医療インフラを熊本に――在宅医療と「健康テイナー」で健康寿命日本一を目指す挑戦
アルファルマ株式会社 代表取締役 佐藤 拓司氏
薬剤師としての挫折と遠回りを経験しながらも、「遅れた3年分を取り戻すには、ただの薬剤師では足りない」と経営の道へ舵を切った佐藤拓司氏。2013年の起業を起点に、2014年から「共生薬局」を展開し、現在は14店舗へと広げてきました。コロナ禍を転機に在宅医療が追い風となり、事業は加速中です。いま佐藤氏が見据えるのは、薬局の枠を超えた「医療インフラ」の構築と、熊本の健康寿命を全国一にする未来。本記事では、その原点から現在の取り組み、そして譲れない価値観までを伺いました。
目次
「遅れた3年」を埋めるために、経営者という選択をした
――事業を始められた頃の想いを教えてください。
始めた頃と今では思いは変わってきています。最初の頃は、世の中のために何かを成し遂げたい、というよりも、自分が社会的に3年遅れている分をどう取り戻すか、という意識が強かったですね。
僕は薬剤師の免許を取るまでに、人より3年多くかかっています。受験した大学は全部不合格で、大学に入ってからも留年して、国家試験にも落ちて。だから「ただ薬剤師として働いても、取り戻せないだろう」と思っていました。そこで、独立して経営者として生きていきたい、という漠然とした気持ちが早い段階からありました。
――当時はどのように準備されていたのでしょうか。
自分は3倍くらい努力しないといけないと思っていました。薬剤師の勉強もやりつつ、経営の勉強も並行していましたから、めちゃくちゃハードでしたね。現場で働いたあとに、本を読み漁ったり、セミナーに行ったり、経営者の人に会いに行ったり。そういう毎日を過ごしていました。
――独立の経緯についても教えてください。
2011年に会社を作ったのが最初の独立です。ただ、それは失敗しました。その後2013年に2度目の起業をして、それが「共生薬局」の1号店につながっています。2013年にアルファルマ株式会社を作って、2014年から共生薬局を展開し、いま14店舗ですね。
コロナ禍を転機に、在宅医療が爆発的に伸びた
――店舗展開が進んだ背景はどこにあったのでしょうか。
当時、薬剤師が起業するケースはあまり多くなくて、僕は34歳くらいで起業しています。熊本でも最年少ぐらいで起業してると思います。ただ、そこから5年ぐらいは1号店しかなかったんです。その後ぐらいから、たくさん作れるようになりました。
大きなきっかけはコロナです。医療業界ってコロナに入って縮小に入ったんですよ。でも僕らは、縮小するからこそ打って出ようと。縮小ではなく展開の方に舵を切りました。
――その判断を支えた強みは何だったのでしょうか。
もともと、よその薬局さんと差別化するために2015年から在宅医療を始めていました。在宅医療というのは、高齢者が一人で住んでいる、いわゆる独居の方などにお薬を届けるサービスです。薬局に来なくてもいいですよ、という形ですね。
それがコロナになって爆発的に伸びていきました。外に出るリスクを下げながら薬を受け取れるので、ニーズが一気に高まったんだと思います。そこから薬局をさらに拡大させ、ドミナント展開して、今に至るという形です。
――先行して取り組んでいたことが追い風になったのですね。
在宅医療に、まだ業界がそこまで目を向けていない頃からスタートしたので、先に先陣を切った分、苦労は相当ありました。ただ、蓋を開けるとコロナによって追い風になった、という感覚はありますね。
目指すのは「熊本の健康寿命を全国一にする」医療インフラ
――現在は、創業当初と比べて思いも変化していますか。
今ではこれだけの店舗数を作ってきたので、医療インフラを熊本に築き上げたい、構築したいと思っています。薬を届ける薬局は当たり前として、熊本の健康寿命を全国1位にしたいんです。
これから超高齢化社会が来ますよね。平均寿命を延ばすだけじゃなくて、健康で動いていられる寿命、つまり健康寿命を伸ばす。その部分で熊本が全国のモデルになるようなインフラを作りたいと思っています。
――「医療インフラ」という言葉には、どんな意味が込められていますか。
インフラというと水道やガスのイメージですけど、医療というものも欠かせないインフラだと思っているんです。病院が赤字だというニュースもありますが、潰すわけにもいかない。だからこそ、健康という軸でインフラを整備したいという思いがあります。結局、ライフラインなんですよね。
僕自身、20代30代の頃って健康に注目したことはなかったんです。でも年齢を重ねるほど、健康でなければ仕事もできないし、遊ぶこともできないし、歩くことすらできなくなる。長く生きることも大事ですけど、健康だからこそ社会活動ができて、人生に彩りを添えられる。そこを支えたいんです。
