日本中の優しさを未来へつなぐ――「泊まれるスーパー」で挑む奥能登のインフラ再生
有限会社もとや庄治商店 代表取締役 本谷 一知氏
創業80年のスーパーマーケットを受け継ぎ、奥能登で地域の暮らしを支えてきた本谷氏。能登半島地震と能登半島豪雨を経て、店舗の一部を宿泊施設へ転換する「泊まれるスーパー」構想を進めています。本記事では、地域に残る決意や事業転換の背景、従業員への想い、支援が循環する社会を目指す今後の展望について伺いました。
災害を乗り越え、「泊まれるスーパー」へ
――現在の事業内容や特徴について教えてください。
当社は、奥能登の中心部で創業80年のスーパーマーケットを運営しています。私が3代目として事業を継ぎ、地域の固定店舗を守りながら商売を続けてきました。
しかし、能登半島地震と能登半島豪雨が相次ぎ、従来の形では店舗を維持できない状況になりました。そこで、約300坪ある売り場を3分の1に縮小し、残りを最大100人が泊まれる宿泊施設へ転換する「泊まれるスーパー」を構想しています。
事業の柱は、地域のスーパー、飲食ブース、宿泊施設、観光ガイドの4つです。既存の店舗導線やAIを活かし、少人数で回せる仕組みを目指しています。
――「もとやベース事業」ならではの強みはどこにありますか?
最大の強みは、日本中の支援によって再び立ち上がったストーリーです。
現在の仮設店舗は、2か月で約2,000人のボランティアの方々が力を貸してくださり、企業からの支援も受けて完成しました。私一人が頑張ったのではなく、日本中の優しさでできた店です。
現在、地域の人口は約800人まで減り、寝る場所や食べる場所といったインフラの維持が難しくなっています。インフラがなくなった場所から地域は消えていきます。旅行を通じて関係人口を増やし、地域の基盤を守ることが「もとやベース事業」の役割です。
固定店舗を守り続けることが地域を支える
――経営者になられた経緯と、これまでの事業づくりについて教えてください。
もともとはプロ野球選手を目指していましたが、20代で実家のスーパーを継ぎました。当時は億単位の借金があり、何とか立て直さなければならない状況でした。
大型ショッピングセンターが増える中、私は近さやコミュニケーションを重視し、小回りの利く商売で地域のお客様に向き合いました。その経験が災害後の判断にも活きています。
――被災後も同じ場所で事業を続ける原動力は何でしょうか?
「場所を移した方がよい」とも言われましたが、先祖が守ってきた土地で、駄目でも最後までやると決めています。
洪水の中で父が店を守っていた時、私が「もうやめよう」と伝えると、とても寂しそうな顔をしました。その表情を見て、この場所で続けようと強く思ったのです。
町野町では、目的を持って足を運べる場所が当店しかありません。店の有無が地域を離れる判断材料にもなるからこそ、業態を変えながら残すことが私の役割です。
――経営判断において大切にしている軸を教えてください。
何よりも、地域から固定店舗をなくさないことを優先しています。感情だけでは復興できませんが、過去の商売で身につけた判断力や行動力は、今の再建に活かせています。
同時に、自分が納得できる事業かどうかも大切です。違和感のある事業には手を出さず、目的を理解し、同じ方向を向けるものに集中したいと考えています。
能登の先人と支援者の想いを事業に込める
――事業の理念やビジョンには、どのような想いが込められていますか?
商売以上に大切なのは、助けてくださった方々の優しさや、日本人が本来持つ心根です。
能登には、自分が我慢しても子どもや孫に活躍してほしいと願う文化が残っています。大きな災害を経験したことで、本当の優しさや愛とは何かを強く考えるようになりました。
能登の先人や父親世代の想いを継ぎ、事業を通じて形にすることが私の役割です。いつか「よくやった」と言ってもらえる人生にしたいと思っています。
――経営の中で、これだけは譲れないと考えていることはありますか?
自分の軸は守りたいです。私はここで生まれ育ち、先代から受け継いだものがあります。その背景を切り離し、誰かにコントロールされる形で事業を進めることはできません。
支援の申し出は多いものの、協業には線引きも必要です。善意を断るのはつらい仕事ですが、責任を持って進められる相手かを見極めなければなりません。
苦難をともにした従業員と築く組織
――従業員との関係や、社内のコミュニケーションで大切にしていることを教えてください。
現在の従業員は3人です。もともとは約15人いましたが、震災後に多くの方が辞めました。それでも2人は私を信じ、「一緒にやりたい」と残ってくれました。
その2人は、家族以上に優先すべき存在だと思っています。私を信用して残ってくれた以上、自分の子ども以上に責任を持って人生を支えたいという気持ちがあります。
今は「こうしたい」と伝えれば、そのまま意図が通じます。苦しい状況をともに越えたからこそ築けた信頼です。
――新たに協業する相手や採用する人には、どのような点を求めますか?
大切なのは、直感と性格です。人柄は、実際に一緒に働いてみなければ分かりません。
その人が失敗した時に、自分が包み込める相手かどうかを見ます。極端に言えば、お金を持って逃げられても「この人なら仕方がない」と思えるほど信頼できるかを重視しています。
支援が循環する旅を全国へ
――現在向き合っている課題と、そのために進めている取り組みを教えてください。
これまでは地元のお客様が中心でしたが、「泊まれるスーパー」では全国から人に来てもらう必要があります。現在はSNSで「もとやベース」の活動を発信し、認知を広げている段階です。
ECサイト「Noto Life」も立ち上げました。現在は刺身のみですが、OEMなども活用して商品を増やし、活動を応援してくださる人を広げたいと考えています。
――今後の展望を教えてください。
目指しているのは、支援した人が評価される社会に一石を投じることです。私は1万人以上のボランティアの方々と関わり、社会貢献をしたいという思いを持つ人が多いと実感しました。
そこで、草刈りや雪かきなどの地域課題を解決しながら、美味しいものを食べ、温泉に入り、地域の方から感謝される旅行を提案したいと考えています。これを「支援循環型事業」と名付け、旅行会社と連携しながら形にしていく計画です。
――「もとやベース事業」を通じて、どのような未来を描いていますか?
「泊まれるスーパー」だけで完結させず、農家民宿なども含めて能登全体の経済が回る仕組みをつくり、そのハブになりたいと考えています。
能登ならではの文化や人の優しさを接客や体験に表し、地方創生のヒントとなる形へパッケージ化したいです。まずは能登で実現し、将来は各地へ広げ、その先の世代が上場企業を目指せる事業へ育ててほしいと考えています。