400年の歴史を受け継ぐ杉田梅を、地域の食文化と事業として次世代へつなぐ
合同会社横浜旬・菜・果 代表 市原 由貴子氏
合同会社横浜旬・菜・果は、横浜・杉田に伝わる「杉田梅」を活かした加工品の製造・販売を行っています。ワークショップや講演会、地域行事にも取り組み、商品だけでなく、その背景にある歴史や食文化を伝えてきました。今回の取材では、杉田梅との出会いや設立の経緯、事業を次世代へ引き継ぐための取り組みについて、市原氏に伺いました。
杉田梅の歴史と食文化を伝える事業の始まり
――設立の経緯を教えてください。
当社を設立したのはそれほど前ではありませんが、杉田梅に関する活動は約30年前から続けています。現在の横浜市磯子区杉田は住宅地ですが、約400年前には梅の名所として知られていました。その風景が描かれたり、天皇陛下が訪れたりしたと伝えられています。そうした杉田の文化を、もう1度地域のなかで立ち上げようという動きがありました。
私はもともと、栄養学や調理学、食品衛生学などを人に伝える仕事をしていました。梅には花だけでなく実もあります。食品を扱う立場として、杉田梅の実を使った活動にも関わるようになりました。
――活動を続けて、どのような反響がありましたか。
活動を続けるうちに杉田梅の知名度が少しずつ高まり、「商品を食べてみたい」「自分でもつくってみたい」という声をいただくようになりました。そこで、加工品の製造・販売やワークショップ、講演会などを行うため、合同会社横浜旬・菜・果を立ち上げることになったのです。
ちなみに、杉田梅と出会ったのは、杉田へ転居した後です。私は子どもの頃から梅干しが大好きで、食品のなかでも1番好きでした。この地域に杉田梅という品種があると聞き、横浜市教育委員会が行っていた講習会に参加しました。
そこで初めて杉田梅の実を見て、その大きさと香りの良さに驚いたのです。講師を務めていた杉田梅のパイオニアの方に、杉田梅に関するさまざまな質問をしました。それがきっかけとなり、声をかけていただき、約30年にわたって知識や知恵を教えていただいています。
――事業において大切にしていることを教えてください。
当社が大切にしているのは、商品だけを販売するのではなく、その背景にある文化や歴史も伝えることです。現在は、お金を出せばさまざまなおいしいものを購入できます。そのなかで杉田梅に興味を持っていただくためには、1粒の梅の背景に約400年の歴史があることを知っていただく必要があります。
当社の梅干しには添加物を使っていません。梅と塩、または梅と赤しそと塩だけでつくっています。私が考えているのは、自然の素材でつくったものは強く、人の健康を支えるということです。この考え方は、将来誰かに事業を引き継ぐときにも、揺らがせたくない部分です。
自分の強みを活かし、杉田梅への思いを共有できる組織へ
――組織を運営する上で大切にしていることは何ですか。
私自身、経営者としては、まだ学ぶことが多いと感じています。学問や食品加工については知識がありますが、経営については素人に近いところから始めたようなものです。
ただ、事業の立ち上げから製造、販売まで、必要な仕事のほとんどに関わってきました。すべてを自分で経験したからこそ、わかることもあります。その経験を自分の強みとして活かしながら、経営の骨組みを整えていきたいと考えています。
――経営判断の軸にしていることを教えてください。
経営判断で重視しているのは、杉田梅の歴史や食文化を守るという理念を理解し、共有していただけるかということです。当社の商品は手仕事でつくるため、工場で大量生産する場合に比べてコストが高くなります。
一方で、利益がなければ企業として継続できません。理念を大切にしながら、事業として成立させる必要があります。そのため、取引先の方々とは互いの考えを共有し、条件について丁寧に話し合うようにしています。
――現在の組織体制について教えてください。
現在、社員は私と夫の2人です。夫は長年営業職に携わってきました。今後は、その経験を活かして、営業や事務に関する仕事を担当する予定です。繁忙期には、地元のアルバイトの方々にも手伝っていただいています。
皆さん杉田梅への理解があり、働く方同士のコミュニケーションも良好です。一方で、長く支えてくださっている方々の年齢も上がっているのが現状です。そのため、若い方にも少しずつ参加していただいています。
杉田の町全体に梅を増やし、次の世代へ事業を渡す
――今後、どのようなことに挑戦したいですか。
今後は、梅干し以外の商品について、外部への製造委託を増やしていきたいです。現在もドレッシングやあんパンなどは、外部に製造をお願いしています。これからは、サイダーや梅酒、ゼリー、飴、アイスクリームなども検討中です。杉田梅は当社で集め、商品の製造を委託し、完成したものを買い取って販売する形です。
自社ですべてつくる場合と比べると、利益率は下がります。ただし、製造できる数量を増やせれば、全体として収益を伸ばせます。私と同じ知識や経験を持つ方をすぐに見つけることは難しいため、外部の力を借りながら事業を続けやすい形にしたいと思っています。
横浜市や区との連携も大切にしています。行政と一緒に取り組めることを増やし、イベントへの出展にも力を入れる予定です。
――現在進めている地域での取り組みについて教えてください。
杉田梅そのものを増やす取り組みも進めています。杉田は住宅地であり、大きな梅林をつくることは簡単ではありません。そのため、戸建て住宅や学校、病院、行政施設などに苗木を植えていただいています。
大きな梅林を1つつくるのではなく、町のさまざまな場所に杉田梅を植え、町全体を梅の町にすることが目標です。
私は60歳を過ぎ、事業を次の世代へ渡す時期を意識するようになりました。杉田梅が好きで、活動を手伝いたいと言ってくださる方はたくさんいます。しかし、企業を引き継ぐためには、事業として収益を上げられる状態にしなければなりません。
――海外への展開は視野に入れていますか。
日本食やお弁当、おむすびの文化が海外でも広がり、ヨーロッパや北米で梅干しを求める方がいるという話も聞いています。将来的には、輸出についても考える必要があると思っています。海外への展開は若い方のほうが得意な部分もありますので、知識を持つ方と協力しながら進めたいです。
鎌倉や映画、読書で気分転換する休日
――リフレッシュ方法・休日の過ごし方について教えてください。
休日には、鎌倉のおいしい店を探して食事をしたり、映画を見たり、本を読んだりして気分転換をしています。食べることが好きだという気持ちも、食品に関わる活動の原点の1つです。
私の代で一定の収益を確立し、杉田梅への思いを持つ若い方へ事業を引き継ぐことが、今の責務だと考えています。商品だけでなく、地域の歴史や家庭で梅を加工する文化も含めて、次の世代へつながる仕組みをつくっていきたいです。