エンタメの現場で培った「つなぐ力」――ゲンプランニングが描く、出会いから生まれる企画のかたち
株式会社ゲンプランニング 代表取締役 加藤 元氏
株式会社ゲンプランニングは、もうすぐ40周年を迎える企画会社です。少数精鋭で、外部のスペシャリストともチームを組みながら、企画・制作や、企業へのアドバイスなどを行っています。本記事では、代表の加藤元氏に、現在の取り組みや経営の考え方、今後の展望などについて伺いました。
目次
企画から制作まで
――事業の内容や変遷を教えてください。
これまでいろいろなことに取り組んできましたが、今は企画とそれに伴う制作をメインに行っており、アドバイザー的な契約を交わしている企業もあります。
私自身がエンタメ業界の出身ですので、領域としては、エンタメやPR、イベントなどが多い傾向にあります。
ゲンプランニングは現在38期目で、もうすぐ40周年を迎える会社です。その歴史のなかでは、頼まれてマネジメントを始めたり、マネジメントしたアーティストに投資するためにレコードレーベルを立ち上げたりしたこともありました。今は本格的なマネジメントというより、エージェント的な働きをしています。
その時々で求められる役割は変わりますが、「自分が前に出ること」よりも、「全体がうまく回ること」を意識してきました。企画を立てるだけでなく、制作や進行、関係者同士の調整まで含めて関わることで、プロジェクト全体の質を高めていく――その積み重ねが、長年にわたる継続的な依頼につながっているように思います。
強みは「知見」と「人とのつながり」
――ゲンプランニングの強みはどこにありますか。
エンタメ関連でさまざまな知見を持っている点だと思います。私の社会人としてのスタートは放送局で、TBSにて主に音楽番組の制作を行い、その後は規模の大きな音楽イベントのアシスタントプロデュースを10年ほどしていました。経歴の前半は、ほとんどエンタメの本線や接続に関わることだったんです。
――そのご経験が、今の仕事の広がりにつながっているのですね。
そうですね、人との出会い、つながりの中から仕事が生まれてきた感覚があります。社員にも「いろんな人とお茶ばかり飲んでいる」と言われています。
雑談も含めてつながりが広がって、「こういうことをしてみないか」という話が仕事になっていく――私は、「スペシャリスト」ではなく「ジェネラリスト」でありたいと考えており、最近は名刺交換のときに自分から「何でも屋です」と名乗っています。
――ジェネラリストになろうと考えた背景をお聞かせください。
若い頃、TBSで歌手の方などエンタメの世界の人たちを見ていた中で将来を考えたときに、「スペシャリストよりジェネラリストになろう」というテーマを持ちました。自分自身を、一つのことを極めて金メダルを取るようなタイプではないと思っていたんです。であれば、スペシャリストたちとたくさん知り合っておけば、いずれ何かの役に立つ、仕事につながるかもしれないと考えました。そうした理由から、広く浅く、多様な引き出しを持つ方向で進めてきました。
生意気な一言が、仕事を動かした――富士急行とのエピソード
――印象的な出会いや転機があれば教えてください。
富士急行様とのエピソードです。TBSにいたとき、上司であるプロデューサーが「富士急行の社長が相談したいらしい。面白そうだから一緒に来い」と連れて行ってくださったんです。ちょうど東京ディズニーランドができる時期で、「うち(富士急ハイランド)は大丈夫だろうか」と心配されているとのことでした。
――そこで、加藤さんが意見を述べられたのですか。
若い頃は生意気で、偉い方にもズケズケ言ってしまうタイプでした。そのときも、「全然心配いりません。富士急ハイランドにはジェットコースターがあります。そこを大事にしていけばディズニーランドとはコンセプトが異なるから大丈夫じゃないでしょうか」とお話ししたんです。すると社長が気に入ってくださって、「今後いろいろ関わってくれ」と、施設やホテルなど、さまざまなことに関わらせていただけるようになりました。
――そのご経験が、独立へとつながっていったのでしょうか。
テレビ以外の仕事が面白くて楽しくなって、TBSを辞めて自分で会社を作りました。ですので富士急行様との出会いが、「プランニング」から企画会社を立ち上げていくきっかけとなったと思います。
遠慮や忖度よりも、相手の立場に立って本質を考える――その姿勢が、結果的に信頼を生み、次の仕事へとつながっていったと感じています。
信頼で動く仕事だからこそ――判断軸と、チームのつくり方
――現在の体制について教えてください。
役員と従業員で構成されており、常に動いてくれている外注スタッフが3〜4人います。リサーチや、取引先が気にしていることを拾う“御用聞き”的な動きや、プランニングなどを担っています。
当社に関わっている人たちはいつも「人と人をつなげること」を考えています。どこにどのような人がいるか、そういった情報をたくさん持っているのが特徴です。
一人ひとりときちんと向き合える規模でいたかったため、必要以上に組織を大きくしようとは考えませんでした。人数が増えることで目が届かなくなるよりも、関わる人の顔や状況が見える距離感を保つことが、柔軟で小回りの利く現在の体制につながっています。
――外部スタッフと動く際、コミュニケーションで工夫していることはありますか。
嫌なことから先に話すようにしています。予算や報酬といったお金の話や、「納期が短い」など条件が厳しい際には最初に伝えたうえで進めるようにしているんです。私自身、あとから文句を言われるのが嫌ということもあり、スタッフに最初に嫌なことを話しておいて、自分も一番面倒くさいことから取り掛かるようにしています。
――経営判断の軸になっている価値観や信条はありますか。
物を売る仕事ではないので、人と人の信頼関係が基本となります。ただ、これが難しいところで、実は信用しすぎて騙されたことも何回もあるんです。口約束で進めてしまって、あとになって実際は違っていたこともありました。そのため今は、きちんと文章で契約して動くようにしています。
それでも、疑ってかからずに、仕事になる・ならないは別にして、まずは信じて話をするところから始める――こちらがいくら儲けるかより、その方の希望を叶えるには何ができるかを第一に考えて、その結果として報酬をいただく、という順番は大事にしています。
40周年が見えてきた今、考えること――「アニメ化」と「海外交流」「社会への還元」
――お休みの日のリフレッシュ方法や趣味を教えてください。
釣りが好きで、よく川に行ってフライフィッシングをしています。釣れても釣れなくても、川の音と自然の中に入っていくのがいいんです。ゴルフは辞めてしまったのですが、釣りなら一人でも行ける点が気に入っています。
――これから実現していきたい夢や目標はありますか。
実は去年くらいにアニメ化の計画があったんですが、キーマンだった方が亡くなって、頓挫してしまっていました。できればその計画を少し進めたいという思いがあります。
海外をめざすバンドをマネジメントしており、南米やヨーロッパ、アメリカにも行ったことがありますが、外国語ができるとコミュニケーションが生まれて、友達や仲間が増えるんです。今は訪日外国人も多いですし、商社や大使館など、海外赴任経験者で日本に戻ってリタイアする方も増えています。そうした人たちが外国語を活用して訪日外国人のお世話ができるような組織を作ろうとしています。
――最後に、ゲンプランニングとして守っていきたいスタンスを教えてください。
「ご相談を承ります」というスタンスです。当社は営業も宣伝もしない会社ですので、ご依頼をいただく場合もほとんど口コミがきっかけです。人と人のつながりの中で、必要なことが生まれたときに、できることを持ち寄って形にしていく――それが、自分たちのやり方だと思っています。