睡眠時無呼吸を非接触で捉える――ミリ波レーダで切り拓く予防医療の未来
株式会社マリ 代表取締役CEO 瀧 宏文氏
株式会社マリは、ミリ波レーダを活用し、睡眠時無呼吸症候群の診断・治療装置を開発する医療機器企業です。患者様の負担を抑えながら、医学的根拠に基づく製品を届けることを重視しています。本記事では、瀧氏に起業の原点や技術の強み、事業拡大に向けた課題、予防医療まで見据えた今後の展望について伺いました。
非接触で睡眠時無呼吸を捉える医療機器開発
――現在の事業内容を教えてください。
当社は、睡眠時無呼吸症候群の診断装置と治療装置を開発しています。睡眠時無呼吸症候群は、大きないびきや日中の強い眠気を引き起こし、危険な運転につながることもある疾患です。
一方で、症状が睡眠中に起こるため、ご本人が気づきにくいという問題があります。病院を受診する方が少ないうえ、治療を始めても「大したことはない」と考え、途中でやめてしまうケースも少なくありません。
当社では、そうした患者さんの負担をできる限り抑えながら、診断や治療を続けられる方法を目指し、装置の開発を進めています。
――開発している診断装置と治療装置には、どのような特徴がありますか?
診断装置には、ミリ波レーダで胸の動きを捉える技術を採用しています。いびきの音だけでは、呼吸が止まっているか判断できません。当社は胸とレーダの距離を測り、胸が動いていれば呼吸中、止まっていれば無呼吸と判断します。
これにより、無呼吸そのものを非接触かつリアルタイムで検出できます。「ミリ波レーダ胸腹呼吸センサー」は薬事の届出を終え、販売できる状態です。現在は、呼吸の表示機能や睡眠評価について、追加の薬事承認を進めています。
治療装置は、無呼吸を検知したときだけ音などの刺激を与え、呼吸ができる深さまで睡眠を浅くする仕組みです。呼吸が再開すれば刺激を止め、そのまま眠っていただきます。何も身につけず、無呼吸が起きたときだけ介入する点が特徴です。
臨床研究や薬事承認、保険適用の手続きが必要なため、ローンチは2029年頃を見込んでいます。
――競合他社にはない強みはどこにありますか?
当社の強みは、医療機器として臨床研究を行い、性能を検証している点です。京都大学や関連医療機関で、既存の医療機器と比較しながら評価を進めてきました。
当社の中心技術は、ミリ波レーダそのものではなく、呼吸や心拍を正確に捉えるための信号処理ソフトウェアです。医療グレードの精度を追求しており、この技術はすでに豊田通商グループを通じて輸出が始まっています。
臨床現場で抱いた違和感を起業へ
――大学教員から経営の道へ進んだきっかけを教えてください。
起業前は大学教員をしていました。その後、医療機器の開発から起業、資金調達、医療現場への提供まで学ぶ「スタンフォードバイオデザイン」に参加しました。
その中で睡眠時無呼吸症候群の患者様を臨床現場で見る機会があり、この疾患特有の課題に気づいたことが起業のきっかけです。受け入れやすい診断法や治療法が必要だと考え、2017年に会社を設立しました。
――睡眠時無呼吸症候群の患者さんを見て、どのような課題を感じましたか
診察に来られた患者様は、日中の眠気や頭痛に困って受診したのではなく、ご家族から「いびきがうるさいから行ってきて」と言われて来院されていました。主治医の先生からも、同じ理由で来る方が多いと伺いました。
そこで強く感じたのは、患者様本人があまり困っていないということです。一般的な病気は痛みや不調で受診しますが、睡眠時無呼吸症候群は自覚しにくい一方、治療の継続が必要です。だからこそ、患者様が受け入れやすく、負担の少ない方法が必要だと考えました。
研究開発力を事業成長につなげるための課題
――現在の組織体制と、3年後の売上目標について教えてください。
現在の組織は13名です。睡眠時無呼吸症候群の診断・治療装置や、ミリ波レーダによる生体情報の取得技術を開発しています。
今後3年間では、売上を現在の10倍に増やすことを目標にしています。技術を必要とする医療機関や企業へ、どう届けるかが重要になります。
――事業を拡大する上で、現在どのような課題に直面していますか?
当社は研究開発や製品のPoCをつくることを得意としていますが、営業部隊がなく、人的リソースも不足しています。
現在は経営陣が企業へ説明に伺っているものの、営業を専門とする方に比べると、十分に情報を届けきれていません。実際にお話しすると技術力に驚かれることも多いため、必要とする企業へ適切にアクセスすることが課題です。
そこで最近は、対応できるサービスをホームページに掲載するなど情報発信を見直し、問い合わせも少しずつ増えています。
睡眠時無呼吸から予防医療へ広がる可能性
――今後、ミリ波レーダの技術をどのような分野へ展開していきたいですか?
まずは睡眠時無呼吸症候群の診断と治療を中心に進めます。一方で、非接触で呼吸や心拍を長期間取得できる技術は、関連するさまざまな疾患にも活用できると考えています。
腕時計型の機器は毎日装着しない方もおり、高齢者や乳幼児には使いにくい面があります。ミリ波レーダであれば、置いておくだけで計測できるため、長期データを集めることが可能です。
大量かつ正確な医療グレードのデータは、生成AIを活用した診断アルゴリズムの開発にも役立ちます。脳卒中や心不全の前触れを捉え、早期介入や未病への対応に広げられる可能性もあります。
現在は循環器内科、救急、小児科の先生方と協力し、ICUやNICUでのデータ取得も始めています。
――最終的に、会社をどのような姿へ成長させたいと考えていますか?
ミリ波レーダは以前より安価になっており、日常生活の中で手軽に健康状態をモニタリングできる環境が整いつつあります。当社のアルゴリズムを組み合わせ、睡眠中も医療グレードで毎日見守れる仕組みをつくりたいと考えています。
医学的に意味のあるフィードバックを届けられれば、睡眠時無呼吸症候群の早期発見や早期対応だけでなく、ほかの疾患にも迅速に介入できます。さらに、病気になる前の段階から健康を支えられる会社を目指しています。
医学的な有効性を譲らないものづくり
――事業を通じて、社会をどのように変えていきたいですか?
利用する方にできるだけ負担をかけず、医学的に意味のある診断や治療を受けられる社会にしたいと考えています。
睡眠時無呼吸症候群は治療の継続が必要ですが、装置が合わずにやめてしまう方も少なくありません。だからこそ、負担の少ない方法を提供し、専門医にも納得していただけるソリューションとして広げていくことが、当社の目標です。
――経営において、ここだけは譲れないというポリシーを教えてください。
譲れないのは、医学的な有効性を必ず担保することです。
「なんとなく良さそう」というだけの製品は作らないと決めています。特に乳幼児向けの製品では、安全性を不安に感じる方も多くいらっしゃいます。
そして、弊社の製品をご使用いただくすべての方に安心してお使いいただけるよう、医療機関でデータを取得し、有効性を示した上で提供する姿勢を貫いています。