空間の制限を超え、日本の強みを次世代へ繋ぐ――「人のデジタルツイン」が拓くフィジカルAIの未来
株式会社COMMONGROUND 代表取締役 湯淺 知英氏
東京大学を中心に研究されてきた「コモングラウンド」の技術をベースに、2025年に創業した東大発のディープテック・スタートアップ、株式会社COMMONGROUND。離れた場所にいる人同士が、あたかも同じ空間に対面しているかのような精緻なコミュニケーションを可能にする次世代技術の開発で注目を集めています。前職の大手ゼネコンで長年デジタルツイン技術の開発に携わってきた代表取締役の湯淺知英氏が、なぜ「建物」から「人」のデジタルツインへと舵を切り、起業という道を選んだのか。そして、この革新的な技術がもたらす未来の社会像と、日本のものづくり産業に対する熱い想いについてお話を伺いました。
目次
リアルな「場所」の価値を最大化する、ARを超えた新次元コミュニケーション
――現在の事業内容や特徴について教えてください。
私たちは、遠隔地にいながらにして、極めて対面に近いコミュニケーションを実現する次世代のサービスを展開しています。具体的には、離れた場所にいるAさんの身体の動きや声をデジタルデータ化し、Bさんの目の前にリアルタイムで再現します。同時にBさんのデータもAさんの前に再現することで、実際には何百キロと離れていても、まるで同じ部屋で向かい合って話しているかのような空間を作り出すのです。
私たちが最も大切にしているのは、その「場所」や「空間」ならではの価値を生み出す、つまりリアルな場所に根差しているという点です。これまでのXRやメタバースの多くはゲームやエンターテインメントが中心で、仮想空間の中で完結するものが主流でした。しかし、私たちは完全にBtoBのビジネス視点を持っています。
私が建設業界出身ということもあり、バーチャルな世界そのものよりも、いま私たちが生きているこの現実の空間、オフィスや会議室の価値をどこまで高められるかに興味があり、それがこれからの勝負どころだと思っています。この技術が組み込まれることで、オフィスであればより生産性の高い議論ができるようになり、住宅であればより住みたくなる家に、ホテルであればさらに魅力的な空間へと、リアルなアセット(資産)の価値が引き上げられます。現実の業務や生活のなかにどれだけ深く溶け込めるかを、常に追求しています。
人生をかける価値を見出した東大発技術との出会い
――経営者になられた経緯を教えてください。
前職の建設会社では、現実の建設現場を仮想空間に再現する「デジタルツイン」の研究開発に取り組んでいました。しかし、空間だけを再現しても、そこにいる「人」の存在や熱量がなければ本当の価値は生まれないと感じるようになりました。
そんな中、東京大学で「コモングラウンド(バーチャルとフィジカル、エージェントと環境をつなぐ共通基盤)」を研究していた豊田啓介特任教授から、「一緒に社会実装を目指す会社を立ち上げないか」と声をかけていただきました。
約2年間悩みましたが、前職での役割に一区切りがついたこともあり、人を中心とした新たなデジタル技術に挑戦するため、創業を決意しました。
日本のインフラアセットを活かした「フィジカルAI」の展望
――今後の展望や挑戦したいことを教えてください。
中短期的な視点では、先ほどお話ししたようにリアルな場所に価値を創出するビジネスを愚直に育てていきます。そのためには、言葉や動画で説明するよりも、まず実際に体感してもらうことが何より重要です。弊社が設立する前、2021年からコモングラウンド・リビングラボ(CGLL)という民間各社が集まる団体で、本技術実証が進められており、2025年10月の大阪万博では多くの方に体験頂くイベントが開催されました。弊社は、その翌月から現在まで、渋谷にある東急株式会社さんのオープンイノベーション施設に常設展示を行っています。2026年度内には、さらに国内で5〜6拠点の拠点を追加していく予定です。
そして、中長期的に見据えているもう一つの巨大な柱が「ロボットの視点」です。近年、ChatGPTのようなLLM(大規模言語モデル)が人間の知的な作業をサポートしてくれるようになりましたが、それらはあくまでネット上の世界に閉じています。私たちが洗剤を入れてほしい、料理を作ってほしいと頼んでも、物理的には何もしてくれません。
今後は、現実世界で人間を物理的にサポートするロボットとそれを実現するAI、いわゆる「フィジカルAI」が確実に普及していきます。そのとき、ロボットが人間の生活空間に入り込んで安全に動くためには、ロボットからみた空間の構造理解だけでなく、その中で「人間とロボットが今どこにいて、どういう動きをし、すべきなのか」など、リアルタイムかつ正確に捉え続けて、それぞれの関係性を適切に理解することが不可欠になります。私たちは、フィジカルAIと環境側をつなぐ、LBM:Large Behavior Model(大規模行動モデル)を作ること。言い換えれば、ロボットが人間社会と共生するための「空間に宿るブレイン(頭脳)」をつくることこそが、強固なインフラビジネスになると確信しています。
――これだけは譲れないという強い想いを教えてください。
少し大きな話になりますが、私はこのビジネスを通じて「日本の産業の積み上げ」に貢献したい、という強い想いがあります。現在のスマートフォンやスマートグラスといったデバイス、あるいは最先端のAIモデルの多くは海外製で、日本はただの「使う側(消費側)」に回ってしまいがちです。空中戦のようなインターネットの領域でアメリカなどのテックジャイアントと真正面から戦っても、正直消耗するだけで勝つのは難しい。
ですが、日本には戦後から地道に積み上げてきた、極めて質の高い「広大な都市インフラや建物」という圧倒的なリアルアセット(資産)があります。ここに、私たちの次世代コミュニケーション技術を少しスペックイン(組み込み)するだけで、他国には真似できない新しい価値が生まれます。
最先端のメタバース技術やフィジカルAI技術を扱いながらも、私たちがやっているアプローチは非常に地道で泥臭いものです。カメラ一台を設置するにも、「配線はどうするのか」「不動産の関係各所への根回しや調整はどうするのか」といった、日本人が得意とする緻密でドブ板な調整業務がどうしても発生します。こうした「地に足のついたリアルな空間の改善」にこそ、海外勢が容易に入り込めないポテンシャルと、日本が世界に勝てる生存戦略が残されていると思っています。過去の物づくりの歴史を決して無駄にせず、今ある足元の価値をテクノロジーで最大化していく。この軸だけは、絶対にぶらさずに突き進んでいきたいですね。
――社員に求める姿勢はどのようなものですか。
このサービスは全く新しいものなので常に手探りで動いているようなものです。一緒に考えながら、動いていける人ではないと続かないかなと思っているのでこういう考えを共有し楽しめる人がいいなと思っています。
右脳への切り替えが大切
――仕事以外でのリフレッシュ方法を教えてください。
まったく違う業種のスタートアップの人とお仕事をすることで意見交換もできるのでいいリフレッシュになっています。また、私は理系的な考え方が多いので普段使わない右脳を使うためにも好きなアートを見るため美術館を回ったりすることもあります。
技術はもちろん大切ですが、新しい価値は論理だけでは生まれないと思っています。だからこそ、これからもさまざまな価値観や文化に触れながら発想を磨き、人とロボットと空間をつなぐ新しいコミュニケーションの可能性を広げていきたいですね。