ガラスコーティングで「省エネ」と「施工の民主化」を目指すー高木聡の挑戦
株式会社ビルズアート 代表取締役 高木聡氏
高層ビルの光触媒コーティングやガラス遮熱施工を主軸に、建物の価値を守る事業を展開する株式会社ビルズアート。代表の高木聡氏は、もともとハウスクリーニングの現場からスタートし、職人としての経験を重ねながら、独自の視点で新しい施工の形を模索してきた。現在は、従来の「責任施工」に加え、材料提供による“セルフ施工”という新しい選択肢を広めるべく奔走している。高木氏に、会社の現在地、経営者になるまでの道のり、職人との向き合い方、そして未来への展望について伺った。
目次
ガラスの価値を最大化する――ビルズアートが目指す未来
――現在の事業内容と会社が掲げるビジョンを教えてください。
当社はガラスに関わる2つの事業を柱としています。ひとつは、高層ビルなどの外側に光触媒をコーティングし、ガラスを汚れにくくする技術です。もうひとつは、窓の内側に遮熱・断熱のコーティングを施し、室内環境を快適に保つ施工です。
従来、遮熱コーティングは職人が現場に入って作業する“責任施工”が一般的でした。しかし昨年から、材料だけを提供し、お客様自身やビルメンテナンス会社が施工できる形にも取り組み始めました。施工費の削減や柔軟な作業スケジュールが可能になるため、特にオフィスビルではメリットが大きいと感じています。
まだ認知度は高くありませんが、暑さが増すなかで遮熱ニーズは確実に高まっています。普及が進めば、省エネや電気代削減にもつながり、日本全体にとっても価値のある取り組みになるはずです。
“なりゆき”から始まった経営者の道──職人目線でつくる価値
――経営者になられたきっかけと、これまでのキャリアについて教えてください。
もともとは会社員でしたが、妻の弟が清掃の仕事をしていたことをきっかけにアルバイトで手伝うようになり、そのまま清掃・美装の世界に入りました。ところが弟が別の道へ進むと言い、突然独立せざるを得ない状況に。個人事業主として仕事を続けることからスタートし、そこから法人化して今に至ります。
当初はハウスクリーニングや美装が中心で、建築現場にもよく入っていました。大手ゼネコンの現場では、世間のイメージとは違い、厳格なルールのもとで職人さんが真面目に働いている姿が印象的でした。そうした環境で十数年経験を積む中で、ガラスの施工を行うメーカーから声を掛けられ、光触媒・遮熱コーティングの世界へ進んでいきました。
――仕事のうえで最も大切にしている価値観は何でしょうか。
「三方よし」が一番の軸です。お客様が喜び、紹介者が喜び、そして当社も喜べる。光触媒や遮熱施工は効果を実感いただけるため、「やってよかった」と言ってもらえる瞬間が何より嬉しいです。
社員ゼロでも“仲間”はいる──職人との関係づくりとコミュニケーション
――外部パートナーとの協力体制について教えてください。
現在社員はおらず、5社の協力業者と連携して施工を行っています。みなさん当社以外の仕事も抱えているため、いつでも来てもらえるわけではありません。だからこそ「またうちの仕事を選びたい」と思ってもらえる関係づくりを大切にしています。
例えば3日かかる作業を2日で終えたとしても報酬は3日分お支払いします。頑張った分が自分たちの利益になるほうがモチベーションが上がりますし、私自身が職人だった頃に「こうしてほしかった」と思うことを反映しています。
休憩を取らせない、残業代が出ない、無理な詰め込み。そういった働き方は長続きしません。今日はキリがいいから早めに終わる、反対にキリが悪い日はお願いして少し残る。そんなメリハリのある働き方を意識することで、協力業者の皆さんが気持ちよく仕事できるよう努めています。
国内から海外へ──遮熱文化を世界に広げる挑戦
――今後挑戦したいことや、見据えている未来について教えてください。
最近では香港やドバイなど海外から施工指導の依頼をいただく機会が増えています。メーカーは商品の説明はできますが施工はできないため、私が現地へ行って技術指導を行っています。それだけ世界的にもニーズがあるということだと思います。
今後は欧米やオーストラリアなど、さらに販路が広がる可能性があります。遮熱コーティングは電力消費を減らすうえで大きな役割を果たす製品です。世界中の建物で使われるようになれば、地球規模での省エネにも貢献できるはずです。
音楽と身体の変化──人生を楽しむためのリフレッシュ術
――仕事以外でのリフレッシュ方法を教えてください。
以前はキックボクシングを本気でやっており、試合にも出ようと思っていましたが、減量が身体に負担となりドクターストップがかかりました。そこから身体を壊してまで続けるのはやめようと判断し、今は別の楽しみを見つけています。
最近は娘婿と飲んでいたときの流れで「バンドをやろう」という話になり、私は未経験ながらドラムを担当することになりました。全くやったことがない分野ですが、それがまたリフレッシュになっていますね。