クラシック音楽を、現代にどう届けるか――フルーティスト・井坂実樹が描く新たな可能性 

イツキ音楽事務所 代表 井坂 実樹氏 

井坂氏は、東京藝術大学卒業後、欧州で研鑽を積み、国内外のオーケストラへの客演やソロ・室内楽など幅広い演奏活動を展開してきました。
現在は演奏・教育活動と並行し、イツキ音楽事務所の代表としてイベントの企画・プロデュースにも取り組んでいます。 

伝統を大切にしながら、クラシックの新たな可能性を探る 

――現在の事業内容について教えてください。

事業の中心は、コンサートをはじめとするイベントの企画・プロデュースと、音楽教室の運営です。コンサートでは私自身も演奏家として出演し、さまざまな方々のお力をお借りしながら公演を展開しています。

公演を企画する際には、クラシック音楽がこれまで培ってきた魅力を大切にしています。そのうえで、作品の世界をさまざまな角度から感じていただけるような、新しい工夫も取り入れていきたいと考えています。 

――その考えを形にした公演について聞かせてください。

2026年11月12日に、銀座の観世能楽堂で武満徹没後30年記念公演を開催する予定です。クラシックギターの世界的名手・鈴木大介さん、小鼓の演奏や舞を手がけ、俳優としても幅広く活躍される麻生花帆さんと共に、日本が誇る作曲家・武満徹と、彼に大きな影響を与えたドビュッシーの作品を取り上げます。 

観阿弥・世阿弥の伝統を受け継ぐ観世流の拠点である観世能楽堂――その歴史ある舞台で演奏できることを、大変貴重な機会だと感じています。

今回は麻生さんの小鼓と舞を入れて頂くことによって、西洋音楽と日本の伝統芸能が出会う公演を企画しました。新しい音楽との出会いの機会になれば嬉しく思います。

自らの発信と行動で、演奏活動の可能性を広げる 

――音楽事務所を立ち上げたきっかけは何ですか。

大学卒業後に海外へ留学し、演奏技術を磨いてきました。ドイツのオーケストラの契約団員として働かせて頂いてはおりましたが、音楽家として生きていくことは決して容易ではありませんでした。
演奏の質を高めることは何よりも大切ですが、自分の活動を知っていただくためには、発信も欠かせないと感じるようになりました。 

その思いを強くしたのが、2020年のコロナ禍です。1年先までに予定していた仕事がほぼすべてキャンセルとなり、音楽活動のあり方を改めて考える機会になりました。

同時に、オンラインでの発信が広がるなか、自ら公演を企画し、その魅力を届けるための基盤を持ちたいと考え、イツキ音楽事務所を設立しました。

――続けてきてよかったと感じる取り組みは何でしょうか。

当初は限られた予算の中で、小規模な公演から始めました。一つひとつの公演で得た経験や人とのつながりが、次の活動へと結びつき、新たな演奏機会にも恵まれてきました。 

こうした経験を通じて、自ら行動し、活動を継続していくことの大切さを実感しています。 

相互の敬意と対話が、公演を支える

――共演者やスタッフとの関係で、大切にしていることは何ですか。

公演ごとに演奏家や制作スタッフなど、さまざまな分野の方々と協力しながら企画を進めています。

その際に重視しているのは、丁寧なコミュニケーションを通じて信頼関係を築くことです。企画の意図やそれぞれの考えを十分に伝え合い、一つの公演を形にしていくことを大切にしています。 

――経営において譲れない価値観は何でしょうか。

関わってくださる方々との信頼関係です。互いの立場や専門性を尊重し、皆さんが気持ちよく一緒に仕事のできる環境づくりを心がけています。

公演の企画においては、会場の規模や特性、想定されるお客様の関心に応じて、プログラムの構成から公演全体の演出に至るまで工夫を重ねています。 

クラシック音楽には、直感的に楽しめる魅力に加え、作品の構造や背景を知ることで新たな発見が生まれる、多面的な面白さがあると感じています。

公演を継続するための経済的な基盤も大切にしながら、長期的な視点を持ち、現代におけるクラシック音楽のあり方をどのようにデザインしていくかを模索していきたいと思っています。 

