“体験を売る出版社”として――一冊の本から広がる物語と可能性
株式会社英智舎 代表取締役 上村 雅代氏
ひとり出版社という形で、本の企画から販売までを著者と一緒に作り上げている株式会社英智舎。ただ本を作るだけではなく、その先の展開まで考えているのが特徴です。朗読劇やミュージカル、映画など、本を原作としてさまざまな媒体へ広げていくことを目指しています。今回は、英智舎が大切にしていることや、これから目指していきたい出版の形について、代表取締役の上村氏にお話しを伺いました。
目次
一冊ずつ丁寧に向き合う“ひとり出版社”という形
――現在の事業内容や特徴について教えてください。
英智舎は、ひとり出版社として活動しています。たくさんの人数で大量に本を作るというのではなく、一冊一冊を著者と二人三脚で作っていくスタイルです。企画段階から販売まで、一緒に伴走しながら本を形にしています。
また、書店に本をならべて終わりではなく、刊行後の展開も一緒に考えていくことを大切にしています。原作となる本を作り、その世界観を朗読劇やミュージカル、映画などへ広げていく。そうしたメディア展開を見据えながら、本づくりをしているんです。
これまでにも、本を原作にしたミュージカルや朗読劇などを手がけてきました。出版という枠だけにとどまらず、一つの作品としてどう広がっていくかを考えながら取り組んでいます。
――他社にはない強みはどのような部分でしょうか。
一冊一冊に深く向き合い、著者と二人三脚で作っていくところが一番の強みだと思っています。大量生産はできませんが、その分、一冊に込める愛情はとても強いです。
もちろん、ひとり出版社には弱みもあります。大手出版社のように大規模な書店営業や広告展開をするのは難しい部分があります。ただ、その代わりに、本屋で売るだけではなく、舞台やイベントなど“本を届ける場所”そのものを作ることができるのは強みだと思っています。
英智舎では「体験を売る出版社」という標語を掲げています。読者にとって人生が変わるような読書体験の提供を目指すと同時に、本作りを通じて著者の人生が棚卸しされ、新たな気づきを得る体験の場でもあると思っているんです。
実際、本づくりをした方から「自分の事業内容が整理できた」「頭の中がクリアになった」と言っていただくことも多くあります。
出版社を立ち上げた理由と、“面白い方を選ぶ”経営
――出版社を立ち上げたきっかけを教えてください。
もともとは、芥川賞作家、荻野アンナさんの助手として13年ほど口述筆記をしていました。先生がお話しされることを打ち込んでいく仕事を続ける中で「よい文章はこうやって作られていくんだ」ということを、たくさん学ばせてもらいました。
昔から小説家になりたいという思いもあったので、その経験はとても大きかったです。その後、いろいろな出版社さんとのご縁ができて、ビジネス書や実用書のライターとして経営者を中心にさまざまな方の取材や執筆をするようになりました。
いろいろな出版社と本を作る中で、「もっとこういう本づくりができたらいいのに」という想いが強くなっていったんです。それなら自分でやってみようと思い、個人事業として本づくりを始め、その流れで法人化しました。
また、家族の影響も大きかったと思います。実家では経営の話をすることが多く、自分で何かをやることへの抵抗感はあまりありませんでした。さらに、夫がすごく応援してくれていて、子育ての面でも支えてくれているので、その存在がとても大きいですね。
――経営判断の軸になっている価値観はありますか。
私は、「面白い方を選ぶ」ということを大切にしています。
ここでいう“面白い”というのは、奇抜さではなく、読者や著者がワクワクできるかどうかです。どれだけ堅いテーマの本でも、ストーリー性を加えたり、対話形式にしたり、ふんだんにイラストを取り入れたり、いろいろな挑戦をしています。
本づくりって、会議を重ねれば重ねるほど無難になりやすい。でも、一人出版社だからこそ、自分で「こっちの方が面白い」と思う方向へ挑戦できる。その自由さは大きいと思っています。
これから一緒に本づくりをしていく方とも、「一緒に面白がれること」を大切にしたいですね。
“夢を描ける仲間”と一緒に、本を作る
――一緒に働きたいと感じる人の特徴を教えてください。
一緒に夢を描ける人ですね。
私がやろうとしていることは、まだあまり前例のない形だと思っています。本を出版して終わりではなく、その先の展開まで考える出版の形なので、決まったレールの上を走る仕事ではありません。
だからこそ、「一緒に面白がれる人」と仕事をしたいと思っています。
本づくりには、ライターさんや編集者さん、デザイナーさんなど、多くのフリーランスの方が関わってくださっています。一冊ごとにチームを組みながら制作を進めているんです。
その中で大事にしているのは、「関わった仕事がどう広がったか」を共有することです。例えば、表紙デザインだけを担当してくださった方にも、「この本が朗読劇になりました」と報告したり、読者の感想を共有したりしています。
自分が関わったものが、どう世の中へ届いているかをクリエイターさんが知ることで、よりやりがいや楽しさを感じてもらえるんじゃないかと思っています。
紙の本の魅力を、これからも伝えていきたい
――今後の展望について教えてください。
これからも、一冊の本からいろいろな展開を生み出していきたいと思っています。
その一つが、「他己紹介 」というブックレット制作です。経営者の方などを第三者目線で紹介する小冊子で、自分で自分のことを書くよりも、その人の魅力が伝わりやすいと感じています。
ありがたいことに、人とのご縁から「本を出したい」と相談いただくことも増えていて、その方の魅力をどう伝えるかを考えるのが、私自身すごく好きなんです。
また、「紙の本の魅力を伝えたい」という想いも強く持っています。電子書籍やオーディオブックも便利ですし、今後も活用していくと思います。でも、やはり紙の本だからこそ生まれる読書体験があると思っています。
その想いから2025年の秋には、「それでも紙の本が好き」というタイトルの、紙の本の魅力を伝える短編映画制作にも挑戦しました。紙の本の魅力を、紙ではない媒体で伝えたいと思ったんです。出版不況と言われて長いですが、それでも私は紙の本が好きですし、その魅力をこれからも伝えていきたいと思っています。
さらに、英智舎では「なーるべく絶版にしない」ということも大切にしています(現在までのところ、絶版になった本はありません)。本には、著者の人生や想いが詰まっています。だからこそ、できる限り長く届け続けたいと思っています。
子育てと仕事が自然につながる働き方
――最後に、休日のリフレッシュ方法を教えてください。
休日は、子どもと遊びに行ったり、家で一緒に過ごしたりしています。
ひとり出版社の良さは、自宅でも仕事ができることなんです。なので、仕事とプライベートの境目がそこまでありません。家の中には本やゲラが普通にあって、子どもたちも自然とその環境の中で過ごしています。
「仕事をしている母親を見る」というのも、子どもたちにとって自然なことになっている気がします。
もちろん大変なこともありますが、自分がやりたくてやっている仕事なので、その“大変さの質”が違うんですよね。やりたくない仕事をしているわけではなく、「楽しいからやっている」という感覚が強いんです。
好きなことを、自分のペースで続けていける。そんな働き方の魅力を、これからも伝えていきたいです。