世界へ羽ばたく日本の味!25万食をメキシコへ輸出するラーメンプロデューサーの波乱万丈な挑戦
一般社団法人国際ラーメン協会 代表理事 藏本 猛氏
日本の国民食であり、今や世界中で爆発的な人気を誇る「ラーメン」。しかし、現在の国内ラーメン業界は原材料費や人件費の高騰、そして「1000円の壁」に阻まれ、かつてない苦境に立たされています。そんな中、独自のビジネスモデルで国内店舗をプロデュースし、さらに活躍の舞台を海外へと広げているのが、一般社団法人国際ラーメン協会で代表理事を務める藏本猛氏です。200億円という巨額の負債を背負った20代の地獄の日々から、15店舗のラーメン店経営、Amazonカテゴリー1位を獲得した著書の出版、 outskirts そして現在のメキシコでの新たな挑戦まで。激動の半生を歩んできた藏本氏に、これまでの歩みと、日本のラーメンが持つ未来の可能性についてお話を伺いました。
目次
独自のネットワークで「行列店の味」を完全再現。コンサルタントとしての圧倒的な強み
――現在の事業内容や特徴について教えてください。
広く言えば、ラーメン店を出店したいオーナーさんへのコンサルティングや、店舗全体のプロデュースを行っています。私のやり方は他の方とは決定的に違う部分があります。
それは、大手のスープメーカーや製麺所と強固なタッグを組んでおり、クライアントである「そのお店専用」のオリジナルスープとオリジナル麺を開発し、提供できるという点です。
通常、工場側としてはまとまったロット数がなければ1店舗のためにわざわざ専用のラインを動かしてくれません。しかし、私は長年この業界でメーカーさんと信頼関係を築いてきましたのでメーカーさんも協力して作ってくれるのです。これが他社には真似できない一番の強みですね。
27歳で背負った200億円の負債。地獄の日々と、奇跡の無借金経営への逆転劇
――経営者になられた経緯を教えてください。
元々は私の父親がゴルフ場を経営していたのですが、父親は気づけば約200億円もの負債を抱えていました。そしてバブルが崩壊したとき、父にガンが発症し、なんと1円も返さないまま亡くなってしまったのです。
27歳のときに200億円の負債がある会社をそのまま引き継いでしまい、そこから私の20代はまさに地獄の連続でした。
最初は私も辞める気持ちがありました。しかし、当時のメンバーさんを集めて父が亡くなったことと現状を説明した際、気づけばその場で、「お金を全額返せるかは分かりませんが、私はゴルフ場を続けます。皆さんに少しでもお返しができるようにやっていきます」と宣言していました。
さらに当時、100人ほどの従業員がいました。全員を集めて「もう給料が出せないから全員辞めてくれ。」と伝えたんです。
しかし、従業員は誰一人辞めませんでした。そんなスタッフたちを前にして「これは絶対に形にしなければいけない」と、火がつきましたね。
36歳のとき、銀行から裁判を仕掛けられ、最終的に会社へ「第三者破産」の宣告が下りました。弁護士の先生がいたのですが、「破産法の抜け道かもしれない。私はその抜け道がどうなるかを見届けたい。奇跡が起きるかもしれないから、粘り強く戦おう」と言ってくれました。
ある日「破産の廃止」が告げられました。つまり、200億円の借金が消え去り、無借金の会社が手元に戻ってきたのです。専門家から見てもあり得ないような法のすき間をすり抜けた、まさに奇跡的な出来事でした。
この倒産劇を最後まで逃げずに戦い抜いた経験があるからこそ、今の私の生き方の軸になっています。
コロナ禍でのAmazon1位獲得とSNS時代の変化
――最初はご自身でラーメン店を経営されていたのですね。
本当はカレーの大型チェーンを作りたいという野望があったのですが、物件を探すとラーメン屋の居抜きばかりが出てくるので、まずはラーメンから始めました。
最終的には15店舗まで拡大しました。その後、私生活での離婚などをきっかけに、従業員に「俺は明日から店をやめる」と伝えたんです。
従業員たちへ「店はタダで全部あげるから、これからは自分たちが社長としてお店を守りなさい」と、店舗をすべて譲渡しました。その代わりに「麺とスープだけは俺のところから買ってくれ」という条件に。自分が現場で汗を流さなくても、仕組みを作ればビジネスが回るということにこの時気づかされ、本格的にノウハウを提供するコンサルタントの道へ進むことになりました。
あるお店へアドバイスに入ったのですが、そのお店が「食べログ1位」を獲得しました。もちろんお店の方々の努力の成果ですが、彼らが周囲に「藏本さんのおかげ」と言ってくれたことで、一気にコンサルティングの依頼が増えました。噂を聞きつけた出版社の方が「本を出しませんか」と1年間熱心に通ってくださり、50歳になる節目に人生の生きた証として執筆したのが1冊目の著書です。厳しい書籍評論家の方からも大絶賛され、Amazonの食品カテゴリーで1位を獲得しました。
ここ数年、日本のラーメン業界は非常に厳しい状況に置かれていますが最大の原因は「1000円の壁」です。さらに、集客の勢力図も完全に変わりました。今は完全にSNSの時代です。自分が培ってきた古いノウハウだけでは、今の日本国内で勝負を続けるのは難しいと、ここ数年で痛感させられました。
25万食の輸出実績と、海外市場に見出す日本経済への貢献
――今後の展開について教えてください。
たまたまメキシコへの輸出を仕掛けている業者の方から「メキシコに興味はありませんか?」と声をかけられました。なぜか直感的に「行ってみる」と言葉が出たのです。
現在、すでにコンテナ5本分、計25万食の麺とスープをメキシコへ輸出しています。現地で取り扱ってくれている店舗は15店舗ほどに広がっており、3ヶ月に1本のペースで送るコンテナの在庫(5万食)が綺麗に消費されています。
情熱を持った仲間たちとチームを組み、メキシコ国内の取扱店を20、30店舗と増やし、毎月複数のコンテナが行き交うような組織基盤を作っていきたいですね。
――現地でのスタッフとのコミュニケーションや、今後の組織運営についてはどのようにお考えですか。
現在は私以外、日本語とスペイン語の両方を話せる優秀な現地スタッフたちが間に入って、日々の業務をしっかりとサポートしてくれています。
また、今後はこのビジネスをさらに加速させるために、私1人の限界を超えて、一緒に動いてくれるサポーターやメンバーを増やしていきたいと考えています。形はどうあれ、私たちの麺とスープを使って、正しい味のレクチャーさえしっかりと行き届いていれば、ビジネスとして十分に成立するのです。
大きな海で釣りを本気で楽しむ
――仕事以外でのリフレッシュ方法を教えてください。
メキシコに来てからは本当に仕事ばかりで、まだ全然休めていないんです。
日本にいた時は釣りばかりしていました。それも、30kgを超えるような巨大なマグロを一本釣りするような、かなり本気のやつです。私にとって非常に大切な時間でしたので今はまだ道具を持ってきていませんが、もう少し自分自身のスペイン語が喋れるようになって生活に余裕ができたら、ぜひ大物釣りに挑戦したいなと、密かに企んでいます。