460年の歴史を変革で未来へつなぎ、鎌先温泉を選ばれる目的地に

合資会社一條旅舘 代表 一條 一平氏

1428年に発見された宮城県白石市の鎌先温泉で、1560年代から歴史をつないできた一條旅舘。20代目当主の一條氏は、東京のホテル勤務を経て家業に戻り、経営危機や東日本大震災、新型コロナウイルス禍を乗り越えてきました。受け継いだものをそのまま守るのではなく、自分たちが泊まりたい宿を目指して改革を進める一條氏に、経営判断の軸や現在の課題、リフレッシュの方法まで伺いました。

自分たちが泊まりたい宿を目指し、従来のやり方を一新

――合資会社一條旅舘の歴史について教えてください。

温泉が発見されたのは1428年で、室町時代のことです。当時は、温泉が湧いているだけの場所だったと伝えられています。初代の一條長吉が京都から宮城の地へ来たのは1560年代のこと。書物にも記録が残っており、私で20代目になります。江戸時代には、この地で湯を守り続ける役割を担い、代々、地域の運営にも関わってきました。

当社だけが続けばよいとは考えていません。私たちは地域に支えられているため、鎌先温泉にある宿が一緒に生き残ることが大切です。当社だけに明かりがついていても、周囲の宿が暗ければ、お客様が訪れたいと思う場所にはなりません。

――家業を継ぐことになった経緯を教えてください。

私は、母が信仰していた宗教の二世として育ちました。学問よりも布教活動が優先され、大学へ進むことも認められない環境だったのです。それでも東京へ出たいと考え、自分でホテルの専門学校に願書を出し、「専門学校日本ホテルスクール」へ進みました。外から見れば、将来旅館を継ぐための修業に見えるかもしれません。しかし、実際には家を離れたいという思いが強くあったのです。

卒業後は東京のホテルで働き、家族とはほとんど連絡を取っていませんでした。しかし、その後、妻がコンタクトレンズをつくった店へ代金を届けに行った際、偶然、母と再会しました。事前に母が来ると知っていたら、私はその店へ行かなかったと思います。不思議な巡り合わせが、家業へ戻るきっかけになりました。

――経営を引き継いだ当時は、どのような状況でしたか。

私が戻った後、父が自死し、十分な信用も人脈もない状態で世代交代を迎えました。建物や設備にも問題があり、社員も思うようには動きません。何をするにも、初めてのことばかりでした。

そこで女将と2人で、「自分たちが泊まりたい宿にしよう」と決めました。必要だったのは、部分的な改善ではありません。不要なものを捨て、仕事の進め方を変え、従来のやり方を1つずつ見直す改革でした。

母から、自分が去るまでは変えないでほしいと言われたこともあります。それでも、これまでと同じことを1日でも続ければ、また同じ結果になります。歴史を残すためにも、変えるべきものはすぐに変えなければならないと考えました。

社員を守る決断と、言い方・聞き方から築く信頼関係

――経営判断で大切にしていることは何ですか。

私は、社員を守ることを大切にしています。東日本大震災の際には、42日間の休業を選びました。周囲では工事関係者を受け入れる動きもありましたが、当時の条件では利益が出にくく、社員が疲弊する懸念がありました。ほかの宿で盗難やのぞきなどの被害があったとも聞いており、若い社員を守る必要があると判断しました。

売り上げはゼロになりますが、借り入れをしてでも社員を守ろうと考えました。周囲から批判されることもありましたが、休業中には、それまでできなかった設備投資を進めています。その後は、東北を応援しようと多くのお客様に来ていただきました。

新型コロナウイルス禍で強みとなったのは、食事を個室で提供していたことです。少人数や家族単位で利用できるため、制限を受けにくく、口コミでお客様が増えていきました。 

割引施策が始まった際には、その分を値下げに使うのではなく、価格を上げる判断をしたこともあります。ただし、料理、接客、清掃の質を高めることが前提です。その価値をお客様に受け入れていただき、客単価の向上につながりました。

――社員とのコミュニケーションで意識していることを教えてください。

私は、話し方と聞き方をもっとも重視しています。同じ依頼でも、言い方によって受け取る側の印象は変わります。失敗した社員に対しても、「いつもそうだ」と責めるのか、「どうしたの」と声をかけるのかで、その後の関係は大きく違います。

信頼関係を築くには、まず言い方と聞き方を整える必要があります。社員だけに変化を求めるのではなく、私と女将が先にコミュニケーションを学び、全館を休館にして、全社員で研修を受ける取り組みを実施していました。

社長だからといって、いつも怖そうにしている必要はありません。普段は少し抜けているくらいが、組織のなかではちょうどよいと思っています。一方で、資金繰りや災害など、重要な判断が必要な場面では、私が責任を持って采配を振ります。普段の親しみやすさと、いざというときの決断力。その両方を見せることが大切です。

営業力と人材育成を磨き、地域と業界に挑戦する勇気を示す

――現在の課題について教えてください。

現在の最大の課題は営業力です。2025年9月にグランドオープンした施設は、まだ十分な水準には届いていません。当初の計画を下方修正し、中期計画もつくり直しました。経営者の仕事は、資金繰り、営業、採用の3つだと考えています。そのときどきの状況に応じて、優先順位を入れ替えながら進めています。

現在は人員をおおむね確保できているため、今後は採用した社員の教育が重要です。全体研修や部門長研修だけでなく、一人ひとりに目を配り、細かなケアも進めていく必要があります。

――今後、どのような宿と地域を目指しますか。

今回の設備投資は18億円で、借入額は売り上げの数倍に上ります。それでも、これまで積み上げてきた実績と信用があったからこそ、必要な資金を調達できました。中小企業でも、得意な分野を磨き、実績と信用を重ねれば、大きな挑戦ができます。当社の事例を見て、旅館業をはじめとする中小企業の経営者に、勇気を持ってもらいたいと考えています。

国内外を問わず、個人のお客様を中心にする方針は変わりません。海外での営業活動も行い、英語、中国語、韓国語、(スペイン語を省きました)に対応できる社員の力を活かしています。営業と現場の対応力を結びつけ、選ばれる宿をつくっていきます。

――どのようにリフレッシュしていますか。

私の楽しみは、食べ歩きと飲み歩きです。長く付き合っている経営者仲間と店を巡り、仕事の悩みを話しています。会話のなかから新しい気づきが得られますし、言葉にするだけで気持ちが軽くなることもあります。

私は机に向かっているより、お客様と接している時間が好きです。宿のバーが混み合い、飲み物が出るまで時間がかかるときには、自分のセラーからシャンパンを持ってきて、お待ちのお客様に注ぐこともあります。待つ時間まで楽しんでいただきたいからです。

私が宿にいる日にあわせて予約してくださるお客様もいます。そうした時間を私自身も楽しみながら、21代目に引き継ぐまでに、鎌先温泉そのものが目的地として選ばれる状態をつくっていきます。

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