記憶に残る宿をつくる――料理人の感性が導いた新しい旅館のかたち

株式会社ふじやコージープレイス 代表取締役 料理長 細井 邦彦氏

株式会社ふじやコージープレイスは、栃木県の塩原温泉エリアで旅館を運営する企業です。地域の自然に囲まれた静かな環境のなかで、宿泊客に特別な時間を提供しています。同社は、従来の旅館のあり方にとらわれない新しいスタイルを追求しながら、リピーターの多い宿として評価を高めてきました。本記事では、代表で料理長も務める細井邦彦氏に、旅館を再生させた背景や経営の考え方、そして今後の展望などについて伺いました。

家族で守ってきた旅館を再生

――現在の事業内容や、宿の特徴について教えてください。

当社は宿泊業を営んでおり、旅館を運営しています。「四季味亭ふじや」の原点は、1990年に母が始めた旅館です。当時は小さな旅館だったため、父は外でサラリーマンとして働きながら旅館を手伝うという形で運営していました。

私自身はその旅館で育ったものの、最初から旅館を継ぐつもりだったわけではありません。20歳頃から料理人として東京に出て働き、銀座の料亭で修業しました。

その後、実家の旅館に戻ることになったのですが、当時の旅館は私の幼少期の頃のような活気はなくなってしまっていたんです。平日は営業できず、週末のみ営業するような状態でした。その状況のなかで家族で話し合い、「もう旅館を続けるのは難しいかもしれない」となったこともあります。

しかし結果的には、私が東京で学んできた料理や自分の考え方を取り入れて、もう一度挑戦してみようということになりました。そこで旅館のスタイルを大きく変え、リニューアルを行いながら営業を続けているうちに、口コミなどで徐々に評判が広まり、少しずつ状況が改善していきました。メディアの密着取材などもあり、さらに旅館のリニューアルを進めることができました。

――その後、事業はどのように展開していったのでしょうか。

2017年には2号店となる旅館「楓音(Kanon)」をオープンしました。1号店はもともと家族の旅館だったため、自分の理想をすべて反映させることが難しい部分もあったんです。そこで、自分の想いを全面的に反映した宿を作りたいと考え、2号店を立ち上げました。

楓音は離れ形式の旅館で、これまでの旅館とは少し異なる新しいスタイルの宿泊施設として運営しています。さらに2024年には、コロナ禍を経てよりプライベートな滞在を求めるお客様のニーズが高まっていると感じたため、プライベート性を重視したヴィラタイプの施設「紅葉(KUREHA)」も開設しました。

経営の原点は料理人としての経験

――経営の道に進まれたきっかけを教えてください。

もともと旅館を継ぐつもりはなく、料理が好きで料理人の道に進みましたが、東京で働くなかで、「料理は料理だけで成立するものではない」ことに気づいたんです。料理を提供する温度や接客をするスタッフの雰囲気、空間の空気感など、すべてが一体となって初めて価値が生まれる――そして、それはとても芸術的だと感じました。そうした経験を通して、「自分の旅館でもこういう体験を作れたら面白いのではないか」と思うようになり、旅館に戻る決断に至りました。

――経営されているなかで印象に残っている出来事はありますか。

お客様が帰えられる際に「ありがとう」とおっしゃってくださることです。本来は私たちのほうが感謝しなければならない立場ですが、お客様から感謝の言葉をいただける――こうした経験を重ねるたびに、この仕事は本当に素晴らしいものだと感じます。

宿の名前は忘れてしまっても、「料理がおいしかった」「記念日に行った宿だ」などといった思い出は残ります。だからこそ、宿のなかに記憶に残る体験や工夫をたくさん用意し、一生忘れない思い出をつくれる場所にしたいと考えています。

データ化されたおもてなしが生む高いリピート率

――御社の強みについて教えてください。

当社の特徴は、おもてなしをデータ化している点です。お客様の好みやアレルギー、過去の会話内容などをデータとして記録し、次回お越しいただいた際の対応に活かしています。

例えば、以前の宿泊時にお話しした内容の続きをスタッフから自然にお話ししたり、お客様の好みに合わせた料理を提供したりといったことです。こうした積み重ねによって、「自分のことを覚えてくれている」という安心感や喜びを感じていただけるよう心がけています。

その結果、リピーターのお客様が非常に多い宿になりました。全国的に見ても、高いリピート率を誇っていると自負しています。一般的な旅館のサービスに加えて、もう一歩先のおもてなしを追求している点が当社の強みです。

――社内コミュニケーションや組織づくりで大切にしていることはありますか。

お客様からいただくアンケートの内容を共有することを大切にしています。アンケートにはスタッフとのエピソードが書かれていることが多く、それを必ず本人に伝えるようにしているんです。

旅館では、洗い場や客室清掃などお客様と直接接する機会が少ないスタッフもいますが、そうしたスタッフに対してもお客様から感謝の言葉をいただくことがあります。自分の仕事が誰かに喜ばれていると実感できることはスタッフの大きなやりがいにつながるため、そのような声は必ず共有し、喜びを分かち合うようにしています。

宿泊だけで終わらない“トータルのおもてなし”へ

――今後の展望について教えてください。

これまで1号店、2号店、そしてヴィラと施設を増やしてきましたが、2026年6月にはさらに新しいヴィラをオープンする予定です。また、2026年夏前には、初めて飲食店にも挑戦する予定があります。

これまで宿泊施設としてたくさんのお客様をお迎えてきましたが、チェックイン前やチェックアウト後の時間を過ごす場所が少ないという声をいただくことがありました。そこで、宿泊の前後も含めてお客様をおもてなしできるよう、自分たちで飲食店を運営することにしたんです。宿泊だけでなく、その地域での滞在全体をサポートするような形にしたいと考えています。

また、現在、私たちの施設は塩原温泉の北側にある静かなエリアに集まっていますが、将来的には、このエリア全体を新しい高級リゾートのような場所にしていきたいという目標もあります。

――最後に、今後取り組みたい課題についてもお聞かせください。

宿泊業は「きつい」「労働時間が長い」といったイメージを持たれがちです。その影響で、人が集まらず営業できないという話もよく聞きます。

私自身も同じ課題に向き合っていますが、こうした業界のイメージを少しでも変えていきたいと思っています。旅館の仕事は本来、とても誇りのある仕事です。

その魅力をしっかり発信し、若い世代が「やってみたい」と思える仕事にしていきたい――そうした環境づくりを進めながら、これからも宿を通して多くの人の記憶に残る体験を届けていきたいと考えています。

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