――高齢化社会に寄り添う取り組みもされているそうですね。
僕らはどちらかというと、高齢化社会に寄り添う薬局作りをしています。若い人って健康で当たり前なので、価値を見出しづらい。でも60代を超えてくると、そうは言っていられなくなる。だから、そこに寄り添うことを軸にしています。
「健康テイナー」として、高齢者を元気にする場をつくる
――地域での活動について教えてください。
地域の活動として、老人ホームや病院、公民館、ホールなどを借りて、「健康を届ける」取り組みをしています。僕らはそれを「健康テイナー」という形でやっています。健康とエンターテイナーの造語で、高齢者を元気にするというコンセプトです。
音楽やダンス、コント、それから健康の知識なども含めて、1時間番組みたいなものをリアルタイムでライブでやっています。地元の方とコラボすることもあります。
薬剤師と、社内にはケアマネージャーもいますので、困ったことがあれば「共生薬局だよね」と思っていただけるように、名前を前に出して活動しています。これが健康寿命を伸ばす一つの資料になればいいなと思っています。
――店舗以外にも「つながりの場」をつくっているのですね。
そうですね。憩いの場というか、オアシスの場というか。高齢の方にとって、交流の場があるのは大事だと思います。
次の挑戦は30店舗へ。課題は「メディアに出ていくこと」
――今後取り組んでいきたい挑戦を教えてください。
新しい挑戦といえば、いかにして熊本の健康寿命を上げるか、そこに意識をしています。共生薬局というブランド、薬局を伸ばすことは当然の軸として捉えていて、30店舗ぐらいまでにしたいです。そうすると熊本1位になるので。あと10年ですね、それをやりたいと思っています。
――その実現に向け、向き合っている課題はありますか。
課題といえば、いかにメディアに出ていくか、というところです。PR戦略として重要になってくると思っています。
健康テイナーの活動自体は、お金を生む活動ではないんです。あくまでも薬局の本業があるからこそできることだし、薬局がやるからこそ信頼性もある。だからこそ、共生薬局というブランドとして、きちんとアピールしていくことが重要だと考えています。
――経営の中で「これだけは譲れない」という思いはありますか。
僕は昔から神社仏閣が好きで、会社にも神棚があります。年頭には必ず社員とともに地元の神社にご祈願に行ったり、神社に寄付をしたりもしています。そういった目に見えないものを大切にしてきました。
だから数字がどうとか、ビジネス的にどうとかいうよりも、心を大切にしています。それを社員にも日頃から伝えています。ありがとうも目には見えないですよね。でも気配りって目には見えないけど、感じることはできる。そういうものを大切にする社風にしています。
坂本龍馬の言葉と海が「進む力」
――尊敬する方、影響を受けた出来事があれば教えてください。
フェーズによって変わってくるんですが、歴史上の人物で一番好きなのは坂本龍馬です。
坂本龍馬の言葉に「世の人は我を何とも言わば言え、我が成すことは我のみぞ知る」という句があります。僕も20代の頃、夢は大きく描いても実力がなく、周りから「どうせ無理だ」「口ばっかりだ」とバカにされ散々言われた時期がありました。
世の中がどう評価しようが、自分のやるべきことは自分だけが知っている、という確固たる信念に感銘を受けています。周りができないと言おうが、自分はやれると信じて前を進む。その気持ちをもらっています。
――いまの経営にもつながっている部分はありますか。
坂本龍馬は同盟を結ぶなど、相手と相手を結びつけるような動きもしていましたよね。医療のインフラを作るって、自分の会社だけじゃ成り立たないんです。ほかの会社さんと組んだり、連携したり、お互いのいいところ悪いところを補う。
M&Aもその一つです。自社だけが良い、ではなく視野を広げるという点で、坂本龍馬の生き様は参考になります。
僕自身もフットワークだけは軽くしていて、できるだけたくさんの人に会って、ご縁を大切にしています。
――最後に、お休みの日のリフレッシュ方法や趣味について教えてください。
趣味の延長線上ですが、海が大好きです。1年のうち5回から10回ぐらいは海に行きます。見るというより、実際に海に入りたい。綺麗な海に行くのが大好きです。
サーフィンをするのかと聞かれることもありますが、そうじゃなくて、ただの海水浴でいいんです。海が、僕にとってはパワースポットですね。
健康は、仕事も遊びも人生の彩りも支える土台です。高齢化社会に寄り添いながら、医療がきちんと回る「インフラ」を地域でつくっていくーーその先に、熊本が健康寿命のモデルになれる未来があると信じています。