「正直にものを作る」――壽屋漬物道場が守り続ける経営理念
有限会社壽屋漬物道場 代表取締役 渡辺 暁史氏
山形県東根市で漬物やりんご酢、完熟梅の砂糖漬「茜姫」の製造・販売を手がける壽屋寿香蔵。食品添加物を一切使用せず、昔ながらの製法を大切にしたものづくりを続けています。その根底にあるのは、「正直にものを作る」という揺るぎない理念でした。本記事では、渡辺氏に事業へのこだわりや組織づくり、今後の展望について伺いました。
食品添加物を使わない“正直なものづくり”
――現在の事業内容や特徴について教えてください。
当社では漬物の製造と、りんご酢の醸造を行っています。
経営理念として掲げているのが「正直にものを作る」という考え方です。その理念に基づき、すべての商品で食品添加物を一切使用していません。
ここでいう食品添加物とは、昔から使われてきた塩や砂糖ではなく、主に昭和以降に製造効率や保存性、味の調整などを目的として広く使われるようになったものを指しています。醤油や味噌などの原材料についても厳選し、食品添加物を一切含まないものを使用しています。
――製造でこだわっていることは何でしょうか?
こだわりを徹底していく中で、お酢にも課題がありました。市販されているお酢の中には、製造工程でアルコールや発酵助剤が使用されていても表示からは添加物の有無が判断できないものがあります。
当社はキャリーオーバーも含めて食品添加物を使わないことを大前提にしているため、納得できるお酢を探した結果、「それなら自分たちで作ろう」という結論に至りました。
漬物屋でありながら、りんご酢の醸造まで手がけているのはそのためです。
――添加物を使わないものづくりには、どんな想いが込められていますか?
食品添加物を否定したいわけではありません。国が安全性を認めたものが流通している以上、それ自体を問題視しているわけではないんです。
ただ、漬物は何百年にもわたって受け継がれてきた日本の食文化です。長い年月をかけて先人たちが築いてきた製法を、これからも大切に継承していきたいという思いがあります。
昔ながらの作り方で正直に作ることが、漬物に対して最も誠実な向き合い方だと考えています。
地域に必要な会社を未来へつなぐ決断
――経営の道に進まれた経緯を教えてください。
私はこの会社を創業したわけではなく、入社したのも5年ほど前です。それまでは27年間、テレビ業界で働いていました。最初はドラマやバラエティの技術スタッフとしてキャリアをスタートし、その後もCMディレクターなど映像制作の仕事に携わってきたんです。
もともと妻の実家がこの漬物店で、私自身は継ぐつもりはほとんどありませんでした。前職がとても好きでしたし、これからもその仕事を続けていくつもりだったんです。
また、実は父も経営者でした。ただ、その姿を見て育ったこともあり、若い頃から「自分は経営者にはならない」と思っていました。責任の重さや忙しさを間近で見ていたので、経営の道を目指したいという気持ちはなかったですね。
――最終的に会社を引き継ぐ決断をした理由は何だったのでしょうか?
転機になったのは、先代である会長の年齢や後継者不在の問題を現実的に考えるようになったことです。子どもが生まれたことで妻の実家に来る機会も増え、会社のことを以前より深く見るようになりました。
そこで気付いたのが、この会社が地域の中でも一定の役割を担っているということです。もし後継者がいなければ、その存在自体が途切れてしまう可能性もあります。
私は長く会社員として働いてきましたし、地域貢献を語れるほどの経験や能力があるとは思っていません。ただ、地域の中で長く続いてきた会社を残し、次につないでいくことには意味があるのではないか。そう考えたことが、引き継ぐ決断の一番大きな理由だったと思います。
――経営判断の軸になっている考え方を教えてください。
判断基準は「自分に正直であるかどうか」に尽きます。
誰かを騙していないか、人に対して嘘をついていないか。その視点で考えるようにしています。社員にも同じことを伝えていて、良いことだけでなく、都合の悪いことも正直に話す。それが信頼につながると思っています。
社員を信じ、主体性を育てる組織づくり
――社内コミュニケーションで大切にしていることは何ですか?
テレビ業界で長く働いていたこともあり、「やりがい」や「達成感」を原動力に仕事をするのが当たり前だと思っていました。実際、自分自身も成果物が世の中に出る喜びを支えに、不規則な働き方を続けてきたんです。
ただ、製造現場で働く人たちの価値観は必ずしも同じではありません。仕事そのものだけでなく、家族との時間や休日の過ごし方、働きやすさを大切にしている人も多くいます。その違いに気づいたことで、自分の考え方も少し変わりました。
だからこそ、社員との会話を大切にしたいと考えています。相手の価値観や考え方を知り、お互いを理解することが、より良い職場づくりにつながるのではないでしょうか。
――組織運営へのお考えを教えてください。
私が入社した頃は、会社のあらゆる判断を社長が行う体制でした。先代には強い求心力があり、それによって会社をまとめてきた歴史があります。
一方で、私は少しずつ現場へ判断を委ねる方向に変えてきました。各部署が自分たちで考え、判断できる範囲を広げていくことで、社員が主体的に働ける組織になると考えているからです。
もちろん、急に全てを任せられるわけではありません。対話を重ねながら、少しずつ現場判断を増やしている段階です。社員を信じて任せることで、「働かされている」ではなく「自分で働いている」という意識に変わっていけばいいなと思っています。
――一緒に働く人に求める姿勢はありますか?
人は実際に接してみないと分からない部分が多いので、特別に「こういう人が良い」という考えはありません。ただひとつ挙げるなら、やはり正直であることですね。
漬物の技術を活かした新たな挑戦
―――今後取り組んでいきたい挑戦や展開を教えてください。
漬物市場全体は緩やかに縮小しています。そのため、漬物だけにこだわるのではなく、培ってきた技術やノウハウを活かして新しい分野へ広げていく必要があると考えています。
そのひとつが、りんご酢を活用した商品開発です。また、漬物の技術を応用した商品にも力を入れています。実際に、漬物の技術を活かして開発した玉ねぎドレッシングは、農林水産省大臣官房長賞を受賞しました。
漬物そのものだけでなく、調味料や飲料などへ展開していくことで、新たな可能性を広げていきたいですね。
――休日のリフレッシュ方法を教えてください。
30年以上スノーボードを続けていて、冬山へ行くことが大きな息抜きになっています。
また、フライフィッシングも長年の趣味です。毛針を自分で巻くところから楽しんでいます。アウトドア全般が好きなので、家族と一緒に登山へ出かけることもあります。
――経営する上で譲れない想いはありますか?
やはり「正直」であることです。
商品について聞かれた時に、「何を使い、どう作っているのか」を胸を張って説明できる状態であり続けたいと思っています。それは製品だけでなく、人との関わり方も同じです。
どこかで嘘をつけば、必ず歪みが生まれます。だからこそ、正直であることを会社の根幹として守り続けていきたいですね。