守りを固め、次の世代へつなぐ。創業30周年から始まる事業承継への5年間

株式会社玉海力 代表取締役 河邉 幸夫 氏

元力士として競技の世界に身を置き、けがをきっかけに引退。その後、30歳で飲食業を立ち上げ、店舗展開や海外進出、総合格闘技への復帰など、さまざまな挑戦を重ねてきました。創業から30周年を迎えた現在は、経営の第一線から少しずつ距離を置き、息子への事業承継を進めています。外食産業を取り巻く環境が厳しさを増すなか、あえて拡大を急がず、既存店舗を強くすることを重視する理由や、組織づくり、これからの経営について伺いました。

直接お客様と向き合う仕組みが、会社の強みをつくる

――現在の事業の特徴や、他社にはない強みを教えてください。

当社では、2009年頃からCRMやCTIを取り入れてきました。飲食業界の中では、比較的早い段階から導入していたと思います。

集客については、広く不特定多数に向けて宣伝するというよりも、ダイレクトマーケティングを中心に取り組んできました。顧客管理の仕組みも自社で開発しています。お客様との関係を継続的に管理し、直接的な方法で集客してきたことが、当社の大きな強みです。

集客に関しては、現在もそれほど苦労していません。これまで積み上げてきた顧客管理やマーケティングの仕組みが、今の経営を支えていると考えています。

――会社の理念として、大切にしていることはありますか。

「関わるすべての人を幸せにする企業を目指す」という考えを掲げています。また、一人でも多くのお客様にくつろいでいただき、一人でも多くのお客様から「ありがとう」と言っていただける店をつくることを大切にしています。

経営理念や社訓、調理理念もあり、日々社内で共有しています。長く掲げてきた考えなので、現在も基本的な部分は変わっていません。

事業の手法や外部環境は変わっても、お客様に喜んでいただくことや、関わる人を大切にすることは変わらないものだと思っています。

力士から経営者へ。無一文から始まった30年

――飲食業で起業することになった経緯を教えてください。

もともとは力士でしたが、けがを機に引退しました。社会に出たばかりで将来を模索する中、消去法で選んだのが飲食業です。30歳で起業し、無一文に近い状態から5000万円を借り入れて店舗を開業。

時代にも恵まれ、最初の店は順調に軌道に乗り、約5年で借金を返済しました。その後、けがの回復を機に37歳から40歳頃まで総合格闘技へ復帰。燃え尽きるまで挑戦した後、改めて経営に専念し、海外展開を含むさまざまな事業へ取り組んできました。

――経営判断をする際、基準にしている考え方はありますか。

現在は、事業を積極的に広げるよりも、守りを固める時期だと考えています。外食業界では賃金や食材費、酒類の仕入れ価格が上昇し、集客にも費用がかかります。

一方、値上げをすればお客様が離れる可能性もあります。コロナ禍後も夜の人出は十分に戻らず、二極化も進みました。

こうした状況から、採用や出店を増やすのではなく、既存店舗を強くする方針です。2022年に出店した店舗も、投資回収が難しいと判断し、約2年半で撤退しました。今後も無理な拡大は行いません。

職人を採るのではなく、人を育てる組織へ

――社員とのコミュニケーションで意識していることはありますか。

特別なことをしているという意識はありません。長年続けてきたことを、今も変わらず行っています。

スタッフとのランチ会を開くこともありますし、ゴールデンウイークには店舗を一日休みにして、複数の店舗のスタッフが集まるバーベキューを行いました。アルバイトや、その家族も参加しています。

こうした機会は設けていますが、特別な制度として構えているわけではありません。日頃から自然に交流できる関係を続けてきたという感覚です。

――採用や人材育成では、どのような点を重視していますか。

当社では、以前から職人を採用しないと決めています。料理人であっても、最低限パソコンを使えることを採用条件の一つにしています。

高度なITスキルを求めているわけではありません。一般的なパソコン操作ができれば十分です。料理の技術だけを持つ人を採用するのではなく、一般的な感覚や基礎的なスキルを持つ人を採用し、入社後に料理を覚えてもらう方針です。

接客が好きな人や、人と関わることが好きな人であれば、面接のうえで採用することはあります。ただし、現在は積極的な採用活動を行っていません。新卒採用も2009年頃から続けてきましたが、現在は止めています。

新しい挑戦よりも、健全な状態で次代に渡す

――今後の展望について教えてください。

私自身が新たに挑戦したいことは、特にありません。これまで海外展開も含め、さまざまなことに挑戦してきました。自分の中では、仕事に関してやり残したことはないと思っています。

現在は、5年後の引退に向けて準備を進めています。65歳で完全に引退し、息子に会社を譲る予定です。株式についても、以前から毎年少しずつ息子へ渡してきました。

息子は現在31歳です。まだすべてを任せるには不安な部分もありますが、一生懸命取り組んでいることは分かっています。そのため、必要以上に口を出すのではなく、後ろに回って支える段階に入っています。今後の事業の方向性も、ほとんど息子に任せています。

――事業承継までに、どのような状態をつくりたいと考えていますか。

借金のない、健全な状態で会社を渡したいと考えています。

コロナ禍では多額の借り入れを行いましたが、損失については昨年までに解消し、全体としてプラスの状態に戻りました。現在は、低い金利で借り入れた資金の一部を運用に回しています。

これから無理な出店や拡大を行うよりも、現在のプラスの状態を維持し、既存店舗を強くしていくことが重要です。5年後に会社を引き継ぐ際、財務面でも組織面でも、できるだけ良い状態で息子に渡すことが現在の目標です。

第一線を離れても、変化から目をそらさない

――現在、関心を持って学んでいることはありますか。

今、一番勉強しているのはAIです。ビジネスの本質は大きく変わらないと感じるようになり、経営に関する本は、この2年ほどほとんど読まなくなりました。以前は、稲盛和夫さんや永守重信さんの本を数多く読み、自己啓発についても学んできました。

現在は、仕事に関して新しく学びたいことはそれほど多くありません。ただ、AIについては、これだけ進化している以上、学ばなければ時代に乗り遅れるという感覚があります。

人を傷つけないことや、うそをつかないことなど、基本的な倫理観は今も変わりません。新しい技術を学びながらも、そうした人としての基本は持ち続けたいと考えています。

――現在はどのような生活をされていますか。

仕事をする時間は、一日一時間ほどです。会社へ行くのも夕方からにして、できるだけ息子や社員の邪魔をしないようにしています。月末など、書類を確認しなければならない時期は別ですが、普段は必要な部分だけを見るようにしています。

朝はストレッチやトレーニングをすることが日課です。妻とは、犬を連れて毎月一度旅行に出かけています。今は自由な時間を過ごすことができています。

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