私たちの活動をきっかけに、クラシック音楽への関心が広がり、さまざまな演奏会に足を運んでいただけるようになれば、とても嬉しいですね。 

音楽がもたらす安らぎと、新たな体験の可能性

――今後はどのような公演に挑戦したいですか。

2つの方向を考えています。

1つは、クラシック音楽を通じて、心身を安らげるひとときを届けることです。
現代は効率や時間対効果が重視され、動画を倍速で視聴するなど、短い時間で多くの情報や刺激に触れることが身近になりました。そうした変化には面白さも感じていますが、一方で、日々の忙しさから少し離れ、心と体を休める時間も大切だと思っています。音楽が、そうしたひとときを生み出すきっかけとなるような公演を模索しています。 

もう1つは、五感に働きかける新しい音楽体験の可能性を探ることです。クラシック音楽には、音やリズムの構造、作品が生まれた時代背景など、知るほどに発見が深まる魅力があります。その世界を、多角的に感じていただけないかと考えています。

まだ構想段階ですが、そうした体験がクラシック音楽への関心を広げ、ほかの演奏会にも足を運んでいただくきっかけになれば嬉しく思います。

――今後の活動を広げていくうえで、どのような課題がありますか。

現在、課題だと感じているのは、私たちの活動をより多くの方に知っていただくことです。公演ごとの魅力を、それぞれの関心に合った形で届けられるよう、広報や情報発信にも工夫を重ねていきたいと考えています。 

音楽に求めるものは人それぞれ異なると思います。心身を休める時間を求める方もいれば、新しい表現や感覚との出会いに刺激を感じる方もいらっしゃるでしょう。
そうした多様な関心に応える企画を通じて、これまでクラシック音楽に触れる機会の少なかった方にも、日頃から親しんでいる方にも、新たな出会いのきっかけを届けたいと思っています。 

ものづくりへの関心と、一人ひとりの「花」を大切にする姿勢

――音楽以外で、好きなことや得意なことはありますか。

昔からパソコンを使って何かを形にすることに関心があり、一時はITやプログラミングの分野に興味を持ったほどでした。専門的に学んだわけではありませんが、現在は事務所のホームページの構築や、公演フライヤーのデザインも自ら手がけています。

演奏活動と並行して、企画・制作、経理、広報などを担うことは決して容易ではありません。しかし、公演全体を考えるうえでは、音楽以外の要素も重要だと考えています。

例えば、公演フライヤーもその一つです。作品や企画の世界観を視覚的に表現することで、フライヤーを目にした方が公演そのものに興味を持ってくださるようなデザインを心がけています。 

――音楽を教える際、大切にしている考え方を教えてください。

教室には幅広い年代の生徒さんがいらっしゃいます。学生や働く方、退職後に音楽を楽しむ方など、背景もさまざまです。

年代の異なる生徒さん方と接する上で、世阿弥の『風姿花伝』に登場する「花」という考え方を大切にしています。

私は、人にはそれぞれの年代や経験に応じた、その時々ならではの魅力があると感じています。
若い時期だからこそ生まれる瑞々しい表現もあれば、年齢や経験を重ねることで育まれる深みもあります。生徒さんと向き合う際にも、一人ひとりが持つ魅力や個性を大切にしたいと考えています。

今年に入ってからは、300席以上のホールでの発表会を開催するほか、生徒さん同士や私自身も一緒に演奏を楽しむアンサンブルの会など、音楽を通じて交流できる機会を設けています。

また、演奏するときに身体がどのように働いているのか、楽器はどのような仕組みで音を発するのかといったことを学ぶ講座も行っています。演奏技術の向上だけでなく、音楽に対する興味や理解をさまざまな角度から広げられるよう、生徒さんの熱意に応える活動を続けていきたいと考えています。

私自身も、その時々にできることを精いっぱい重ねていきたいと思っています。これからもクラシック音楽への敬意を忘れず、さまざまな方々のお力をお借りしながら、演奏・教育・企画のそれぞれを通して、音楽の新たな可能性を探り続けていきたいです。

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