肉盛り溶接の「世界トップクラス」を次世代へ。技術の言語化と発信で挑む、ものづくりの再生と延命
株式会社井田熔接 代表取締役 井田守昭氏
日本の製造業やインフラを、文字通り「裏側」から支え続けてきた技術があります。それが、摩耗や破損した金属部品に溶接を施し、新品同様の性能に再生・強化する「肉盛り溶接」です。大阪に拠点を構える株式会社井田熔接は、この特殊技術に特化し、三代にわたって研鑽を積んできました。
三代目代表取締役に就任した井田守昭氏は、先代から受け継いだ職人技を守るだけでなく、今の時代に即した「技術の可視化」と「積極的な情報発信」に注力しています。職人の世界にありがちな「見て覚えろ」からの脱却を図り、若手が短期間で成長できる環境を構築。世界に誇る技術をいかにして守り、次世代へと繋いでいくのか。現場の第一線で今なお汗を流す「プレイングマネージャー」としての覚悟と、家族的な絆を大切にする経営哲学に迫ります。
目次
肉盛り溶接に特化した「再生」のプロフェッショナル。社会の縁の下の力持ちとして
——株式会社井田熔接の事業内容と、その特徴について教えてください。
弊社は「肉盛り溶接」という、非常にニッチですが重要な技術に特化した事業を展開しています。肉盛り溶接とは、摩耗したり破損したりした部品に溶接を盛り、元の形状に再生させたり、表面を強化して部品の寿命を延ばしたりする溶接の技術のことです。いわば、製造業やインフラの「縁の下の力持ち」として、ものづくりを支える役割を担っています。
最大の特徴は、この道一本で培ってきた圧倒的なノウハウです。一般的な溶接には国家資格や様々な検定がありますが、実は肉盛り溶接には公的な第三者認定制度がありません。だからこそ、各社の技術力に大きな差が出る世界なのです。弊社は先代の頃から「基本に忠実」であることを何よりも大切にしてきました。その愚直なまでのこだわりが、お客様からの「井田熔接なら安心だ」という信頼に繋がっており、世界トップクラスの技術力であるという自負を持って日々の作業にあたっています。
ものづくりへの愛を継承。職人の「総入れ替え」という壁を越え、三代目の覚悟
——井田代表が家業を継ぎ、経営の道に進まれたきっかけは何だったのでしょうか。
私は三代目になりますが、幼少期からものづくりが大好きで、自然とこの業界に入りました。入社して16年ほどになりますが、大きなきっかけとなったのは、技術継承のタイミングです。私が就任する時期は、先代から会社を支えてくれたベテラン職人たちが一斉に引退を迎える、いわば「職人の総入れ替え」という大きな転換期と重なっていました。
会社は「人」そのものです。長年培われてきた熟練の技を絶やしてはいけないという使命感がありましたし、同時に自分自身もトッププレイヤーとして腕を磨き、まず自分ができないことには誰にも教えられないと考え、必死に技術を習得しました。また、16年前に入社した当時、小規模な弊社にはまだホームページがありませんでした。これからは発信力が不可欠になると確信し、独学でサイトを立ち上げたのも一つの転換点です。自らシフトを切ることで、新規のお客様との繋がりが生まれ、伝統を守りながらも新しい色を出していく覚悟が決まりました。
社員とその家族は「第二の家族」。役割の明確化で自覚と成長を促す
——少人数の精鋭チームを運営する上で、大切にされているコミュニケーションや工夫を教えてください。
現在は私と会長、そして現場の職人3名の計5名で現場を回しています。私自身も現役の溶接工として毎日現場に入っていますので、社員との距離は非常に近いです。組織運営の工夫としては、代表就任を機に、最も信頼のおけるスタッフを「工場長」に任命しました。これまで全員が同じ責任で動いていましたが、あえて役割を明確にすることで、一人ひとりに自覚を持って仕事に取り組んでもらう「組織化」を図っています。
コミュニケーションの根底にあるのは「家族」という意識です。社員はもちろん、その先にいるご家族も含めて幸せであってほしい。だからこそ「最近どう?」といった何気ない会話を大切にしています。職人気質で口下手なメンバーが多いですが、現場で顔を合わせながら、フラットに何でも言い合える関係を築いています。採用の部分で言うと、ものづくりが好きで、手先が器用であることはもちろんですが、何よりこの「井田熔接の和」を大切にしてくれる「いい子」と一緒に歩んでいきたい。その想いが強いですね。
技術を「言語化」し、次の時代へ。「肉盛り溶接といえば井田」と言われる存在に
——今後の展望や、挑戦していきたいことについてお聞かせください。
無理に規模を拡大するのではなく、「肉盛り溶接といえば、井田熔接」と真っ先に思い出していただけるような、唯一無二の存在であり続けたいと思っています。そのために今取り組んでいるのが、技術の「言語化」です。かつての職人の世界は「見て盗め」でしたが、今の時代、それでは技術は残りません。できるだけ仕組み化し、言葉で伝えることで、次の世代がより高いレベルへチャレンジできる環境を整えていきたい。
日本の製造業は今、非常に厳しい逆風の中にあります。しかし、この逆風を耐え抜き、最後まで生き残った会社こそが、これからの日本の要になると信じています。私たちは「技術力・信頼・人材」という三本の柱を軸に、どんな時代でも社会に必要とされる会社であり続けることを目指します。
リフレッシュの源は「家族の時間」。日本人に足りない幸せの原点を大切に
——お忙しい日々のなかで、井田代表のリフレッシュ方法や大切にされている時間はありますか。
週末は必ず、妻や子供、そして自分たちの友人家族と一緒に過ごす時間を大切にしています。みんなで集まって顔を合わせるのが、私にとって最高のリフレッシュであり、気持ちの切り替えになっています。
よく「働くことは家族のため」と言われますが、これは日本人に最も足りていない視点かもしれません。まず自分が幸せを感じ、家族を愛しているという土台があるからこそ、仕事でも良いパフォーマンスが出せる。その気持ちの原点を忘れないことが、経営者としても一人の人間としても、何より大切だと考えています。