アイデアを「権利」に育てる。井澤特許事務所が貫く伴走型知財と、次の成長を生む実践支援
弁理士法人井澤国際特許事務所 代表弁理士 井澤 幹 氏
発明は、特別な天才だけのものではありません。課題を解決する手段であれば、そこには発明の可能性があります。弁理士法人井澤国際特許事務所は、特許・商標の出願代理にとどまらず、相談前の段階から提案し、事業と知財をつなぐ支援を重視してきました。創業96年、三代続く事務所として蓄積した知見を土台に、現在は「弁理士が最初から最後まで責任を持つ体制」を明確に打ち出しています。さらに近年は、知財リテラシーを高めるセミナーやコーチングにも取り組み、企業内で新しい開発が生まれやすい環境づくりへと支援領域を広げています。今回の取材では、知財を取得することを目的化せず、売れるものをどう守るかに向き合う姿勢について伺いました。
目次
発明を守る前に、発明を見つける。アイデアを権利につなげる取り組みとは
——いまの事業内容・強みを教えてください。
特許業務の本質は、お客さまのアイデアを権利に育てることです。特許の対象は「発明」ですが、発明とは課題の解決手段です。世の中に既にあるものを見つける「発見」と違い、これまでなかった解決を形にするのが発明です。
新しいビジネスを始めるときに、課題を解決する技術やサービスを何も守らずに出してしまうと、すぐに模倣されてしまいます。だからこそ、特許出願は重要です。あわせて、名称を守る商標登録出願も主業務です。
当事務所の強みは、単なる出願代理ではなく、前段の提案力にあります。私の頭の中には、多様な業界のお客さまとの仕事を通じた情報と経験が蓄積されています。それを踏まえ、各社の状況に合わせて提案することを重視しています。実際、メディア・エンタメ領域からメーカーまで、幅広い業種の案件に携わってきました。
——どのような顧客層と向き合っていますか。
商標では大手企業とのお付き合いがありますが、特許では大企業中心にはしていません。理由は、当事務所の方針が「一件一件を丁寧に設計すること」にあるからです。
大量案件を前提に単価を下げるよりも、年に一件の開発でも大事にしたい中小企業やスタートアップ、個人の方の要求に向き合いたいと考えています。誰でもできる仕事より、個別性の高い仕事を大切にしています。
三代目としての原点と転機。資格者品質へのこだわり
——経営者になられた背景と、キャリアの原点を教えてください。
この事業は、私で三代目です。祖父が事務所をつくり、父が継ぎ、いま私が継いでいます。父の背中を見ながら、弁理士は面白い仕事だと感じてこの道に進みました。
小学生のころから将来の夢は弁理士でした。家には発売前の玩具や花火など、世の中にまだ出ていないものがあり、それを守る仕事があることを幼いころから知っていたのが大きかったです。
本格的に試験勉強をしたのは3年ほどです。日本大学の弁理士科研究室で学び、OBの弁理士の方々から指導を受けながら準備しました。
——これまでの経営で、転機になったことは何ですか。
大きな転機は、「資格者が1から10まで担当する体制」に舵を切ったことです。私が弁理士になったのは2002年ですが、当時から、事務所名に一族の色が濃すぎることへの課題意識があり、弁理士を増やしていきました。
業界では、資格を持たない人が実務を支えること自体は珍しくありません。ただ、私はそこに納得できませんでした。信頼性と品質を担保するには、弁理士資格を持つ者が最初から最後まで責任を持つべきだと考えたからです。
いまは私を含めて弁理士9名の体制です。量を追うのではなく、適正な対価で高品質な仕事を提供することを、私の代でより明確にしました。
「売れるものを守る」ための組織運営と、顧客との向き合い方
——組織運営で大事にしていることは何ですか。
特許を取得すること自体を目的化しないことです。企業にとって本来の目的は、売れるものをつくることです。ところが現場では、「特許が取得できるものをつくれ」という指示が出て、かえって複雑で売れにくい開発に向かってしまうことがあります。私はそこを強く意識して、知財の使い方まで含めて伴走することを重視しています。
社内外のコミュニケーションでも、法制度の説明だけで終わらせず、経営や開発の現実に落とし込むことを心がけています。
——顧客との関係づくりで意識していることを教えてください。
「顔が見える担当」であることです。お客さまからは、誰に依頼しているのか見えにくい、担当が頻繁に変わる、といった声を聞くことがあります。当事務所は、会社の伴走者として一緒に走ることを重視しています。
また、特許・商標が必要な企業は実は一様ではありません。他社と同じものを作る下請け型の事業では必要性が低い場合もあります。一方、スタートアップや、他社がまだやっていないことに挑戦する企業には、知財が重要になります。だからこそ、相談の入口を早くし、発売前の段階で動く重要性を伝えています。
AI時代の知財と、新たな挑戦領域
——業界の変化をどう見ていますか。
生成AIの影響は間違いなく大きいです。私自身も複数のAIを活用しています。大量資料の要約や判例整理など、蓄積情報を扱う領域では非常に有効です。
一方で、発明は「これまで世の中になかったもの」です。誰でもできる業務はAIに代替される可能性がありますが、個別の課題に対して提案し、権利化戦略を組み立てる仕事は、引き続き人の価値が大きいと見ています。AIは脅威というより、使いこなすべき道具です。
——今後の展望と、挑戦したいことは何ですか。
本業の特許業務は、無理に売上拡大を狙うより現状維持を基本に考えています。弁理士を増やさない限り処理量は増えませんし、品質重視の方針は崩したくありません。
そのうえで、もう一つの柱として、知財リテラシー向上のセミナーとコーチングを伸ばしていきます。企業には「言いにくい課題」が存在し、会議の場で本質が共有されないまま停滞することがあります。そこを可視化し、解決に向けて進める支援を進めています。
すでに月次でのコーチング契約も始まっており、今年から本格的に動かしています。知財実務とコーチングを掛け合わせ、新しい開発が生まれやすい環境をつくることが、これからの挑戦です。
仕事の質を支えるリフレッシュ習慣
——リフレッシュ方法や、仕事以外で続けていることはありますか。
ゴルフは月3回ほど行きます。多くはお客さまとご一緒しますが、プレーを通じてお互いの性格や考え方が見えるので、関係づくりの面でも意味があると思っています。
もう一つは料理です。かなり力を入れていて、事務所でお客さまに手料理を振る舞うこともあります。グルテンフリーにも取り組み、素材や調味料にこだわって、自分で仕込みもしています。
平日の昼食も自作して持参することが多いです。こうした時間は、単なる息抜きではなく、いろいろな話を聞くこともできて、コミュニケーションを深める機会にもなっています。
——最後に、読者へのメッセージをお願いします。
本当の知財戦略を知らないままだと、損をしてしまう可能性があります。特許や商標は、必要な企業にとっては経営インパクトの大きい手段です。特に、他社がやっていないことに挑む企業ほど、早い段階での相談が重要です。
そして、特許は「売ってから」では原則遅いという前提があります。新規性が要件だからです。だからこそ、世の中に出す前に相談してほしいです。伴走できる相手と組み、売れるものをどう守るかを一緒に設計していくことが、これからの成長を左右すると考えています。