次
100年続く技法「ロールナッセン」を次代へ。産地ブランド『ヒラリとワオ』の挑戦
――竹野染工が展開している事業の独自性について教えてください。
弊社は大阪の伝統工芸を取り入れた染色会社ですが、最大の特徴は「ロールナッセン」という非常に特殊な技法を得意としている点です。この染め方ができる職人は全国でも数名しかおらず、特に表裏を異なる色で染め分ける「リバーシブル染色」は、日本全国探しても弊社でしかできない唯一無二の技術です。
この100年以上続く技法を絶やさず次の時代に繋げることが、私の使命だと考えています。2017年には自社ブランド『ヒラリとワオ』を立ち上げ、現在は日本国内のみならず海外へも直接販売を行っています。また、堺市は手拭いの産地として日本唯一の場所ですが、「手拭いといえば堺」という認知はまだ全国的に十分ではありません。今治タオルのような強力な産地ブランディングを、手拭いの世界でも実現していきたいと考えています。
——伝統産業と福祉を組み合わせた取り組みもされているそうですね。
2023年からB型就労支援事業所を開設し、障害のある方に伝統産業の現場に触れてもらう場所を作りました。弊社の製品は、スターバックスや無印良品、ダイソーの高級ライン「スタンダードプロダクツ」など、ブランド力の高い場所で扱われています。
障害のある方たちが普段携わる内職仕事は安価なものが多いですが、自分たちが関わった商品が、有名店で1枚1,000円以上の価値を持って並んでいる。その事実が、彼らのやる気や「社会と繋がっている」という生きる意欲に繋がることを願って取り組んでいます。
24歳で飛び込んだ職人の世界。「誠実さ」に勝るスキルはない
――3代目として経営を引き継がれた背景をお聞かせください。
元々は大学卒業後、旅行会社で働いていました。しかし、2代目である叔父が急逝したため、24歳で急遽この世界に入ることになりました。学生時代に工場でバイトをしていたので雰囲気は分かっていましたが、染めの技術については全くの素人。職人の世界ですから、技術がない人間の言うことは誰も聞いてくれません。「まずは職人として一人前にならなければ」と、代表に就任した27歳からの約5年間は、必死に修行に明け暮れましたね。
——経営において、大切にされている判断基準は何でしょうか。
「誠実さに勝るスキルはない」という言葉を常に軸にしています。仕事やお客さまに対して、どこまで誠実であり続けられるか。そして、社員が自分の商品や会社に自信を持てる職場環境を作ること。
おかげさまで、伝統産業界の課題である人材不足も弊社にはありません。宣伝広告費をかけずとも、メディア露出を通じて弊社のブランドを理解してくれる人が集まり、離職率も非常に低い状態で安定しています。3年に一度は訪れる大きなターニングポイントを乗り越えながら、100%受注の加工業から自社ブランド展開へと、誠実に変化を積み重ねてきた結果だと感じています。
社長は現場に入らない。スタッフの成長が「進化し続ける組織」を創る
――社員の主体性を引き出すために工夫されていることはありますか?
あえて、私は現場に入らないようにしています。現在は工場長や主任に現場の采配をすべて任せています。伝統産業の社長といえば現場で汗を流すイメージが強いかもしれませんが、私がいない方が、スタッフは「どうすればより良くなるか」を自ら考え、動くようになる。スタッフの成長こそが会社の成長に直結すると考えています。
また、毎朝全員のところへ自分から行って挨拶することは徹底しています。社員旅行や定期的な飲み会など、一般企業では当たり前のコミュニケーションを大切にしているのも、この業界では珍しいかもしれません。
——求める人物像や、採用・育成で重視するポイントを教えてください。
やはり「誠実な人」ですね。発想力やコミュニケーション能力は入社してから伸ばせますが、その人がこれまで生きてきた背景にある誠実さは、一朝一夕に作れるものではありません。スキル以上に、人としての根っこの部分を大切にしたい。
弊社は伝統産業の会社としては平均年齢が非常に若く、私が46歳で最年長。30代、40代のスタッフが元気に、そして主体的に働いているこの活気こそが、弊社の最大の強みであり、全国的にも稀有な環境だと言えるでしょう。
世界市場への拡大と、障害者雇用を通じた社会貢献の永続
――今後の展望や挑戦したいことを教えてください。
海外マーケットの強化は喫緊の課題であり、大きなチャンスだと捉えています。今の技術力があれば、もっと世界で勝負できるはずです。また、産地ブランディングを引き上げることにも情熱を注いでいきたいですね。
たとえ無知からのスタートであっても、「やるかやらないか」だけ。どんな課題も逃げずに取り組めば道は拓けると信じています。
——常に新しいことに挑戦し続ける原動力は何でしょうか。
「現状維持は衰退である」と考えているからです。去年と同じことをしているのは、一歩下がっているのと同じ。常にチャレンジし、進化し続けること。人材育成の研修でも学びましたが、常に変化し続ける姿勢こそが、伝統を未来へ繋ぐ唯一の方法だと思っています。
バッティングセンターで育む、家族との絆とリフレッシュのひととき
――仕事以外でのリフレッシュ方法を教えてください。
3人の子供がみんな野球をやってきたので、ほぼ毎晩、子供と一緒にバッティングセンターに行っています。土日も野球の行事に付き添うなど、子供との関わりが中心の生活ですね。子供のためにやっているつもりが、実は自分自身の良いリフレッシュになっていて、仕事への英気も養われています。
また、年に数回は家族全員で海外旅行に行くのが大きな楽しみです。家族との時間を大切にすることが、経営者としての心の安定にも繋がっていると感じます。