地域に根ざしたぶどうとワインづくりで、次の世代へつなぐ――ホーライサンワイナリー株式会社が描く農業の未来
ホーライサンワイナリー株式会社 代表取締役 山藤 智子氏
開墾100年以上という長い歴史あるホーライサンワイナリー株式会社は、ぶどう栽培とワインづくりを軸に、長年にわたり地域に根ざした事業を続けてきました。現在は生食用ぶどうやワインだけでなく、ぶどうジュースやシロップ、バーベキューのたれなどの加工品にも取り組み、事業の幅を広げています。その背景にあるのは、安心安全なものを日本で当たり前に味わえる環境を守りたいという思いです。本記事では、山藤氏に事業への考え方や経営者としての歩み、今後の展望について伺いました。
100年続くぶどうづくりの先に見据えるもの
――現在の事業内容について教えてください。
来年100周年を迎える当社は、長い年月の中でさまざまな時代をくぐり抜けながら、ぶどうとワインに向き合ってきました。ぶどうとワインの事業が軌道に乗るまでには60年ほどかかったと感じています。昭和の時代は、たくさんのお客様を受け入れながら安くておいしいものを届けることに力を尽くしてきましたが、今はそのあり方を変えていかなければならないと考えています。
現在は、ワイン醸造販売、ぶどう農園として生食用のぶどうを育てるほか、そのぶどうを使った加工品の展開も行っています。たとえば、カフェで人気のフレッシュぶどうジュースを商品化したぶどうジュース、ぶどうと生姜のシロップ、そして50年前に2代目が始めた取り組みをもとに商品化したバーベキューのたれなどがあります。いずれも原材料にこだわり、自分たちが納得できる生産者のものを使いながら作っています。
――事業を通じて大切にしていることは何でしょうか。
大切にしているのは、地元に根ざしながら、お客様にとって楽しい場所をつくっていくことです。ぶどうやワインは、なくても生きていけるものかもしれません。それでも、楽しむことや心を満たすことは、人の暮らしにとって大事な要素だと思っています。
また、当社では「洗わなくても食べられるぶどう」を育てており、そうした安心安全なものを日本で当たり前に食べられる世の中にしていきたいと考えています。子どもたちが自然にそうしたものを口にできる環境を守りたい。その思いは、これからの時代に向けてますます大切になると感じています。
さまざまな経験を経て、自然な流れで経営の道へ
――経営者になられたきっかけを教えてください。
もともと、自分が経営者になるとは思っていませんでした。父の代では、娘が2人だったこともあり、外から社長を迎える話もあったようです。私自身も、家業とは別にいろいろなことをやってみたい気持ちが強くありました。
実際に、山梨大学の研究所でワインやぶどうについて学んだ時期もありましたが、農業そのものはできるだけやりたくないという思いもありました。小さい頃から家業を手伝うのが当たり前の環境で育ち、従業員の食事を用意するなど、幼い頃から自然と仕事の一部を担ってきたからです。だからこそ、会社員の妻や主婦のような、家業とは異なる暮らしに憧れもありました。
一方で、留学や百貨店、弁護士事務所、スポーツジム、派遣社員としての生産管理、営業事務、貿易事務など、外の世界でさまざまな仕事を経験しました。そうした経験を積む中で、家業を少しずつ手伝い、親のやり方を見ながら自分なりに工夫を重ねていきました。息子に無理に継がせようとはせず、自分が楽しそうに働く姿を見せることを意識してきました。その一環として、音楽に特化したイベントやフェスにも取り組んできました。
――代表に就任した背景には、どのような思いがあったのでしょうか。
最終的には、誰が代表になるのが会社にとって最も自然で、スムーズかという判断でした。私が代表になったほうが営業面や広報面でも意味があると考えましたし、男性が多い中で女性が前に立つことにも意義があると思っていました。
ただ、実際に代表になってからは、「お嫁さんなのに」といった言葉を向けられることもありましたし、女性が社長になったことで離れていった取引先もありました。
それでも、女性が経営者になることが特別視されない社会にしたいという思いは強くあります。男だから、女だからではなく、その人に合った立場で役割を担える社会のほうが健全だと思うからです。
地域の生産者とともに、利益が出る仕組みをつくりたい
――今後の展望について教えてください。
これから力を入れていきたいのは、地元の生産者がきちんと利益を出せる仕組みをつくることです。生のままでは売りにくいものがあっても、加工すれば価値を高められる可能性があります。当社が買い取り、加工し、販売していく流れを強化することで、生産者が安心して作れる環境を広げていきたいと考えています。
今、農業は非常に厳しい状況にあります。気候変動の影響でぶどう栽培の手間は10年前よりも大きく増え、しかも手作業が中心です。規模を広げれば売上は上がっても、経費も増えるため、利益が伸びにくい現実があります。若い人が入ってこられる農業にしなければ、この先は成り立たなくなるという危機感があります。
また、当社ではできる限り日本産の原料を使っていますが、その原料自体の確保が難しくなっているものもあります。だからこそ、農業関係者に声をかけ、当社が買い取る前提で作ってもらう流れをつくっていきたいのです。ロスを減らし、生産者に利益が出る形をつくることが重要だと考えています。
――課題として感じていることは何でしょうか。
最大の課題は、生産が追いついていないことです。良いぶどうは高価であり、適正価格で売ろうとすると、日本国内では簡単ではありません。一方で、日本の安心安全な農産物には価値があると感じています。その価値が国内で正当に評価されることが本来は理想ですが、現実には価格との折り合いが難しい場面も多くあります。
そのため、加工品については輸出も視野に入れながら、国内価格とのバランスを探っていく必要があると考えています。ただし、単に高価格帯へ振り切るのではなく、日常の中で手に取ってもらえる形を目指したい思いもあります。富山には川も海も山もあり、水もおいしい。これほど恵まれた地域だからこそ、ぶどうに限らず、さまざまな生産者と組みながら加工品を生み出し、地域全体で利益を出せる仕組みへつなげていきたいです。
食と健康を見つめ直すことが、企業にも力を与える
――最後に、経営者やこれから起業する方へメッセージをお願いします。
これからの時代、会社にとって社員の健康はますます大事になっていくと思います。福利厚生に力を入れる企業も増えていますが、心のケアだけでなく、きちんとしたものを食べることも同じくらい重要ではないでしょうか。誰が作ったのかがわかるものを、自然のある場所で食べる。そうした時間や食のあり方は、結果として医療費の軽減や働く人の活力にもつながっていくはずです。
経営で利益を伸ばしていくことはもちろん大切ですが、会社が大きくなるほど、一人ひとりの健康や日々の状態は見えにくくなるものです。だからこそ、トップに立つ方ほど、自分自身も良いものを食べ、社員にも良いものが届く環境を意識していただきたいと思います。
野菜やぶどうも含め、食の力を見直すことが、これからの企業づくりにとって大きな意味を持つのではないかと思います。